13 断罪イベント突入
「え? 侯爵の執務室?」
驚くノクスを引き連れて、私は中にお父様がいることを確認する。
「お父様。今よろしいですか?」
顔を上げたお父様は「ロサヴィアか? ノクスもどうした?」と言いながら、机の上の書類に伸ばしかけた手を止めた。
中に通され、向かい合ってソファに座るや否や、私はルチアに関する一部始終を淡々と説明し始める。
といっても、原作漫画のことはもちろん、『夢で見た』という設定もそのまま伝えるのはちょっと憚られたから(ノクスに『救国の巫女』だのなんだのと持ち上げられたこともあり、ちょっと気恥ずかしい)、「ルチアが本当は聖女ではない、という噂を耳にした」ことにして、タブレット型魔導具の映像を見せつつこっそり調べていたことを明かしたのである。
「……ずいぶん仲睦まじげに過ごしているなと安心していたのに、お前たちは……」
お父様は私とノクスの顔を交互に見比べて、少し呆れたような、でもどこか感心しているような、なんとも複雑な表情をした。
……「仲睦まじげ」とか言われたら、妙にそわそわしちゃうんですけど。
「ロサヴィアの才能のことはヴェルスからも聞いてはいたが、まさかこんなものを作っていたとはな」
タブレット型魔導具をまじまじと見つめながら、「……これはもう、今世紀最大の発明といっていいのではないか……?」とかノクスと同じようなことをつぶやくお父様。やけに目がキラキラしている。
ちなみに、ヴェルスとは魔導具工房の主のことである。もとは貴族だったらしいのだけど、お父様とは旧知の仲らしい。
「しかし、映像の真偽を問う必要はなさそうだな」
一転、お父様は厳しい顔つきになって、私とノクスを見返した。
「もちろんです」
「だとすれば、これは由々しき事態だ。事は急を要する。マルム商会については、早急にこちらで調べておこう」
「お願いできますか?」
「そのつもりで、ここに来たのだろう?」
何もかもお見通しといった様子で、お父様はにやりとほくそ笑む。
実は、我がレークス侯爵家は代々ファウスタ商会という大商会の経営に携わっている。
我が家が国内有数の貴族家として大きな影響力と発言力を持つようになったのは、この商会経営によるところが大きい。
国内の市場と流通を掌握し、近隣諸国との交易ルートを次々に開拓し、莫大な財を築いてきた我が家の家訓は『情報を制する者は、世界を制する』。
つまり、情報収集と敵情把握には常に並々ならぬ心血を注いでいるのだ。
そんなお父様にとって、王都に進出してきたばかりの小さな商会について調べるくらい、朝飯前だろう。
「ロサヴィア」
「はい」
「私はこれから王城へ向かい、事の次第を説明してくる。この魔導具は一旦預からせてもらうが、構わないか?」
「映像を陛下にお見せするのですね?」
私がそう言うと、お父様はわずかに言い淀んだ。
「……陛下にお見せするかどうかは、まだわからん」
「え?」
「詳しいことは、近いうちに説明する」
すっと立ち上がったお父様は、どこか不穏な雰囲気を漂わせている。
そして、そのまま何も言わずに部屋から出ていったのだった。
◇・◇・◇
王城へ向かったお父様は、それからしばらく帰ってこなかった。
まあ、聖女と認定された少女はなんと偽物で、王太子の籠絡を目論んでおり、背後にはリングール教国が絡んでいて、なぜか帝国の皇子まで狙われているとわかったのだ。
王城全体が大混乱に陥っただろうことは、想像に難くない。
その間も、私とノクスは当然のようにルチアの監視を続けていた。
こんなときのために、予備のタブレット型魔導具も用意しておいてよかった、とつくづく思う。
でも、ルチアは変わらず学園に通っていたし、あの空き家に向かうことは一度もなかった。ユストゥス殿下との関係が暴露された、なんて話もまったくない。
「お頭のゴーサインが出なかったんじゃないか?」
学園のカフェテリアでルチアをチラ見しながら、ノクスが声を潜める。
「作戦としては、ちょっとリスキーだからな。運よく殿下と婚約できたとしても、責任を取らされて廃太子にでもなったら元も子もないし」
「すでにやらかして謹慎しているのだから、ルチアとのことが知られたら殿下の立場はますます危うくなるでしょうね」
「侯爵が帰ってこないのも、その辺りのことが関係してるんだろ」
実際、ユストゥス殿下の謹慎以降、王妃殿下のお子である第二王子を擁する派閥の勢いが増しているらしい。
お父様のあの不穏な言葉も、そんな政局を見据えてのことだったのだろう。
そうして、一週間後。
私とノクスは、そろって王城へと呼び出されることになった。
召喚状を携えて一旦帰宅したお父様のただならぬ表情に、国の上層部がおおよその正確な状況を把握したのだろうと推測する。
「宰相閣下が、是非ともお前とノクスに立ち会ってほしいそうだよ」
「立ち会う? 何にですか?」
「すべてを詳らかにし、悪人どもを一掃するための重要な話し合いの場にだ。教国の陰謀を暴くきっかけとなった、類まれなる魔導具の開発者がいなくては始まらない、と言ってな」
それってもしかして、原作漫画終盤の山場でもある断罪イベントに突入するってこと……?
