14 あっさり断罪
「お、お頭!?」
悲鳴じみたルチアの声で、私はこの男たちがマルム商会の者たちだということに気がついた。
よく見ると、ルチアと密談していたあの連絡係の男も全身傷だらけで拘束されている。恐らく、騎士団員たちともみ合いになってボコボコにされたのだろう。
「この者たちは、マルム商会という新興の小さな商会に勤める者たちです。しかしその実体は、リングール教国が送り込んだ密偵集団なのですよ」
「なんだって?」
驚きのあまり、陛下が目を見開く。
側妃様もユストゥス殿下も、アラスター殿下でさえ、思いもよらない事実に言葉を失っている。
ただ、王妃殿下だけは、顔色一つ変えず微動だにしない。
「そもそも先程の映像は、そちらのロサヴィア・レークス侯爵令嬢が独自に開発した魔導具を使い、ノクス・シグリッド伯爵令息協力のもとに入手したもの。彼らはルチアなる平民が実は聖女ではないという噂を聞きつけ、密かに探っていたのです」
「なんと……」
「そして、映像に映っていた男がマルム商会の人間であることを突き止め、その報告を受けたレークス侯爵とファウスタ商会が秘密裏に調べた結果、彼らが教国の密偵集団であるという証拠を掴むに至りました」
さすがはお父様。
あの商会の実体を、こんな短期間で突き止めてしまうとは(単に相手がポンコツなだけなのかもしれない)。
「調査結果を受けて昨晩全員拘束し、王立騎士団に尋問させたところ、彼らは教国の王であるドミニク陛下の密命を帯びて暗躍し、我が国と帝国との間に戦争を起こさせるべく画策していたと白状いたしました」
「せ、戦争だと……!?」
陛下は思わずといった様子で玉座から立ち上がり、アラスター殿下もぴしりと表情を強張らせる。
「さらに、平民ルチアは教国の野望のもとに送られた工作員であり、実際は聖女でもなんでもないという事実も判明しました。ルチアは我が国と帝国との関係悪化を誘う火種を仕込むべくユストゥス殿下に近づき、そしてまんまと殿下を籠絡したのです」
「ル、ルチア、貴様……!!」
ユストゥス殿下が鬼のような形相で睨みつけると、衛兵に取り押さえられたままのルチアは震える声で反論する。
「ち、違います……! 私は、何も――」
「嘘をつくな! この期に及んで、まだ誤魔化せるとでも思っているのか!?」
「そんな! 私は本当に、ユストゥス殿下をお慕いして……!」
うーん。
それはさすがに、無理があるのでは?
だって、さっきの映像を見たら、ねえ?
「うるさい! 僕はもう騙されないぞ!」
「ユ、ユスト! ほんとに違うのよ!」
「……ひとまず、全員地下牢に連れていけ」
半ば呆れ顔の宰相の言葉に、ルチアを押さえつけていた衛兵が「はっ!」と答える。
「ちょ、ちょっと待って! 助けてユスト! ユストってば!!」
顔を歪ませ、ユストゥス殿下に向かって何度も叫び続けるルチア。
でも最後には、商会の男たちと同じように衛兵に引きずられながら退出していった。
これから仲間と同様、騎士団の厳しい取り調べを受けることになるのだろう。
「……さて、陛下」
喧騒が遠のき、静まり返った謁見の間に宰相の声が響く。
「今回の件につきまして、国の危機を救い、帝国との戦争回避に尽力したレークス侯爵令嬢とシグリッド伯爵令息には何らかの褒章を与えねばなりますまい」
弾かれたように顔を上げると、陛下も納得したように頷いている。
「……うむ、そうだな」
「加えて、このような比類なき魔導具を次々と生み出したレークス侯爵令嬢のような人材は、国として庇護礼遇し、万全の支援体制を整える必要性があるのではと」
……ん?
