天晴の軌跡と消えない過去
スイリの毒の解毒方法を調べてもらおうと、ウルフに頼み込む3人。
ウルフは代償を要求してきて・・・その要求とは!?
いなりの古い記憶が・・・?
「・・・ほんっとうに世話を焼かせるな!お前らは!」
「いやっそこをなんとか・・・!」
ウルフさんの言葉に、いなりくんは頭を下げる。
その反動で、ふわりと狐耳が揺れた。
「たくっ人探しの次は解毒?しかも敵の?」
今度はうるるさんが呆れたようにそう言った。
・・・確かに、そうだよね。
「幽霊の命がかかっているんだ!」
「そんなこと言って幽霊警察は情けなくないのか?」
「それは・・・っ」
ウルフさんの言葉に、先輩は何も言い返せなくなってしまう。
どんなに生まれ育った環境が悪くても・・・犯罪者には変わりない。
「さすがにもう手を貸すことはできない。」
ウルフさんはため息混じりにそう言った。
だめ!絶対に・・・スイリくんを助けなきゃいけないんだから!!
「いやっお願いだから!」
本気でいなりくんは頭を下げる。
それに続くように私と先輩も頭を下げた。
「第一、どうやってその得体の知れない毒の解毒方法を調べろって言うんだ?」
「ウルフならできる!」
「ノリで行ける!みたいに言うな。」
ウルフさんはゲーミングチェアを少し乱暴に回し、私たちに背を向けてしまう。
「・・・まあ。」
沈黙の後、ウルフさんの少し低く、けれどさっきよりは幾分か柔らかい声が落ちた。
「・・・じゃあ、代償を設ける。」
「何を!?」
ウルフさんはゲーミングチェアを再び回す。
「まあ、代償って言っても・・・いなり、お前だけだ。」
「いなりだけ・・・?」
ウルフさんの何か考えていそうな目に、先輩は小さく呟いた。
わざわざ『いなりくんだけ』ってことは何か考えがあるに違いない。
「いなりだけこっちに来い。耳を貸せ。」
いなりくんは膝立ちをして、狐耳をウルフさんの口元へやる。
こそこそと、ウルフさんの口元が動くのが見える。
そして、話が進むにつれていなりくんの顔が驚きで満たされていく。
「・・・なんで、それを?」
「俺にとって必要な情報だからだ。さ、どうだ?代償か、命か。」
いなりくんは膝立ちからゆっくりと立ち上がる。
その目には迷いがなかった。
「・・・俺は、命を選ぶ。見捨てることはできない。」
「そっか。契約、成立だ。」
ウルフさんは楽しそうに笑った。
対照的に、うるるさんは複雑な表情をしてる。
「連れてこい。それまでに調べ上げてやる。」
その笑い混じりの言葉を聞いた瞬間、いなりくんは閃光の速さで階段を駆け上がっていった。
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「・・・。」
アイリちゃんは部屋へ足を踏み入れた瞬間、何も喋らなくなった。
いや・・・上へ呼びに行った時から何も喋っていない。
そして、ウルフさんとうるるさんとも目を一歳合わせていなかった。
無言で、俯いて。
ワンピースの裾をギュッと握っている。
そして、ソファーに寝かせているスイリくんをひとまず見た後ウルフさんは口を開いた。
「断定はできないけど・・・オウタだね。で、いなりの話からしたら針を刺されてこうなったんだっけ。」
アイリちゃんは一度だけ頷いた。
「大丈夫、強い毒で気絶しているだけで・・・死ぬことはない。でも、オウタが消えない限り目を覚ますこともない。」
どうやら、なんと言われてもアイリちゃんに喋る気は一切ないみたいだ。
「まあ、オウタだけど・・・これならどうにかできる。」
そして、ウルフさんはパチパチと手際よくキーボードを叩く。
すると、この町を中心にした地図が表示された。
汐見町だけ黄色になっている。
「どうやら、この町にオウタの根源がいるみたい。」
「「「この町に!?」」」
驚いたあまり、私たち3人の声が揃う。
今まで表情を崩さなかったアイリちゃんさえも、目を見開いている。
「で?どうするの?」
いなりくんはウルフさんにそう言った。
「無茶振りだけど・・・やる?まあ、それしかないんだけど。」
「・・・やる。」
絞り出すような、けれどしっかりとした意志を秘めた声だった。
