第十話:小さな命を繋ぎ止める夜
第十話:小さな命を繋ぎ止める夜
「アンナ、リエット姉さん。お願いです、僕が良いと言うまで、誰もこの部屋には入れないようにしてください」
リエット姉さんの屋敷の一室。
ベッドに寝かされた茶髪の少女は、十二歳くらいに見えた。
その呼吸は弱々しく、今にも消えそうなほど浅い。
二人が静かに部屋の扉を閉めたのを確認し、僕はすぐに治療へと取りかかった。
最優先すべきは、壊死し始めた手足から出る毒素が全身に回るのを防ぐことだ。
これが心臓や腎臓に達すれば、確実に手遅れになる。
僕は少女の手足を一時的に隔離し、血液の通り道を確保した。
「組み立てる……っ」
前世で命を捧げた医療技術の記憶を呼び覚ます。
体内の魔力を指先に集中させ、部屋にある余った家具や金属の小物を『分解』し、頭の中に描いた分子構造の通りに『再構築』していく。
電子回路、極薄の特殊ろ過膜、そして血液を循環させるための小さなポンプ。
ベッドの脇に、未来型の人工心肺と人工腎臓の機能を持つ、小さな救命維持装置がまたたく間に組み上がっていった。
装置のくだを、少女の細い血管へと慎重に接続する。
カチリ、と起動の音が響き、透明なくだを赤いきれいな血液が流れ始めた。
機械が呼吸と血液の循環、そして毒素の排出を完全に代行していく。
それから数時間。
装置が規則正しい音を立てるにつれて、少女の荒かった呼吸がみるみるうちに穏やかになっていった。
心臓の負担が消え、まずは生きているだけの状態を完全に維持することに成功したのだ。
トントン、と静かに扉が叩かれた。
入ってきたのは、お盆を持ったアンナだった。
「エクス様、お疲れさまです……。温かいスープとパンを持ってきました。少しでも食べてください」
「ありがとう、アンナ」
僕はアンナの手からコップを受け取り、温かいスープを口に運んだ。
前の人生でも、こうして研究室にこもってフラスコを振り、冷めた食事を摂っていた。
けれど今は、僕を気遣ってくれる優しい手がすぐ側にある。
ベッドの上の少女は、まだ深い眠りの中にいる。
救命の第一段階はクリアした。
けれど本当の戦いはこれからだ。
人工臓器で時間を稼いでいる間に、彼女自身の代謝を上げて、治療に耐えられるだけの体力を蓄えさせなければならない。
「エクス様、私のベッドを使って休んでください。私が代わりに見ていますから」
「ううん、大丈夫だよ。この装置の管理は僕にしかできないから。ここで少し、仮眠を取るよ」
僕はベッドの横の椅子に深く腰掛け、少女の顔を見つめた。
薄暗い部屋の中、規則正しく動く人工臓器の音だけが静かに響いている。
僕は小さな命の灯火が消えないよう、祈るように手元を確認しながら、仮眠と見守りを繰り返して長い徹夜の夜を過ごすのだった。