言われた意味がちょっとわからなくて、私は思わずお父様に視線を向けた。
お父様は私と目が合うと、やけに思わせぶりな顔をする。
え、どういうこと?
「……国がお前を守ってくれるってことだよ」
隣に立つノクスが、ヒソヒソ声でささやいた。
「国が……? え……?」
「つまり、この国は全勢力をかけて、お前を庇護し優遇する用意があるってこと。そうすれば、他国の人間もそう簡単には手出しができなくなるだろう?」
「……それって、つまり……」
「たとえ相手が帝国の皇子だとしても、お前を強引に連れ去ることはできなくなるんだよ」
ノクスに言われて、私は咄嗟にアラスター殿下の顔を盗み見た。
殿下も宰相の言葉の意味を理解したらしく、しかめ面で黙り込んでいる。
「さ、宰相!」
いきなり声を上げたのは、ユストゥス殿下だった。
「ロサヴィアを国として庇護していくということは、やはり僕との婚約を結び直すということだな!?」
その言葉に、この場に居合わせたほぼ全員が呆気に取られてぽかんとした。
ただ一人、側妃様だけが嬉々とした表情をしているのはなぜでしょう……?
「殿下、それはいったい、どういう意味でしょうか?」
宰相の声は、殊の外冷ややかだった。
いや、冷ややか、なんてもんじゃない。
すべてを無に帰す絶対零度の冷たさである。
「ロサヴィアを礼遇するというのであれば、王太子たるこの僕の婚約者という立場が最も望ましいだろう? 僕と再婚約すれば、ゆくゆくは王太子妃、いずれは王妃にまで登り詰めることができるのだからな」
「何を仰っているのです? そんなわけはないでしょう?」
「……は?」
「殿下とレークス侯爵令嬢との婚約は、すでに解消されております。それも、殿下の不貞行為とそれに伴う国庫横領が原因です。そんな方との再婚約が、なぜ『礼遇』になるのですか?」
「え……」
「ご自分が極めて厳しい状況に置かれていることをようやく自覚し、レークス侯爵令嬢を再び迎え入れることで起死回生を図ろうとしておいでなのかもしれませんが、見当違いも甚だしいと言わざるを得ませんね。そもそも、殿下はレークス侯爵令嬢を忌み嫌い、冷たくあしらっておいでだったはず。それなのに再婚約を望まれるとは、いったいどういう了見なのでしょう?」
……て、手厳しい。宰相閣下の容赦がなさすぎる。
しかも、誰も彼もが宰相の言葉に同調し、ユストゥス殿下に対して一様に眉を曇らせている。
「で、でも! ロサヴィアは僕のことが好きなんだ! 礼遇するというのであれば、愛してやまないこの僕の婚約者の座を再び与えることが一番の褒美ではないか!?」
殿下の言葉で、この場にいる全員の視線が一斉に私へと向けられた。
内心、うわー、である。
「レークス侯爵令嬢」
宰相が静かな口調で言った。
「殿下はこのように仰っておいでだが、君はどう考える? 忌憚ない意見を聞かせてはもらえないだろうか?」
……それって、『言いたいことははっきり言っちゃっていいよ』というゴーサインですよね……?
私は大きく息を吸って、呼吸を整える。
「……恐れながら申し上げます」
「うむ」
「ユストゥス殿下との再婚約は、謹んで辞退させていただきたく存じます」
全部言い終わる前に「ロサヴィア!」と叫ぶユストゥス殿下の声が聞こえたけど、私は構わず言葉を続ける。
「残念ながら、殿下への恋慕の情は一切残っておりませんし、私はすでにシグリッド伯爵令息と婚約いたしております。この先、ほかの方との婚約を結ぶつもりは一切ございません」
まあ、ノクスとの偽装婚約が解消になったら、どうせ一人で生きていくつもりだし。
そのあとほかの誰かと婚約することなんて、多分ないだろうし。
そんな軽い気持ちで言った言葉が、まさかあんな事態を引き起こすことになるなんて――――