“オウタカクシのボス“としての威厳じゃない。1人の男の子の“姉“としての威厳だった。
「じゃ、簡単に説明する。この町全体にアイリが持っている札の力を撒き散らすんだよ。」
「わ、吾輩の札の力を・・・??」
「うん。数打ちゃ当たる方式。そしたらオウタは解かれてスイリも目を覚ます。」
アイリちゃんは再び俯いた。
こんな表情をしている理由はわかる。
・・・霊力の消耗。
あんなに強い術を放ったりしていたオウタを沈めるには、多分たくさんの霊力が必要。
だけど、それをこの町全体だなんて・・・。
「・・・やる。」
「アイリ!それだと、お前が・・・」
先輩はアイリちゃんに心配のこもった声をかけた。
けど、アイリちゃんはもう決意しているみたいだ。
「スイリを助けるためならなんだってできる。たとえこの命がなくなっても。さ、やるぞ。」
アイリちゃんはモニターの汐見町の一部を指差す。
それは、汐見町で最も高い・・・あの山だった。
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「本当にやるのか?アイリ。」
険しい山道を登る最中、いなりくんはそう尋ねた。
みんなの足取りはいつもにも増して切羽詰まっていた。
「何度言わせる。吾輩がやる、と決めたことだ。」
アイリちゃんはおぶっている弟の足をしっかりと抱え直す。
やっぱり、決めたことは絶対に変えない気だ。
・・・アイリちゃんらしい。
「・・・で?お前はなんで着いてきたんだ?」
私といなりくんの数歩後ろを歩く先輩が冷ややかに問う。
マツリを探した時、あそこまでして山に上りたがらなかったウルフさんが今回は自発的についてきた。
「だって気になるじゃん。」
ウルフさんはそう淡々と答えた。
その口調から、表情はもう見なくても分かる。
茂っている木々の隙間から、鉛色の曇り空が見えてきた。
頂上に、近づいてきた。とこの場のみんなが感じたと思う。
そして、頂上の展望台。
古い壊れたベンチがこの展望台の歴史の長さを伝えてくる。
そのベンチの隣の、新しくできた綺麗なベンチにアイリちゃんはスイリくんを寝かせる。
かなり不気味な落書きだらけのブランコが風に揺られて揺れている。
そして、私よりも少し先についたアイリちゃんは、一際高い台の上に乗っていた。
晴れていたら、息を呑むほどの綺麗な景色。・・・あいにく、今日は曇り空だ。
「・・・アイリちゃん。」
たまらず私はアイリちゃんに向かって声をかけた。
アイリちゃんはこっちを振り返ってくれる。
「ちゃんと、生きて戻って・・・きてね?」
私の願いに、アイリちゃんは困ったような笑いを浮かべた。
「その願いには・・・うんとも違うとも言えないな。」
そして、アイリちゃんは表情を引き締めると前を向いた。
この町の、どこかに・・・オウタの根源がいる。
もう、誰もアイリちゃんを止めなかった。
「霊力・・・展開!」
どんよりとした灰色の空に、アイリちゃんは両腕を突き出す。
空気が震えて、空に大きな魔法陣が浮かび上がった。
そこから無数の札が雪崩のように舞い落ちていく。
札は少し落ちて破ける。
しかし、その破けたあたりに金色のまくが張られていく。
けど・・・まだ、全然足りない。
たくさん落ちて、破れていっているけど・・・まだ全然だ。
「まだだ、まだだ・・・!」
アイリちゃんは顔を顰める。
顔に汗が少し浮かんでいる。
そして、手をさらに開く。
魔法陣が二回りも大きく膨れ上がって、数えきれないほどの札が舞う。
だんだんと、空が金色に覆われていく。
すると、スイリくんの服のガラス玉が弾けた。
この猛烈なアイリちゃん特有の霊力に反応したんだと思う。
圧倒的な『圧』。
私たちを押しつぶすほどの膨大な力が、その場を支配していく。
そして、いつの間にか後もう少しで空は完全に覆われる。
「くっ・・・・ぁっ・・・!」
限界を超える負荷に、アイリちゃんの喉から悲鳴に近い声が漏れた。。
細い、小さな腕がガクガクと激しく震えている。
空へ展開されて魔法陣が、徐々に縮み始めている。
「・・・アイリ!まだだ!まだ、終わらせたら・・・!」
いなりくんが悲痛な声を上げた。
しかし、魔法陣の収縮は止まらない。
あぁ、もう、ちょっとなのに・・・!!
