彼女が選んだ答え
翌日。
エレノア・フェルナンデスは、皇宮の一室へ呼ばれていた。
昨日届いた手紙の内容が気になって仕方がない。
皇帝付き侍従であるセドリック・ヴァルモンから、突然の呼び出し。しかも理由は書かれていなかった。
「……一体、何のお話でしょう」
緊張した面持ちで呟く。
やがて扉が開いた。
「お待たせいたしました」
「セドリック様」
「お掛けください」
エレノアは促されるまま席に着いた。
セドリックの隣には、見覚えのない男女が二人。どちらも穏やかな表情をしている。
「昨日、殿下とお会いになりましたね」
「はい」
「その際、殿下へ菓子をお渡しした」
「……はい」
エレノアは少し不安になる。
「何か失礼がありましたでしょうか?」
「いいえ」
セドリックは首を横に振った。
「むしろ逆です」
「……?」
「あなたに、ある話をしたいのです」
セドリックが一枚の書類を机に置いた。
「これは?」
「ある会への入会についてです」
「会……?」
エレノアは首を傾げた。
「はい」
セドリックは静かに続ける。
「この会は、アリア殿下の幸せを守ることを目的としています」
「…………」
数秒、エレノアは固まった。
「……殿下の?」
「はい」
「幸せを?」
「はい」
「守る……会?」
「はい」
あまりにも真顔で繰り返されるため、エレノアは思わず瞬きをした。
「……失礼ですが」
「何でしょう」
「その会は、どのような方々が?」
「帝国とルヴェリアの重臣を中心に、現在二十五名です」
「二十五……」
エレノアの表情が変わる。
「そんなに……?」
「ええ」
「しかも、重臣……?」
「はい」
エレノアはしばらく黙った。
そして、
「……本当に存在するのですか?」
「存在します」
セドリックは即答した。
⸻
「あなたは、すでに会員の一人から紹介されています」
「私を?」
「はい」
「どなたでしょう」
「私です」
セドリックが答えた。
「……!」
エレノアは目を見開く。
「なぜ、私を?」
「昨日のことです」
セドリックは静かに話し始めた。
「殿下へ菓子を渡された際、あなたは『お気に召すとよいのですが』と仰いましたね」
「はい」
「殿下が喜ばれると、あなたも嬉しそうにされていた」
「……」
「そして、殿下が『一緒にいただきませんか』と仰った時」
エレノアは思い出す。
「あなたは驚きながらも、嬉しそうに頷いた」
「……」
「私は、それを見ていました」
エレノアは黙ってセドリックを見る。
「あなたは殿下に何かをしてもらいたいわけではない」
「……」
「殿下が喜んでくださったことを、あなた自身が嬉しいと思っている」
セドリックはそこで一度言葉を止めた。
「それが、紹介した理由です」
⸻
エレノアは机の上の書類を見る。
「……私が、この会に入ることを?」
「はい」
「私に務まるでしょうか」
「それを判断するのは、あなたです」
セドリックが答える。
「この会は、加入を強制するものではありません」
「……」
「審査を通過したとしても、本人が望まなければ加入する必要はない」
エレノアは少し考えた。
「一つ、質問しても?」
「もちろんです」
「この会の皆様は……殿下に何を?」
「殿下が幸せに過ごせるよう、必要なことを考えています」
「具体的には?」
「護衛の配置」
「なるほど」
「殿下がお好きなものの把握」
「……はい」
「贈り物の相談」
「……」
「庭園の管理」
「…………」
エレノアの口元が少し緩む。
「ずいぶん、本気なのですね」
「はい」
セドリックは真顔で答えた。
「非常に本気です」
エレノアはとうとう笑ってしまった。
⸻
しばらくして。
「……加入させてください」
エレノアは、はっきりと答えた。
「よろしいのですか?」
「はい」
その理由を尋ねられる前に、エレノアは微笑んだ。
「昨日、殿下があまりにも嬉しそうにお菓子を召し上がってくださったので」
「……」
「私まで嬉しくなりました」
そして、
「また、あの笑顔を見られるなら」
エレノアは書類へ手を伸ばした。
「私にも、何かできることがあるのなら」
迷いなく署名する。
「ぜひ、お手伝いさせてください」
⸻
その夜、秘密の会議室。
「正式加入を確認しました」
「これで二十六名か」
「はい」
会員たちがざわめく。
「女性会員が増えたな」
「社交界での情報収集にも役立ちそうだ」
「菓子や贈答品についても詳しいでしょう」
「庭園についても聞いてみよう」
次々と意見が飛び交う。
その様子を見ながら、セドリックが静かに言った。
「皆様」
「何だ?」
「まだ加入したばかりです」
「分かっている」
「それなのに、もう担当を決めようとしていませんか?」
「……」
「……」
「早い方がいいだろう」
「そういう問題ではありません」
セドリックは深いため息をついた。
だが、彼自身もエレノアが会員になったことを、どこか嬉しく思っていた。
⸻
翌朝。
「エレノア様、昨日はありがとうございました!」
「こちらこそ」
庭園でアリアと再会したエレノアは、嬉しそうに笑った。
「また一緒にお茶をしていただけますか?」
「もちろんです!」
アリアが笑う。
その笑顔を見て、エレノアは胸の奥が温かくなるのを感じた。
――なるほど。
皆がこの方を大切にしたくなる理由が、少し分かった気がする。
「では、次はもっと美味しいものをお持ちしますね」
「楽しみにしています!」
「はい」
その会話を少し離れた場所から見ていたセドリックは、静かに頷いた。
そしてその日の夜。
会議室の名簿には、新たな名前が一つ加えられた。
二十六名。また一人アリアの知らないところで、彼女の幸せを願う者が増えた。
そして――。
新しい会員の加入によって、後援会の活動にも少しずつ変化が起こり始めていた。




