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王女殿下の幸せを守る会と彼女にだけ甘い氷帝陛下  作者: 凛桜


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8/13

十番目の席は、まだ空いている

 その日の夜。

 皇宮の一角にある、普段はほとんど使われていない会議室。

 そこには、数人の男女が集まっていた。

 誰もが帝国、あるいはルヴェリア王国において重要な役職を担う者たちである。


 帝国宰相。


 王国宰相。


 帝国騎士団長。


 王国騎士団長。


 皇帝付き侍従。


 そして――


 ルヴェリア王国王女護衛隊長、アルノー・レインフォード。


「では、定例会議を始めます」


 皇帝付き侍従が静かに告げた。

 机の上には、一冊の名簿。

 表紙には、誰にも見られぬよう小さく記されている。


 ――王女殿下後援会・会員名簿。


 現在の会員数二十四名。

 しかし、正式な番号を持つ者は、一番から九番まで。残る十五名には、まだ番号が与えられていない。



「まず、現在の会員数について」


 侍従が淡々と報告する。


「現在、会員は二十四名です」


「……二十四か」


 王国宰相が頷く。


「前回から増えてはいないのだな?」


「はい」


 侍従は即答した。


「現在のところ、新規加入者はおりません」


「それならよい」


 帝国宰相が書類を閉じる。


「人数を増やすことが目的ではない」


「その通りだ」


 王国騎士団長も頷いた。


「重要なのは、殿下のために何ができるかだ」


「……」


 アルノーは黙ってその会話を聞いていた。

 会員二十四名。その事実だけでも十分に驚く。

 だが、アルノーが本当に気になっているのは――


「では」


 侍従が名簿を開いた。


「本日の議題に入ります」


 一番から九番までの名前が並ぶ。


「正式な会員番号についてです」



「現在、番号が付いているのは一番から九番まで」


「そして、番号のない会員が十五名」


「はい」


「そろそろ十番以降も決めるべきでは?」


 帝国騎士団長が言った。


「そう急ぐ必要はない」


 王国宰相が答える。


「会員番号は加入順で決めるものではないからな」


「では、何を基準にする?」


「殿下への貢献度」


「信頼」


「殿下との関係」


「今後の役割」


 次々と意見が出るのを、アルノーは静かに聞いていた。

 そして、


「……ならば」


 アルノーが口を開いた。


「私のような者が番号を持つ必要はないでしょう」


「……」


 会議室が静まり返る。


「私は王女殿下をお守りすることが役目です」


 アルノーは淡々と続ける。


「会員番号など、私には必要ありません」


「それは困る」


 即座に返事が飛んできた。


「……?」


 アルノーが顔を上げる。


「なぜです?」


「あなたは殿下に最も長く仕えている一人だ」


 王国騎士団長が言った。


「幼少期から殿下のお側にいたのだろう?」


「はい」


「ならば候補から外す理由がない」


「しかし――」


「むしろ」


 帝国騎士団長が口を挟んだ。


「あなたほどの人物が番号なしという方が不自然だ」


 アルノーは黙った。



「では」


 侍従が名簿に視線を落とす。


「アルノー・レインフォードを、十番候補として――」


「待ってください」


 アルノーが止めた。


「私は――」


「本人の意思は関係ありません」


「……」


「会員番号は、本人が欲しいかどうかで決めるものではない」


 侍従が真顔で言った。


「会員全員の総意で決めるものです」


「……随分と大げさな話になりましたね」


「殿下に関することですから」


「……」


 アルノーは思わず黙り込む。

 どうやら、この会の者たちは本気らしい。



 そんな中、帝国宰相がふと名簿を眺めた。


「そういえば」


「何だ?」


「番号のない会員の中に、他国の者が何名かいるだろう」


「はい」


 侍従が名簿を確認する。


「現在、三名おります」


「誰だ?」


「他国の高位貴族が一名」


「ほう」


「他国の王女に仕える側近が一名」


