12 偉大なるモブ特性
十日後。
そろそろでは、と身構えていた私たちの予想通り、ルチアは再びあの空き家へと向かった。
しばらくすると、この前と同じ二人がタブレット型魔導具の画面に映し出される。
ただ、今回は最初から意見が対立していた。
『作戦変更ですって!?』
ルチアが鋭い声で叫ぶ。
『何よそれ!? ちょっと待ってって言ったじゃないの!』
『仕方がないだろう? いつになったらユストゥス殿下の謹慎が終わるのか、まったく見通しが立たないんだ。王城を探らせている密偵も、いまだに謹慎の理由を掴めないままだしな。いつまでも悠長に待っているわけにはいかない、と判断したんだよ』
『……それは、お頭が……?』
『ああ』
お頭って誰だろう、と思う暇もなく、二人の会話は続く。
『じゃあ、これからどうするつもりなのよ?』
『帝国の第三皇子を狙う。留学先のこの国でアラスター殿下に直接危害が及ぶようなことがあれば、帝国も黙ってはいないだろうからな』
『は? それって確か、警護が厳しすぎるって理由で真っ先に却下になった案じゃなかった?』
『まあな。でも、現状それ以外に方法はない』
『そんなの、無理に決まってるじゃない。帝国の護衛騎士は精鋭ぞろいよ? 敵うはずがないでしょう?』
確かに、アラスター殿下は腐っても帝国の第三皇子。
彼には常に、遠目から見ても手練れだとわかるような屈強な護衛騎士たちが何人も付き従っている。殿下の安心安全な学園生活を守るためである。
この前中庭で殿下と話したときだって、後方には二人の護衛騎士が控えていたのだ。
あの筋骨隆々とした護衛騎士のみなさんに、教国側の密偵が勝てるとは思えないんですけど。
『……じゃあ、アラスター殿下を襲う以外に何か策でもあるのかよ?』
苛立たしげな口調の男に向かって、ルチアはにやりと口角を上げた。
『私、いいことを思いついちゃったのよね』
『いいこと?』
『私が殿下の子を身ごもったことにすればいいんじゃないかなって』
『は? なんだって?』
『そうすれば、殿下は私と結婚するしかなくなるじゃない?』
『でも、そんな事実は……』
『もちろん、ないわよ。王宮の侍医に調べられれば、すぐに嘘だとバレるでしょうし。でも大事なのは、そういう関係だったって事実を公にすることよ。聖女の純潔を散らしたとなれば、殿下だって責任を取るしかないでしょう?』
『……ふん。純潔なんて、聞いて呆れるけどな』
鼻で笑う男に、ルチアは「うるさいわね」と悪態をつく。
なんか今、すごいことを聞いてしまったような。
『とにかく、私が妊娠しただのなんだのと大騒ぎすれば、王家だって知らぬ存ぜぬを通すわけにはいかなくなる。そのまま殿下との婚約に漕ぎつければ、あとはこっちのものよ』
『そううまくいくとは思えないが』
『いいから、商会に帰ってお頭に話してみて。お頭なら、ゴーサインを出してくれるに決まってるわ』
『すごい自信だな』
『当たり前じゃない。お頭だって、私のドミニク様に対する忠誠心を買ってくれているのよ?』
『……ふん。あまり調子に乗るんじゃねえよ』
面白くなさそうな顔をしながらも、男はルチアの勢いに従うことにしたらしい。『とんでもない女がいたもんだ』とかなんとかぶつくさ言っている。
二人の会話を聞きながら、私はぬるっと登場した大事なワードに気がついていた。
――――「商会」と「ドミニク様」。
会話の内容から察するに、「商会」はあの平民ふうの男のアジトなのだと思う。そこに、彼らを束ねる「お頭」なる人物もいるのだろう。
原作漫画には「商会」なんて出てこなかったけど、ルチアと教国側の目論見が暴かれたとき、彼らのアジトに騎士団が突入している描写はあった。
多分、あれが「商会」だったんじゃなかろうか。
そして、ルチアが忠誠を誓う「ドミニク様」こそ、なんとリングール教国の現王の名前なのだ。
ルチアと教国の王に直接的なつながりがあるのかどうかは知らないけど、これはもう、決定的な証拠といえるのでは……?
少しずつ、でも確実に、必要なカードが集まりつつある。
その手応えをひしひしと感じていたら、不意にドアをノックする音がした。
「どうぞ」
私が答えた次の瞬間、ドアの向こうから現れたのは――――
「ただいま、ヴィア。あの男の正体を突き止めたよ」
満面の笑みを浮かべる、スパダリな婚約者だった。
◇・◇・◇
「結論からいうと、あの男はマルム商会の人間らしい」
「……マルム商会? 聞いたことないんだけど」
「少し前に王都に進出してきた、新興の商会みたいだな」
そう言って、ノクスは手にしていたティーカップを口元に運ぶ。のどが渇いていたらしく、ぬるめの紅茶をごくごくと飲み干している。
実は、ルチアが神殿を出た直後、ノクスはすぐさまここを発ってあの空き家へと向かっていたのだ。
そしてルチアと男との密談が終わり、二人が空き家から出てくると、密かに男のあとをつけた。男がどこの誰なのか、突き止めるためである。
男はノクスの尾行に一切気づくことなく、悠々とマルム商会に戻っていったらしい。
教国の密偵相手に尾行任務を完遂するなんて、本当にノクスのポテンシャルには感服してしまうのだけど。
これも類い稀なるモブ特性のおかげってこと……?(教国の密偵がポンコツだという可能性もあるにはある)
「ところで、今日の二人の話し合いはどうだったんだ? 何か収穫があったか?」
ノクスに聞かれて、私は早速タブレット型魔導具に保存されたさっきの映像を見せることにした。
ひと通り見終わると、ノクスは納得したような顔をして何度も頷いている。
「やっぱり、マルム商会がやつらのアジトなんだろうな」
「多分ね。商会の様子はどんなだった?」
「まあ、パッと見は普通の商会だったよ。特に怪しいところもなかったし」
「そうよね。見るからに怪しいなんてこと、ないわよね」
むしろ、用意周到に健全な商会らしさを装い、リングール教国とのつながりを彷彿とさせるものは徹底的に排除しているはずである。
でも、一般人の私たちには、店頭の雰囲気を外から覗き見るくらいが関の山。
商会の内部に潜入して詳しく調べたいところだけれど、さすがに難しい。
「……だったらここは、奥の手を使うしかなさそうね」
「奥の手?」
すっくと立ち上がった私を、ノクスは訝しげな顔をしながら眺めている。
「どうしたんだ?」
「ノクスも一緒に来てくれない?」
「は? どこに?」
そうして、私がノクスと一緒に向かったのは――――。