「ま、負けない・・・!」
アイリちゃんは、ガクガクと震える腕に力を入れている。
滝のような汗。
そして、魔法陣が消え去りそうになった瞬間・・・パズルのピースがはまったかのように、最後の一つのまくが張られた。
瞬間、空が黄金色に輝いた。
曇りだったはずの上空が、どんな晴天よりも美しく、眩く輝いていた。・・・天晴だ。
「終わった・・・!」
アイリちゃんは、少し微笑んだ。
その直後、極限まで使い果たした霊力の反動なのか、アイリちゃんの小さな体がふらりと傾いた。
「アイリちゃんっ!!」
私は慌てて駆け寄り、背中を支える。
「桜・・・ありがとう。」
「・・・こっちこそ、だよ!」
私はアイリちゃんをおぶる。
そして、ゆっくりと立ち上がってスイリくんの元へと連れて行く。
けれど。
目を覚ましていない。
「どうして、失敗・・・・?」
思わずそんな言葉が口から出てしまう。
瞼はぴくりとも動かない。
「いや、失敗はしていないはずだ。」
先輩はすぐにそう答えてくれる。
その時だった。
「見ろ!空が・・・!」
ウルフさんが空を指差す。
私たちは一斉に空へ向く。
ドーム上に張られていた黄金のまくの中心から、おぞましいまでの『ドス黒い闇』が広がっていっているのだ。
「オウタの、吸収・・・・だな。」
アイリちゃんの小さな声が聞こえる。
最初は中心だけだった。
けど、すぐにドームの端の方まで黒くなっていく。
「あそこまでオウタをスイリの体内に溜め込んでいたのか・・・!」
先輩の驚いた声が隣から聞こえる。
そして、全てが黒に染まって、一瞬だけ暗闇に包まれた。
パァンっ!と軽快な音がして、ドームが弾け飛ぶ。
視界に戻ったのは、いつもの淀んだ曇り空だった。
「スイリ・・・スイリ!」
その一部始終に、目を見張っているとアイリちゃんが、無我夢中呼びかける。
慌ててスイリくんの方に目をやると、スイリくんの瞼が少しずつ開く。
「あれ、姉さん・・・というか、人魚は・・・?」
スイリくんは頭を触りながら起き上がる。
・・・よかった〜〜!!
