09 粘着系性悪ヒーロー
「で? どんな魔導具を作ったんだ?」
ノクスに聞かれて、私は「とりあえず、作ったのは三つよ」と正直に答えた。
「三つ?」
「一つ目は、音声を録音する魔導具。二つ目は、映像を記録する小型の魔導具。三つ目が相手の位置情報を把握する魔導具なんだけど」
もちろん、試しに使ってみて、問題なく作動することは確認済みである。
でも私の説明に、ノクスはなぜか眉間に何本ものしわを寄せた。
「え、どうしたの……?」
「……お前って……」
「……な、なに……?」
「……控えめにいって、天才なんじゃ……!?」
「はい?」
「だって三つとも、今世紀始まって以来のすごい発明になること間違いなしだろう!? 音声と映像が記録できるうえに相手の居場所までわかるとなったら、悪事の証拠も不貞の裏付けも簡単に手に入れることができる。実用化されたら、犯罪捜査の検挙率が爆上がりするぞ!」
唐突なノクスの大絶賛が、だいぶ面映ゆい。
実はこれ、前世の記憶から思いついたツールたちなのである。
まあ、一時期すごく話題になって、私自身もなんだかんだいって毎回見ていた、いわゆる非公式秘密諜報組織のドラマの影響なんかもあるとは思うのよ。
だってあのドラマ、いろいろすごかったじゃない?
だからとりあえず、原作漫画の中で作っていたボイスレコーダー的な魔導具を試しに作ってみて、それがうまくいったからドラマをヒントに犯罪捜査や各種調査に使えそうなほかの魔導具も作ってみたのだ。
それなりに苦労したけど、なかなかの出来なんじゃなかろうか。
「じゃあ、ひとまず、ヴィアが作った魔導具を使うとしたら――」
と、ノクスが言いかけたときだった。
「――ロサヴィア嬢」
突然中庭の入り口付近から声をかけられ、視線を移すと意外な人物が現れる。
私は即座に立ち上がった。
「……アラスター殿下、ご機嫌麗しゅう」
型通りの挨拶をしたら、だいぶ不愉快そうな顔をされてしまった。
なんの前触れもなく現れた殿下の視線の先にいるのは、私ではなくノクスである。
忌々しげな目つきでノクスを一瞥した殿下は、これ見よがしにため息をついた。
「ようやく能無し殿下との婚約を解消したというのに、ずいぶんと短絡的な行動に走ったものだな」
「……はい?」
「その辺の令息で手を打とうとするとは。もったいない」
どこか非難めいた口調で、堂々と毒を吐くアラスター殿下。
原作漫画のヒーローであるアラスターは、留学先のこの国でロサヴィアに会い、一瞬で恋に落ちる。
竜人の血を引く帝国皇族は自分の『番』を本能で探し当てることができるとされていて、ロサヴィアがアラスターの番であることものちに明らかになる。
何がなんでもロサヴィアを手に入れたいアラスターにとって、最も邪魔だったのはユストゥスの存在だった。愛すべき番が見つかったと歓喜した瞬間、すでに婚約者がいると知ったのだ。
しかも、相手はこの国の王太子。
番を奪い去るにはどうしたらいいか、虎視眈々と機会を窺うのも当然である。
原作では、ユストゥスが婚約破棄したタイミングで待ってましたとばかりにロサヴィアをかっさらい、帝国に連れ帰るアラスターだけど。
私が断罪回避のためにあれこれ動いたことで、物語のストーリーは大きく変わってしまった。
おまけに、アラスター殿下からのアプローチをかわす目的で、私はノクスと偽装婚約を結ぶことにしたのだ。
殿下にしてみれば、寝耳に水だったに違いない。
私とユストゥス殿下との婚約解消を知ると同時に、当の私が別の令息とすぐさま婚約してしまったことをも知ったのだから。
「ロサヴィア嬢」
アラスター殿下は私の目の前に立ったかと思うと、ひどく険しい顔つきになる。
「聡明で才気煥発な君が能無し王太子の婚約者だと聞かされたときにも受け入れ難いものがあったというのに、なぜ婚約解消後まもなく取るに足らない伯爵令息なんかとの婚約を決めてしまったのだ? 早計過ぎるとは思わなかったのか?」
その言葉に、私ははっきり言ってカチンと来てしまった。
だって、いくら帝国皇族とはいえ、よく知りもしない他国の貴族令息を「取るに足らない」とか言い切っちゃうって、どうなの?
まあ、ユストゥス殿下を「能無し」と一蹴するのはアリだけど。むしろ激しく同意するけど。
もともと、アラスターは嫌味や皮肉っぽい台詞の多い人ではあった。
物語の序盤では、眉目秀麗な外見に反して意外と口が悪いのね、と思ったものだ。
ただ、その悪意の矛先は、ほとんどユストゥスに向けられていた。だから、さほど気にならなかったのだと思う。
でも身内同然の有能な幼馴染を悪く言われたら、黙っていられるわけがない。
私は得意の薄い笑みを浮かべて、アラスター殿下の顔を真っすぐに見据えた。
「早計過ぎるなど、とんでもない。これ以上ない良縁に恵まれたと感謝しておりますわ」
「聞けば、そちらの令息は気心の知れた旧知の仲なのだろう? あれほど恋い慕っていた王太子殿下への想いを諦め、手近なところで妥協したというわけか」
「確かに、シグリッド伯爵令息とは幼馴染という間柄です。だからこそ、彼は傷ついた私の心に深く寄り添い、前を向くきっかけを与えてくれたのです」
いや、本音をいえば、前世の記憶を思い出した時点でユストゥス殿下とのことはまったく傷つかなくなっていたのだけど。
でも、殿下との婚約が解消できたのは完全にノクスのおかげだし、そういう意味ではノクスが新たな人生のきっかけを与えてくれたといっても過言ではない。
だから、まるっきり嘘というわけじゃない。
平然と言い返す私に、アラスター殿下は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
捕獲予定の番に逃げられ、あまつさえほかの男性に心を許している様を目の当たりにしているのだ。
そりゃあ、面白くないわよね、と思う。
「……まったく、貴様さえいなければ……」
殿下が尖った口調でつぶやくと、ノクスはここぞとばかりに一歩前に出た。
「お初にお目にかかります、アラスター殿下。シグリッド伯爵家が嫡男、ノクスと申します」
凛とした声で怯むことなく挨拶をするノクスに、私はちょっと、見惚れてしまう。
殿下はここまで、まるでわざと聞かせるかのようにノクスのことを酷評していた。
ノクスだって、自分に向けられた悪意に当然気づいているはずである。
にもかかわらず、臆する様子も見せずに毅然とした態度を取れるなんて、誰にでもできることじゃない。
さすがはノクス。スパダリ感が半端ない。
「アラスター殿下におかれましては、日頃から常にロサヴィアのことを気にかけ、頻繁にお声掛けくださったと聞き及んでおります。しかし、ご心配には及びません。今後は俺が婚約者として、そして未来の夫として、生涯ヴィア、いえ、ロサヴィアのそばから離れず、しっかりと支えていきますので」
……ノクスってば、心にもないことを。
なんて思いつつも、なぜか得意げなノクスの言葉に私の心臓はまたどきりと跳ね上がるのだった。
いわゆる非公式秘密諜報組織のドラマ、私は第一シーズンから毎回欠かさず観ています(笑)




