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王女殿下の幸せを守る会と彼女にだけ甘い氷帝陛下  作者: 凛桜


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王女殿下の好みを知りたい会員たち

 エレノアが正式な会員となってから、数日。

 秘密の会議室では、いつもとは少し違う議題が取り上げられていた。


「本日の議題は、殿下の生活環境についてです」


 セドリックが資料を配る。


「生活環境?」


 帝国騎士団長が首を傾げる。


「はい」


 セドリックは淡々と続けた。


「これまで当会では、殿下の護衛や贈答品、社交面について主に情報を共有してきました」


「そうだな」


「ですが、会員が二十六名となったことで、より細かな情報も集められるようになりました」


 その言葉に何人かが頷く。


「具体的には?」


「殿下の一日の行動です」


「……」


「起床時間、食事、読書、庭園へ行かれる時間、お茶を召し上がる時間など」


「そこまで把握する必要があるのか?」


 帝国宰相が眉をひそめる。


「必要です」


 即答だった。


「……」


「殿下が疲れておられる時間帯に面会を集中させないためです」


「なるほど」


「また、殿下がどの時間帯にどの場所を好まれるのかを把握しておけば、護衛配置も効率化できます」


「確かに」


 反対意見が出なくなった。

 セドリックは資料をめくる。


「そして、エレノア嬢から新しい提案があります」


「私から説明を?」


 エレノアが顔を上げた。


「はい」


 全員の視線が集まる。

 エレノアは少し緊張しながら口を開いた。


「殿下のお好きなものを、もっと正確に記録してはいかがでしょうか」


「お好きなもの?」


「はい」


 エレノアは一枚の紙を取り出した。


「お菓子だけではなく、花、紅茶、読書、音楽……。殿下がどのようなものを喜ばれるのかを記録しておけば、贈り物を選ぶ際にも役立つと思います」


「素晴らしい」


 誰かが呟いた。


「採用しよう」


「待て」


 セドリックが止める。


「記録するのは構いませんが、本人の許可なく私生活を細かく記録するのは――」


「しかし殿下の幸せのためだ」


「だからといって――」


「重要だろう」


「……」


 セドリックは額を押さえた。

 また始まった。



「では、項目を分けよう」


 帝国宰相が紙を広げる。


「好きな食べ物」


「花」


「好きな本」


「紅茶」


「苦手なもの」


「疲れている時の特徴」


「機嫌が良い時の特徴」


「……」


 セドリックの眉が僅かに動く。


「最後の二つは必要ですか?」


「当然だ」


「なぜです?」


「殿下のお気持ちを察するためだ」


「……」


 正論のようで、どこか違う。


 だが、反対する理由もなかった。


「では、記録係を決めましょう」


「私が担当します」


 エレノアが手を挙げた。


「殿下と直接お話しする機会もありますので」


「適任だな」


「異議なし」


「では、エレノア嬢に――」


「待ってください」


 セドリックが再び口を挟む。


「一人に任せるのは負担が大きすぎます」


「ならば?」


「複数名で情報を共有し、記録は一つにまとめるべきです」


「なるほど」


 こうして、新たな制度が誕生した。


 その名も――


 『殿下生活記録』。


 本人の知らないところで、極めて真面目に作成されることになった。



 翌日。


「アリア殿下」


「はい?」


「最近、お好きな紅茶はございますか?」


 エレノアが尋ねる。


「え?」


「以前とは変わりましたか?」


「うーん……」


 アリアは少し考える。


「最近は、少し甘い香りのものが好きかも」


「なるほど」


 エレノアが小さく頷く。


「他には?」


「最近読んでいる本も好きです!」


「どんなところが?」


「えっと……」


 アリアは嬉しそうに話し始める。

 エレノアは楽しそうに耳を傾けながら、心の中で記録していた。


 ――甘い香りの紅茶。


 ――最近読んでいる本。


 ――物語の中では、穏やかな日常を好む。


「殿下」


「はい?」


「庭園では、どの花がお好きですか?」


「全部好きです!」


「……全部」


 エレノアは少し笑った。


 ――なるほど。

 これは記録が大変そうだ。



 その日の夜、会議室。


「報告します」


 エレノアが資料を広げる。


「殿下は最近、甘い香りの紅茶を好まれます」


「ほう」


「また、庭園の花はすべてお好きだそうです」


「……」


「読書については――」


 次々と情報が並ぶ。

 会員たちは真剣に聞いている。


「素晴らしい」


「これで贈り物選びがさらに楽になる」


「庭園の花も増やすべきでは?」


「待て」


 セドリックが言った。


「庭園の花を増やすのは、皇宮の庭師の判断です」


「殿下がお好きなら増やせばいい」


「そんな簡単に――」


「陛下に相談すれば?」


「……」


 セドリックは黙った。そして、


「……陛下なら、許可されるでしょうね」


「だろうな」


 会員たちは頷いた。



 その翌朝、皇帝執務室。


「陛下」


「何だ?」


「庭園について、少々ご相談が」


「アリアが望んだのか?」


「……」


 セドリックは一瞬黙る。


「殿下がお好きな花を、もう少し増やしてはどうかという話が出ております」


「分かった」


「……よろしいのですか?」


「アリアが喜ぶなら構わない」


「まだ、殿下ご本人には確認しておりませんが」


「では、確認してから増やせばいい」


「……承知しました」


 セドリックは頭を下げた。

 そして心の中で思う。


 ――やはり陛下も、この会の者たちと大差ない。



 昼下がり。

 アリアは庭園を歩いていた。


「あれ?」


 いつもとは少し違う、新しい花が植えられている。


「綺麗……!」


 アリアが嬉しそうに笑う。


「この花、増えたんですね」


「はい」


 庭師が答える。


「陛下からのお許しがありまして」


「陛下が?」


「殿下がお好きだと伺ったそうです」


 アリアは花を見つめる。

 そして、


「……嬉しい」


 小さく笑った。

 その笑顔を少し離れた場所からレオンハルトが見ていた。


「……」


 何も言わず、ただ満足そうに目を細めた。



 その日の夜。

 秘密の会議室。


「本日の報告です」


「どうだった?」


「殿下は、新しい花を大変喜ばれていました」


「……!」


 会員たちの表情が明るくなる。


「成功だな」


「ええ」


「次は紅茶を――」


「待て」


 セドリックが止める。


「まだ一つ成功しただけです」


「しかし――」


「殿下の好みを勝手に変えるようなことはしないでください」


「……分かった」


 全員が頷く。

 そして、エレノアが静かに笑った。


「でも」


「何です?」


「殿下が喜んでくださったのなら……」


 彼女は記録用の紙に、一行を書き加えた。


 『新しい花を、とても喜ばれた』


 その文字を見て、会員たちもどこか嬉しそうに笑った。

 アリアは知らない。

 自分が何気なく口にした言葉や、何気なく見せた笑顔が、今日もまた多くの人々を動かしていることを。

 彼女の幸せを願う者たちは、少しずつその輪を広げていた。

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