案の定、足を踏み入れた王城の謁見の間には、すでに錚々たるメンバーが勢揃いしていた。
陛下と二人の妃殿下、宰相閣下やこの国の重鎮と呼ばれる有力貴族の面々はもちろんのこと、ユストゥス殿下とルチア、おまけにアラスター殿下までもが一堂に会している。
私に気づいたユストゥス殿下が忌々しげな目つきをしたところも、原作の筋書き通り。
ただ、原作と違うのは、私たちの隣にノクスとシグリッド伯爵が立っていること。
硬い表情のシグリッド伯爵に比べて、ノクスはいつも通りの飄々とした態度を崩さない。
おまけに、私と目が合ったらにっこり微笑むなんて、完全に反則である。余裕ありすぎじゃない?
「宰相。これはいったい、何事なのだ?」
陛下の言葉に、私はハッとする。
だって今の台詞、原作漫画と同じなんだもの。
ただ、原作で陛下にこの言葉を投げかけられるのは、アラスター殿下だったはずである。
私の作った魔導具を利用して帝国の密偵に悪事の証拠を集めさせ、教国の企みを暴くために全員をこの場に呼びつけたのは、物語のヒーローたる彼だったはず。
……私があれこれ動いたことで、ストーリーの改編がだんだん加速しているような……。
「実は、陛下と妃殿下に是非ともお見せしたいものがあるのです」
宰相がそう言うと、奥の扉のほうから大きな白いスクリーンのようなものが運び込まれた。
ちなみに、あのスクリーンも魔導具なのだけど、作ったのは何を隠そう、私と魔導具工房のヴェルスさんだったりする。
「まずは、この映像をご覧ください」
宰相の言葉でスクリーンいっぱいに映し出されたのは、言うまでもなくルチアとマルム商会の男の密会場面だった。
「えっ!?」
まさかの事態に、ルチアが甲高い声を上げる。
そりゃ、そうだ。
ただの大きな白い布に動く画像が映し出されただけでも十分驚かされるのに、それが自分と知られてはいけない相手との密会場面なのだから。
「え、ちょ、ちょっと!!」
スクリーンのほうに駆け出そうとするルチアを、数人の衛兵ががっしりと取り押さえる。
それでも、陛下と側妃様、それにユストゥス殿下とアラスター殿下は映し出された映像から目を離さない。
ユストゥス殿下なんか、自分が偽聖女のハニートラップにまんまと引っかかってしまった事実を目の当たりにして呆然としているし(『能無しクソ殿下』という暴言にもだいぶショックを受けていた)、アラスター殿下も自分が狙われていたことに少なからず衝撃を受けているらしい。
「こ、こんなの嘘よ! 出鱈目よ!!」
衛兵に押さえつけられながらも、ルチアは大声で主張した。
「これは私じゃないわ! 誰かが私を貶めようとして、こんなものを――!」
「ほう。誰か、とは誰ですか?」
「知らないわよ、そんなの!!」
「そうですか。……では、入れ」
宰相が合図をすると、さっきの扉とは別の扉がゆっくりと開く。
現れたのは、たくさんの騎士団員たちに拘束された、満身創痍の見知らぬ男たちだった。




