王女殿下の一言は会議を動かす
その日の午後。
皇宮の応接室に、一人の女性が訪れていた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ」
アリアは嬉しそうに微笑んだ。
目の前にいるのは、帝国でも有数の名門貴族の令嬢。
名を、エレノア・フェルナンデスという。年齢はアリアより少し上。
社交界では物静かで知られているが、実は非常に面倒見のよい人物だった。
「以前、殿下がお好きだと仰っていた菓子をお持ちしました」
「まあ……!」
アリアの目が輝く。
「ありがとうございます!」
「お気に召すとよいのですが」
「絶対に好きです!」
アリアは箱を受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。
「あとで一緒にいただきませんか?」
「……私も?」
「はい!」
エレノアは一瞬驚いた。
そして、
「……では、ぜひ」
小さく笑った。
⸻
その様子を、少し離れた場所から見ていた人物がいる。
セドリックだった。
「……」
アリアが嬉しそうに笑っている。
そして、その笑顔を見たエレノアも嬉しそうにしている。
セドリックは静かに目を細めた。
――なるほど。
これは少し気になる人物だ。
⸻
その日の夜、秘密の会議室。
「では、定例会議を始めます」
セドリックが書類を並べる。
会議室には、今日も帝国と王国の重鎮たちが集まっている。
「まず、現在の正式会員数は?」
「二十五名です」
「よし」
帝国宰相が頷く。
「では次に、殿下の近況について」
「本日は午後、エレノア・フェルナンデス嬢とお茶をされました」
「……」
「……」
「……」
会議室の空気が変わった。
「誰だ?」
「フェルナンデス家の令嬢です」
「どのような人物だ?」
「身辺に問題はありません」
「殿下との関係は?」
「本日が初めての正式な交流です」
「……」
数人が顔を見合わせる。
「候補に入れるか?」
「早すぎる」
「しかし――」
「待て」
セドリックが止めた。
「まだ判断するには情報が少なすぎます」
「……確かに」
「まずは様子を見ましょう」
「異議なし」
会議は次の議題へ移った。
――だが、数分後。
「ところで」
王国側の貴族が口を開く。
「本日の菓子は?」
「……」
「殿下がお気に召したと?」
「はい」
「どこの菓子だ?」
「エレノア嬢が持参したものです」
「店は?」
「調査しましょう」
「……」
セドリックは額を押さえた。
「皆様」
「何だ?」
「我々は菓子の調査をする会ではありません」
「分かっている」
「ならば――」
「殿下がお好きなら重要事項だろう」
「……」
セドリックは何も言えなくなった。
確かにそれはそうなのだ。
⸻
翌日。
アリアはレオンハルトと昼食を共にしていた。
「陛下」
「何だ?」
「昨日いただいたお菓子、とても美味しかったんです」
「そうか」
「エレノア様が持ってきてくださったんですよ」
「……」
「また食べたいなぁ」
レオンハルトの手が止まる。
「気に入ったのか?」
「はい!」
「……分かった」
「?」
アリアは首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「何でもない」
レオンハルトは再び食事を始めた。
だが、その日の午後。
帝国の王室御用達菓子職人のもとへ、皇帝から直接注文が入った。
「同じものを作れ」
「……は?」
「アリアが気に入った」
「……承知いたしました」
⸻
そして、その日の夜。
秘密の会議室。
「報告があります」
侍従が入ってくる。
「陛下が昨日の菓子を、王室御用達の職人へ注文されたそうです」
「……」
「……」
「……」
会議室が静まり返る。
やがて、
「さすが陛下だ」
誰かが呟いた。
「我々より先に動いたぞ」
「皇帝陛下ですから」
「いや、そこではない」
「では?」
「殿下の『また食べたい』を聞いただけで動いたことだ」
「……」
全員が頷く。
――恐るべし、氷帝。
⸻
その頃。
アリアは自室で、昨日のお菓子を思い出していた。
「また食べられたらいいな」
その一言が帝国の菓子職人を動かし、皇帝を動かし、そして秘密の会議まで動かしているとは。
もちろん本人は何も知らない。
⸻
翌朝。
エレノア・フェルナンデスのもとへ、一通の手紙が届いた。
差出人は――セドリック・ヴァルモン。
エレノアは不思議そうに封を開く。
そこに書かれていたのは、たった一文。
『少し、お話を伺いたいことがございます』
「……?」
エレノアは首を傾げる。
まさか自分がこれから――
アリアの知らない場所で始まる、秘密の会の審査対象になっているとは。まだ知る由もなかった。




