知らされる秘密
翌日。
皇宮の一室に、一人の男が呼び出されていた。
名は、エドガー・ハインツ。
帝国でも名の知れた高位貴族であり、これまで何度もアリアと顔を合わせてきた人物だ。
しかし本人には、なぜ自分がここへ呼ばれたのか分からない。
「……何か、私に問題でも?」
向かいに座る人物へ尋ねる。
「いいえ」
審査担当の一人が静かに答えた。
「むしろ逆です」
「逆?」
「あなたには、ある会への加入をお願いしたい」
「……会?」
エドガーは眉をひそめる。
「どのような会でしょう」
「それを今から説明します」
男は一度、周囲を確認した。
扉の外に人の気配はない。
「この会の存在は、外部へ漏らさないでいただきたい」
「……」
「そして、加入するかどうかは、すべてを聞いた上であなた自身に決めていただきます」
「分かりました」
男は姿勢を正した。
そして、
「我々は――アリア殿下の幸せを守ることを目的とした会です」
「…………」
エドガーの目が点になる。
「……はい?」
⸻
「失礼しました」
エドガーは咳払いをした。
「つまり……殿下の後援会、ということでしょうか」
「近いものではあります」
「なるほど」
ようやく意味を理解したらしい。
「では、なぜ私が?」
「あなたを紹介した会員がいるからです」
「紹介者は?」
「第八番――セドリック・ヴァルモン」
「……セドリック殿が?」
エドガーは驚いた。
皇帝付き侍従。皇帝の側近として知られる彼が、自分を推薦……いや、紹介したということが意外だったのだ。
「理由を伺っても?」
「もちろんです」
審査担当が書類を開く。
「以前、殿下が庭園で足を滑らせた際、あなたが咄嗟に手を差し伸べた」
「ああ……」
エドガーは思い出した。
ほんの些細な出来事だった。
「その際、殿下があなたへ笑顔を向けられた」
「……それが?」
「セドリックは、それを判断材料の一つとしました」
「……」
エドガーはしばらく黙った。
やがて、
「……随分と大げさな話ですね」
「そう思われますか?」
「はい。私は当然のことをしただけです」
その答えを聞いた審査担当が、静かに微笑んだ。
「だからこそ、紹介されたのでしょう」
⸻
数分後、エドガーは一枚の書類を前にしていた。
「こちらに署名をいただければ、正式加入となります」
「……本当に加入してしまってよいのでしょうか」
「もちろんです。あなたが望むのであれば」
エドガーは書類を見る。
「では」
迷いなく署名した。
「喜んで」
「ありがとうございます」
「むしろ、私のような者でもよかったのですか?」
「その言葉を聞けたことが、何よりの証明です」
審査担当は書類を受け取った。
「本日付で、正式な会員となります」
こうして、会員数は二十五名となった。
⸻
その日の夜、秘密の会議室。
「正式加入を確認しました」
「よし」
帝国宰相が名簿へ目を落とす。
「これで二十五名か」
「はい」
「番号は?」
「まだです」
「十番の席は?」
「空席です」
全員がアルノーを見る。
「……なぜ私を見るのですか」
「候補だからだ」
「まだ決めていないのでしょう?」
「そうだ」
「ならば見ないでください」
「無理だな」
「なぜです」
「殿下の護衛隊長だから」
「……」
アルノーは深く息を吐いた。
どうやら、この会に関わってしまった以上、逃げることはできないらしい。
⸻
その頃、アリアは庭園でレオンハルトと並んで歩いていた。
「陛下」
「何だ?」
「最近、皆さんが少し変なんです」
「……?」
「私を見ると、すごく嬉しそうにするんですよ」
「……」
レオンハルトの足が一瞬止まる。
「以前からでは?」
「そうでしたっけ?」
「そうだ」
「そうかなぁ……」
アリアは首を傾げる。
その無自覚な仕草を見て、レオンハルトは小さく息を吐いた。
「気にする必要はない」
「どうして?」
「皆、お前を大切に思っているだけだ」
「……」
アリアは嬉しそうに笑った。
「そうなら、嬉しいです」
「……ああ」
レオンハルトも目を細める。
少し離れたところでは、カイルとアルノーが二人の様子を見ていた。
「……殿下は本当に何も知らないようですね」
アルノーが呟く。
「何のことです?」
「いえ」
アルノーは首を横に振る。
「知らない方が、幸せなこともあるでしょう」
「……確かに」
二人はそれ以上、何も言わなかった。
⸻
その夜。
新たに会員となったエドガーは、自室で一枚の会員証を眺めていた。
そこには、まだ番号は記されていない。
ただ一つ、小さく刻まれた紋章だけがある。
「……不思議な会だ」
そう呟いた直後、机の上に置かれた別の紙に目が止まる。
そこには、
『殿下のお好きなもの一覧』
と書かれていた。
「…………」
エドガーはしばらく黙っていた。
そして、
「……本気だな、この会」
思わず笑ってしまう。
だが、その紙を丁寧に折りたたみ、大切にしまった。
新たな会員が一人。また一人。
アリアの知らないところで、彼女の幸せを願う者たちが少しずつ増えていく。
そして、誰も知らないところで、また新たな「紹介」の話が始まろうとしていた。




