11 思いの外、口の悪い聖女
翌日。
「かなり怪しげな空き家があったよ」
我が家からの帰りにそれとなくあの場所を探りに行ったノクスは、ルチアが向かった先に何があったのかを説明してくれた。
「もともとはどこかの貴族の愛人が住んでいたらしいけど、今は誰も住んでいないそうだ」
「相変わらず、仕事が早いのね」
「ついでに、ヴィアの作った映像記録用の魔導具を仕掛けてきたから。うまくいけば、ルチアがあそこで何をしていたのかがわかるんじゃないか?」
さすがはノクス。
もはやあのドラマで有名な、非公式秘密諜報組織員並みの完璧な仕事ぶりである。
ただ、面倒事に巻き込んでおいて今更だけど、予想以上にあれこれと手を貸してくれるノクスになんだか申し訳なさを感じてしまう。
「ごめんね、ノクス。何から何まで頼っちゃって」
私がそう言うと、ノクスはからりと答えた。
「なに言ってんだよ。俺がやりたくてやってるんだから、気にするな。ヴィアに頼ってもらえるのだってうれしいしさ」
あっけらかんとした口調で、屈託のない笑顔を見せるノクス。
その柔らかな視線にまたしても心臓が跳ねて、私はどうにも落ち着かなくなる。
最近、こういうことが増えたと思う。
なぜだか妙にどぎまぎして、ノクスを直視できない。
そんな心の動揺に慌てて蓋をした私は、咄嗟に言葉を探す。
「ル、ルチアも相当焦っていると思うのよ。ユストゥス殿下に取り入って私との婚約を解消させて、自分が新たな婚約者の座に収まるつもりだったのに、まさか殿下の謹慎処分のせいで会えなくなるだなんて」
「殿下に会えないだけじゃなく、いつ学園に戻ってくるのかだって今のところはっきりとはわからないんだからな。作戦の変更は免れないだろうし、それを話し合うためにも教国側の密偵と必ず連絡を取り合うはずだよ」
我が国と帝国との戦争を目論むリングール教国にとって、ルチアのユストゥス殿下籠絡は作戦成功の要である。
それなのに、思わぬところでその計画が頓挫しているのだ。
ルチアだけでなく、教国側だってだいぶ焦っているに違いない。
そうして、一週間後。
私たちの読み通り、ルチアはまたしても前回と同じ空き家へ向かった。
ノクスが仕掛けてくれた映像記録用の魔導具(現代日本でいうところの、小型カメラ)には、人感センサーがついている。と同時に、記録した映像を瞬時にタブレット型魔導具へと転送するという優れもの。
案の定、画面に映し出されたのは、ルチアと平民ふうの見知らぬ男だった。
『残念だけど、取り次いでもらえなかったわ』
いつもの無邪気な笑顔はどこへやら、ルチアは別人かと思うような低い声で吐き捨てる。
『体調不良だと聞いたのでお見舞いに来ました、って可愛らしく言ってやったのに、必要ない、なんて門前払いよ』
『王城の中に入ることもできなかったのか?』
『そうよ。泣き落としも効かなかったわ。むしろ私が聖女だと言った途端、門番たちに冷たくあしらわれたのよ。取り付く島もないって感じ』
『……もはやユストゥス殿下の籠絡は、断念せざるを得ないということか……?』
男の言葉に、私とノクスは顔を見合わせた。
早くも決定的な台詞が飛び出すという願ってもない状況に、内心「キターーーー!!」と叫びたいくらいである。
でも、画面の中のルチアは瞬時に声を荒げた。
『ちょっと待ってよ! せっかく殿下とあの令嬢との婚約が解消になったのよ! あと少しじゃないの!』
『でも、当の殿下に会うことすらままならないんだろう? 会えない相手と婚約なんて、所詮無理な話だろ』
『はあ!? 私がどんだけの代償を払ったと思ってるの!? あの能無しクソ殿下との婚約を確実にするために、何回寝てやったか知らないでしょう!?』
思わぬ衝撃発言に、私とノクスはまたしても顔を見合わせる。
『能無しクソ殿下』という暴言もそれはそれで十分すごいのだけど(でも言い得て妙)、『寝た』という言葉が何を意味するのか、わからない私たちではない。
だから私もノクスもちょっと気まずいというか、微妙に気恥ずかしくなってしまって、お互いにすーっと目を逸らす。
『代償を払ったのはこっちだって同じだ。お前を聖女に仕立て上げるために、どれだけの金と労力を使ったと思ってる?』
『だったら、もう少しだけ待ってよ。必ず殿下との婚約をものにして、陛下の期待に応えてみせるから』
『……まあ、仕方がない。ユストゥス殿下の体調不良も、実際のところは謹慎処分だという話だからな。こっちとしても、詳細を探らせてはいるが』
『まったく、あのクソ殿下ったら何をやらかしたのよ……』
『詳細がわかり次第、また連絡する』
『いいけど、私は諦めないわよ』
そのあとすぐに、二人は部屋を出ていった。
初回からとんでもない情報を入手できたと喜ぶ私を横目に、ノクスは何やら思案顔である。
「どうしたの?」
気になって尋ねてみると、ノクスは「うーん」と言いながら頬杖をついた。
「今の会話だけだと、決定的な証拠にはならないと思ってさ。ユストゥス殿下を狙っていることは名言していたけど、あいつらが何者なのかまではわからないだろう?」
……確かに。
「リングールの『リ』の字も出なかったものね」
「ルチアが本当は聖女じゃないってことははっきりしたし、やっぱりユストゥス殿下とそういう関係だったんだなってこともわかったけどさ」
「そ、そうね」
まあ、薄々わかっていたことではあるものの、それについては改めて知らなくてもよかったかもしれない。
「でもそれだけじゃ、ルチアは排除できても裏で糸を引いているリングールの企みを暴くことはできないよな?」
「むしろ、トカゲの尻尾切りで終わってしまうかも」
「そうなったら、かえってまずいだろ。しかもあいつら、ユストゥス殿下が本当は謹慎処分を受けていることを知っているみたいだった。表向きは体調不良ってことで箝口令まで敷かれているのに、なんで知ってるんだ?」
「……事情を知る高位貴族の中に内通者がいるか、王城にもすでにリングールの密偵が潜んでいるとか……?」
「……だよな。どっちにしても、だいぶやばい」
「せめて、あの平民ふうの男がどこの誰なのかわかれば――」
私がそう言いかけたとき、ノクスが「よし」と身を乗り出した。
「じゃあ、俺が突き止めてやるよ」




