10 思ってたのと違う
「やっぱり、思った通りだったな」
不服そうな顔をしながらも無言で立ち去るアラスター殿下を見送って、ノクスが一言つぶやいた。
「何が?」
「あの人、ヴィアのことが好きだから帝国に連れていこうとしていたんだよ」
「え!?」
ズバリ言い切るノクスに、私は唖然としてしまう。
いや、もちろん、原作ではそうなんだけど。
でもその辺りのことは、ぼかして伝えていたはずなのに。
「なんで、そんな――」
「だって、目が本気だったから」
「目が……?」
「夢の話を聞いたときから、そうじゃないかと思ってたんだよな。アラスター殿下はもしかしたら、ヴィアのことが好きだったんじゃないかって。だから婚約破棄されて傷ついたヴィアを、わざわざ帝国に連れ帰ろうとしていたんじゃないか?」
鋭い。鋭すぎる。
まったくもって、その通りです。
とは、言えないけど。
「さっき実際にアラスター殿下と話してみて、確信したよ。殿下も本当はヴィアのことがずっと好きだったのに、俺みたいな伏兵にあっさりかっさらわれたから面白くないんだろ」
確かに、ノクスの言う通りだと思う。
アラスター殿下にしてみれば、私とユストゥス殿下との婚約こそが一番の障害だったはず。
だというのに、どこの馬の骨ともわからない(いや、当然私たちはわかっているのだけど)令息がいきなり出てきて私を奪っていったのだから、どうにも腹立たしくて仕方がないのだろう。
「……でも、またノクスに助けられたかも」
思わず本音を漏らしたら、ノクスが不思議そうな顔をした。
「助けられた? 何が?」
「さっきの殿下の言動を考えれば、ノクスの言うことも一理あるかなって。だとしたら、殿下はあの手この手で私を帝国に連れ帰ろうとしたかもしれない。でもノクスと婚約していたおかげで、無理やり連れていかれるようなことにはならずに済みそうじゃない?」
「まあ、予想通りの展開ってやつだな」
「本当にそうよ。それに……」
私は少し言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。
「アラスター殿下とはこれまでにも何度か話をする機会があったのだけど、思っていたよりもずいぶん辛辣で容赦のない方なんだなってちょっと驚いたというか……。ノクスが目の前にいるのに、平気であんなひどいことを言うなんて……」
そりゃあ、帝国皇族にしてみれば、大事な大事な番を奪われたのだから冷静でいられないのは百も承知である。
でも、あんな底意地の悪い物言いをしなくてもよくない?
原作漫画では、あそこまで性悪な人じゃなかったはずなのに。思っていたヒーロー像とは、だいぶかけ離れてるんですけど。
もしかして、あれがアラスター殿下の本性だったとか……?
それとも、私が物語のストーリーを改編してしまったせいで、アラスター殿下の性悪な部分が本来よりも何割か増しになっているとか……?
いずれにしても、さっきのやり取りで私の気持ちははっきりと決まってしまった。
やっぱり私は、アラスター殿下を選ばない。選びたくない。
だって、いくら腹立たしいとはいえ、私にとっては大恩人であるノクスを悪く言うんだもの。
何も知らないくせに、何もしてくれなかったくせに、いったい何様のつもり? なんて思ってしまう。
「でもあの人、これですんなり諦めるってことはなさそうだよな」
言いながら、どういうわけかノクスの目に仄暗い何かが宿る。
「ヴィアを狙って、何か仕掛けてくるかもしれない。いや、十中八九、何か仕掛けてくるだろうな」
「……そう、かしら……?」
とか言いつつ、私もノクスと同じことを考えていた。
なんせ、アラスター殿下は命の次に大事な番を手に入れ損ねたのだ。
これで終わるとは、到底思えない。
「聖女のことはもちろん、アラスター殿下のほうも何かしら策を講じるべきだよな。ようやくここまで来たんだ、出し抜かれてたまるかよ」
やけに深刻そうな顔をして何やら考え込むノクスの背後に、禍々しささえ感じるオーラが見えた気がしたのは、私だけだろうか……?
◇・◇・◇
それから、数日後。
私とノクスは、すぐにルチアの正体を暴くための作戦を開始した。
まず、ノクスはいつものモブ特性を生かし、ルチアの靴に位置情報を確認・追跡できるシール型の魔導具(現代日本でいうところの、GPSトラッカーとでもいうべきアイテム)をこっそり取り付けた。
それをもとに、ルチアの日頃の行動を監視しようというわけである。
もちろん、シール型魔導具からの情報を受信できるタブレット型魔導具もすでに作ってあって、準備に抜かりはない。
ノクスは「お前って……」と言ったきり、言葉を失っていたけど。
孤児院育ちの平民ルチアは、聖女と認められて以降、王都神殿に身を寄せている。その生活は、基本的に学園と神殿とを往復するのみである。
ユストゥス殿下が謹慎処分を受ける前は殿下たちと頻繁に街へ出かけていたようだけど、今はそれもない。
だからこそ、神殿からどこかへ出かけることがあれば、しかもそれが学園や神殿とはなんら関係のない場所ということになれば、その場所でリングール教国側の人間と落ち合っている可能性が高いのではないか?
そう踏んだのだ。
ちなみに、「そんなまどろっこしいことをしなくても、神殿内のルチアの自室に小型のカメラ型魔導具を設置したほうが早いのでは?」という意見もあるとは思う。
でも実は、それが殊の外難しい。
この世界の神殿には神の加護とされる『神聖力』によって、神殿関係者以外の侵入を防ぐためのバリアというか、見えない防御シールドのようなものが張られているという。
だから神殿内部にこっそり潜入したり捜索したりするなんて、至難の業なのである。
教国側の人間には聖職者も多いため、密偵がすでに神殿関係者として堂々と入り込み、ルチアと共謀していることも考えられる。
でも、絶対に聞かれてはいけない密談を交わすわけだから、やっぱり外で落ち合おうとするのでは?
その予想が的中したのは、ルチアの監視を始めて二週間後のことだった。
「聖女が出かけたみたいだな」
タブレット型魔導具を覗き込んでいたノクスが、興味津々といった様子で声を上げる。
最近のノクスは、学園の帰りに必ず我が家に立ち寄っていた。二人でルチアの動向を監視するのが、ここ二週間のお約束になっているのだ。
「どこに向かっているのかしら」
タブレットの画面に目を遣ると、赤くて丸い印が点滅しながら結構なスピードで移動する。
「……これ、もしかして馬車に乗ってる……?」
「多分な」
ルチアは神殿から馬車に乗り、王都郊外へと向かっているらしい。
しばらくすると、急に赤い印の移動速度がゆっくりになって、そのうち完全に止まった。途中で馬車を降り、そこから少し歩いてどこかの建物に入ったようである。
それからルチアは、小一時間ほどその場所から動かなかった。
「……この場所、だいぶ怪しいな」
ノクスの言葉に、私も同意する。
「よし。直接行って、確かめてみるか」




