第八話:冬を救う科学のクッキー
第八話:冬を救う科学のクッキー
お城の広い厨房。
僕についてきたクリスタと、集まった料理人たちの前で、僕は材料を並べた。
「みんな、僕の手の動きをよく見ていて。魔法がなくても、理屈さえわかれば誰にでも全く同じ美味しいクッキーが作れるから」
目の前の作業台には、冬でも手に入る材料が並んでいる。
さっきの中庭での決闘の噂を聞きつけたのだろう。
料理長をはじめ、見習いたちもノートを手に真剣な目で九歳の僕を見つめていた。
「まず、カビをはやさないコツは、生地の中の水を全部『動けなくする』ことなんだ。みんなは温めて煮詰めた蜂蜜を使ってね」
僕は蜂蜜の器を渡して、料理人たちの手元にある材料の粉に、温めた蜂蜜を混ぜ合わせてもらう。
すると、クリスタが不思議そうに手元をのぞき込んできた。
「お砂糖じゃなくて蜂蜜を使うのね。蜂蜜を温めるお料理ってあんまり聞いたことがないわ」
「蜂蜜はすごく水分を吸い込みやすい性質があるんだ。これで粉の中の水分をぎゅっと抱え込ませれば、カビは水を吸えなくなって、普通に作るよりずっと生えにくくなるんだよ」
僕が微笑んで教えると、料理人たちが感心して一斉にノートに書き留める。
僕は次に油の入った壺を持ってきて、大豆の粉を広げた。
そして、それを料理長に手渡す。
「クッキーなのに大豆を使うの?」
クリスタが興味津々といった様子で聞いてきたので、僕はこくりとうなずいた。
「秋から冬にかけては卵が不足するのも原因だからね。でもそれだと油と水が分離しちゃうから、この大豆の粉を少しだけ油に混ぜて、力いっぱいかき混ぜてみてください」
料理長が言われた通りに腕を回して混ぜると、ただの油が、まるで卵を入れたかのように白くとろりと変化した。
「大豆の粒にはね、油と水を仲良しにする性質があるんです。これで卵がなくても、口に入れた瞬間にバターのような濃厚なコクが広がるようになるよ」
「おお……本当に白くなった!」
料理長が驚きの声を上げる。
僕は最後に、生地を細長く伸ばして一度火を通して焼いた。
そして、それを取り出す。
「ここが一番大事だよ。普通に焼くだけだと、部屋の湿気を吸ってすぐフニャフニャになっちゃう。だから、形を作って一回焼いたら、一度取り出して薄く切って。それを、オーブンの残った予熱でもう一回じっくり焼くんだ」
料理のあとに残ったオーブンのわずかな熾火の熱を利用することを教える。
「二回焼くことで、水分が完全に抜けて、湿気に強い頑丈な骨組みが自然にできあがる。これで一年後でも、口に入れた瞬間にサクッ、ホロッと崩れる最高の食感が作れるよ」
最後に、用意してもらった素焼きの壺の内部に油を塗り、松明で軽くあぶった。
「最後に、お城の食糧庫に保管するときは、油を塗ってしっかり焼き締めた素焼きの壺に入れて、空気を完全にシャットアウトしてね。中に、よく焼いた消し炭を一緒に入れておけば、炭が勝手に中の湿気を吸い取ってくれるから」
すべての説明が終わり、焼き上がった灰色の石のようなクッキーが完成した。
さっそくクリスタがそれを口に運ぶ。
「えっ! 見た目はカチカチなのに全然おいしいわ! サクサクしてるしとっても甘い!」
嬉しそうにクリスタはクッキーをほおばった。
料理長や見習いたちも自分の作ったものを口にする。
「うまい! これが本当に腐らないのか?」
みんなが驚く様子を見て、僕は内心でほっとしていた。
前世で保存食メーカーと合同研究したときの記憶があって本当に助かった。
お茶会と料理の時間を終え、僕は城門の前で待っていたリエット姉さんと合流した。
少し涙目になっているクリスタの手を握る。
「すぐ会えるよ」
「うん……待ってるわ、エクス。あんまり会いに来てくれなかったら、私から会いに行くんだからね?」
「もちろん、いつでも来てよ。いいよね、リエット姉さん?」
僕が質問すると、リエット姉さんは笑顔でうなずいた。
「ええ、いつでも大歓迎よ」
僕とクリスタは握手を交わし、馬車に乗ってお城をあとにした。