「……王女付きの側近まで?」


「はい」


「それから、隣国の重臣が一名です」


 会議室が静まり返った。


「……本当にいるのか」


 帝国騎士団長が呟く。


「ええ」


「どうやってこの会に?」


「紹介です」


「誰から?」


「それは――」


 侍従は少しだけ間を置いた。


「お答えできません」


「……」


 全員が顔を見合わせる。

 会員の中には。

 帝国の人間だけではない。

 ルヴェリアの人間だけでもない。

 遠く離れた国の重鎮までもが、ひっそりとこの会に名を連ねている。


「殿下は、ご存じないのだろうな」


 誰かが呟いた。


「もちろん」


 侍従は即答した。


「ご存じだったら、そもそもこの会は成立しておりません」


「確かに」


 アルノーが小さく息を吐く。


「殿下らしいですね」


 その言葉に会議室の全員が、どこか優しい顔をした。



 その頃、当のアリアはというと。


「陛下、こちらのお茶、とても美味しいですね」


「そうか」


 皇帝の執務室。

 アリアは小さな菓子を頬張りながら、幸せそうに笑っていた。


「これ、帝国のお菓子ですか?」


「ああ」


「初めて食べました!」


「気に入ったなら、取り寄せよう」


「えっ?」


 アリアが目を丸くする。


「そんなにしていただかなくても……」


「私がしたいだけだ」


「……?」


 アリアは首を傾げた。


「陛下は本当にお優しいですね」


「……そうか?」


「はい!」


 レオンハルトは少しだけ目を細めた。

 その様子を見ていた侍女は、心の中で思う。


 ――この方は。

 ご自分がどれほど特別扱いされているのか、本当に分かっていらっしゃらない。



 再び会議室。


「では、十番については次回までに候補を絞る」


 侍従がまとめる。


「アルノー・レインフォードは第一候補」


「異議なし」


「異議なし」


 次々に声が上がる。


「……本人は?」


 アルノーが尋ねた。


「本人の意思は確認した」


「……いつの間に?」


「先ほど」


「私、断ったつもりなのですが」


「承知しています」


「ではなぜ?」


「だからこそです」


「……?」


 アルノーは困惑した。

 だが、周囲の者たちは至って真剣だった。



「それから」


 侍従が名簿を閉じる。


「現在、二十四名の会員がいますが」


 全員が顔を上げる。


「十番以降の番号については、今後も慎重に決定する必要があります」


「そうだな」


「番号は名誉ではあるが、同時に責任でもある」


「殿下の名を背負うことになるからな」


 誰もが真剣だった。

 この会議室にいる者たちは、本来ならば国の重要な政策について議論しているはずの人間たちだ。


 それなのに。

 今夜、彼らが真剣に話し合っているのは一人の王女のための会員番号。


 しかも、その王女本人は――



「アルノー!」


「はい、殿下」


 翌朝、アリアは笑顔でアルノーに駆け寄っていた。


「昨日はどちらへ行っていたんですか?」


「少々、会議に」


「会議?」


「はい」


「何のお話ですか?」


「……」


 アルノーは一瞬、言葉に詰まった。


「殿下に関することです」


「まあ!」


 アリアは嬉しそうに笑った。


「私のことを話してくださったんですね!」


「……ええ」


 嘘ではない。

 だが、その内容が、


 「どうすれば殿下の生活をより快適にできるか」


そして、


 「誰を十番にするか」


という話だったとは、もちろんアリアは知らない。


「ありがとうございます!」


 アリアは嬉しそうに笑った。

 アルノーはそんな彼女を見つめる。


 ――この方は。

 どこまでも、ご自身が愛されていることに気づかない。


 そして、それを知っている者たちは今日も、誰にも知られぬ場所で彼女のために動いている。


 その輪は、まだ二十四名。


 けれど、その中には――

 帝国の重鎮も、ルヴェリアの忠臣も、他国の高位貴族も、そして他国の王女に仕える側近までもいる。


 十番目の席は、まだ空いている。

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