母の本棚。
専業主婦の母は、ずっと父に遠慮して生きていた。
本棚の中の立派な本たちが父の意向で買われたのか、母の意向で揃えられたのか知らないが、本棚の中の立派な本たちを完読する立派な娘たちを期待していたに違いない。
賢かった姉は『世界名作シリーズ』は読んだのかもしれないが、私はそれすら読まなかった。
他の重たい事典シリーズは誰も読んでいなかった。
自分も読んでなかったくせに、母の娘に対する落胆は大きかった。ような気がする。
服も化粧品も、母はあまり買う人ではなかった。父が家にあまりお金を入れず生活が楽ではなかったからだ。
ところが昭和も後期に入り、お給料が口座振替になると父の方がおこずかい制となり、家庭の経理を一手に握ることとなった母に余裕が出て来た。
母は本を買い出した。毎月。定期購入で。3冊。料理本と園芸本を。
毎日テレビでやっている国営放送と12時前の民放長寿料理番組の本と、やはり国営放送で毎週やっている園芸番組の本である。
似たような本ばかりだが、これが母の贅沢の限界だったのだろう。
料理は毎日に欠かせないものである。必要不可欠なものであるから、買ってもいい。
園芸、と言っても、母が作るのはほとんど毎日食べる野菜ばかりであった。スーパーで買って来なくてもいいくらい母は家庭菜園をやっていた。だから、園芸の本も買ってもいい。
毎日に必要なものだから。家族の役に立つものだから、買ってもいい。
自分の好きなことをするのは贅沢なこと。その、贅沢なことも家族の役に立っているのなら、やってもいい。買ってもいい。
それが母の限界だったのだろう。
編み物は家族の物を編むから。縫物は家族の物を縫うから。料理は家族のために。野菜作りも家族のために。
母に読みたい本は無かったのだろうか。推理小説とか、恋愛小説とか。
母もテレビを観る人だった。編み物しながら。縫物しながら。
2時間サスペンスとか、原作読んでみようとか思わなかったのだろうか。
亡くなるまで、カラーボックスにぎっしりと集められた3種類の定期購読の雑誌たちは、廃品回収に出された。何冊もの大学ノートに記された、母の園芸日記と共に。