思わず、泣きそうになる。
「スイリ、・・・よかった。」
アイリちゃんはゆっくりと降りると、スイリくんを抱きしめた。
「よかった・・・一瞬、どうなるか心配だったんだけどね。」
「だな。」
いなりくんと先輩は安堵の表情を浮かべて、顔を見合わせる。
そして、そんな一連を横目にウルフさんは一言も話さないまま、ただ背を向けて1人で山を降り始めていた。
「・・・あ、そうだ先輩。」
スイリくんの件ですっかり忘れていたけど、聞きたいことがあったんだった。
「なんだ?」
「どうして、先輩は・・・私たちのところへ来れたんですか?」
あの時、声が聞こえたと思ったら急にきて・・・びっくりしたんだよね。
「確かに。」
いなりくんは数回頷く。
「ああ、あれはだな・・・たまたま仕事であの泉の近くにいたんだ。地界のな。仕事が終わって手伝いに行ったら・・・あれでな。」
先輩は、ケロッとした顔でそう答えた。
「で?結局、仕事って?」
「迷い冥獣探しだ。人間界でいう迷い犬みたいな。」
へえ〜、と相槌を打ったその瞬間、急に光が差し込んできた。
見ると太陽が顔を出している。
「わっ!綺麗・・・」
徐々に町が照らされていくそれは、“神秘的“以外のなんでもなかった。
「で?2人は・・・大丈夫なの?」
日の出に魅せられていると、ふといなりくんの笑い混じりの声が聞こえてきた。
「大丈夫って・・・何が?」
「2人の親。もう、起きてんじゃないの〜?」
「「あ。」」
そして、私と先輩は顔を見合わせる。
次の瞬間、私たちは言葉を発する暇もなく、慌ててお互い走り始めた。
「あ!桜!しばらくまたホームステイ・・・」
「ごめん!勝手に上がっていいからちょっとごめん!」
アイリちゃんの質問に慌てて答える。
走っているせいで、声がひっくり返って多分伝わっていない。
もう・・・さっきは嬉しさで泣きそうだったけど今度は違う意味で泣きそうだよ!!
そして、私は無事家に帰って大目玉をくらったのだった。
「さてと。」
アイリとスイリも下山した後。自身も山を下り始めた。
跳ねるようにして下山し、稲荷神社の縁側に座る。
「やっぱりここが一番落ち着くな〜。」
いなりの本拠地、『稲荷神社』。
色々忙しいが、何よりも大切な場所である。
そしてふとあの男からの要求を思い出す。
いなりの目から光が消える。
「・・・ほんと、どこで知っちゃったんだろ。」
自分の過去は正直どうでもいい。
桜と蓮華に怯えられないためなら、この身にまとう薄汚れた過去なんて隠し通すつもりだった。
だが、一つだけ。本当に誰にも知られてはいけない存在がある。
“幸“。
幸せと書いてさち、と読む。
髪の短い、元気で。普通の女の子。
「懐かしいな〜。もう、何年前だろ。」
いなりは空を見てやや微笑む。
しかし、その笑いには自嘲と悔しさが入り混じっていた。
「俺、幸を・・・幸せにできたのかな?」
自分の言葉のせいで、あの日崖から落ちて死んでしまった幸。
その日のことは、100年以上経った今でも鮮明に記憶に残っている。
そして、ウルフの言葉が頭に響く。
『幸のことを教えて?お前の・・・いや、四葉日和の“許嫁“だったんだろ?さ、幸・・・いや。嫁のことを教えてくれ。』
その時のショックはすごかった。
凄まじい勢いで、記憶が蒸し返される。
心のどこかで、幸が“自分のせいで死んだ“ことは閉まって忘れようとしていたのだろう。
絶対に、蓋をして、鍵まで閉めて“2度と開けない“と誓ったパンドラの箱が、無理やり誰かによってこじ開けられたような感覚。
「いや、そういえば・・・?」
しかし、不思議なことに少し前に再び蒸し返されていたような気がする。
「いつだっけ・・・?あんまり、覚えてないな。」
いなりはふっと笑いを漏らした。
「神様は、俺のお願い・・・叶えてくれるかな?」
いなりは先ほど登った山の隣。
少し低い、小さな山に目をやった。
そして、縁側から立ち上がると剣を出した。
呼吸を整えると、数回剣を振る。
振るたび、美しい軌跡が描かれる。
そして、こんな言葉も思い出した。
『最も美しく、最も複雑で、最も強い剣技を教える?確かにそうだが、教え方が破綻しているんだよ。だから門下生はいなくなるんだよ。』
他の剣術道場の師範から陰口を叩かれ、どれだけ冷笑を浴びせられようとも、絶えず笑っている父親のことが、日和は好きだった。
この剣技をこなせるのは、父さん以外に・・・俺(日和)だけだった。
「さ、今日も始まった。」
いなりはどこか吹っ切れたような、不敵で満足げな笑みを浮かべた。
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書き忘れ。
次回から、新編『イナクナッタ 編』開幕します。
楽しみにしてくださったら嬉しいです!




