15 偽装婚約の終わり
それからまもなく、ユストゥス殿下の廃太子が決まった。
もともと、殿下の不貞行為と国庫横領の罪が発覚したときから、廃太子については議論がなされていたらしい。
そもそも殿下の謹慎は単なる暫定的な措置であって、やらかしに対して下された処分ではなかったのだという。
ユストゥス殿下はもちろん、側妃様や陛下までもが廃太子に反対していたことで議論が紛糾し、結果として殿下の謹慎も長引いていたんだとか。
でも、教国の陰謀やルチアとの関係が明るみに出たことで、陛下もさすがに庇いきれないと判断したようである。
ただし、今回の一件で陛下を完全に見限る貴族家は増えるだろう、とお父様は言った。
「陛下は側妃様やユストゥス殿下を寵愛するあまり、必要な判断を先延ばしにしてきたわけだからね。決断力と実行力のある王妃殿下にお任せしたほうが、余程政治は回るのだよ」
いやそれ、陛下は用済みって意味だよね……?
実際、私とノクスの報告を受けてお父様が王城へ向かったとき、あの映像を最初に見せたのは宰相閣下と王妃殿下だったという。
最初から、陛下は蚊帳の外だったのだ。
伝えたところで、まともな話し合いにはなり得ないとわかっていたからである。
あの断罪の場で、王妃殿下が何一つ驚いた様子を見せなかったのも、当然といえば当然のことだった。
お父様や宰相閣下たちと入念な打合せを行い、何が起こるのか全部知っていたのだから。
数か月後、すべての騒動が収束する頃には、ユストゥス殿下はもちろん、側妃様や国王陛下までもが王都から遠く離れた離宮へと追いやられることになる。
「教国の密偵たちの処分は、どうなりそうですか?」
「まだ取り調べの途中らしいが、極刑は免れないだろうな」
あれから、マルム商会の者たち同様、ルチアも騎士団の取り調べを受けているらしい。
ただ、ルチアは何か聞かれるたびにすぐ泣いたり怒ったりして収拾がつかなくなるし、二言目には「私はユストゥス殿下をお慕いしていただけ、何も知らないわ!」などといまだにうそぶき、取り調べは難航しているという。
ルチアってば、強心臓すぎない?
「教国側も今のところは関与を否定したままだが、こちらには密偵たちの証言をはじめとして確固たる証拠がいくつもある。最終的にはすべて認めざるを得ないとは思うが」
「ですよね」
「戦争を未然に回避できたことで、帝国側にも恩を売ることができたのだ。ロサヴィアとノクスの功績を高く評価し、とりわけロサヴィアの魔導具作りの才能を絶賛する者は多い。王妃殿下もその一人だよ」
そう。
今回の件で、私の才能については誰もが知るところとなっていた。
その結果、私は『天才魔導具師』としての注目を集めつつあるのだ。
特に王妃殿下は私の才能に心酔していて、帝国を見習い、王国直轄の魔導具研究所を設立する話まで飛び出している。
もちろん、そこで私の手腕を存分に発揮してほしい、という思惑があってのことらしい。
「王妃殿下は、国益に資するような特殊な魔導具を作ってほしいと強要するつもりはなく、あくまでもお前が作りたいものを作りたいように作ってほしいと仰っているのだよ」
「……なんだか畏れ多い気がしますが……」
「それだけお前の能力の能力を高く買ってくださっているのだ」
「……ありがたいことですね」
言いながら、私はぼんやりと考えていた。
王妃殿下肝煎りの魔導具研究所が実際に設立すれば、私は多分その研究所に所属する魔導具師として国に仕えることになるだろう。
そうすれば、無理して結婚する必要性なんてなくなると思うし、アラスター殿下みたいな人から強引に迫られ帝国行きを求められる、なんてことも恐らくない。
この国の庇護下にある以上、他国は私に手を出すことができないからである。
……ということは、もうノクスを解放してあげられるのでは……?
もともと、ノクスとの偽装婚約は私が今後の身の振り方を考えるための時間稼ぎで結ばれたようなもの。
アラスター殿下を選ばないと決めて、望まぬ帝国行きを拒否できる環境が整いつつある中、ノクスとの婚約を続ける理由はもうないのだ。
幼馴染のよしみであれこれ協力してもらってきたけど、ノクスだってそろそろ本当に結婚したい相手との婚約に向けて動きたいはずである。
ノクスが想う相手のことを考えたら、チクリと胸が痛むけれど。
でも、だからこそ、私は自分の気持ちに気づかないふりをして、そんなものは二の次で、一刻も早くノクスを解放してあげなきゃならない。
そう、覚悟を決めるのだった。
◇・◇・◇
「改まって、どうしたんだ? 何かあったのか?」
数日後。
ノクスが屋敷を訪れた。
「話がしたい」と手紙を送ったら、すぐさま駆けつけてくれたのだ。
相変わらず、律儀な人である。
「……あの、実は、ノクスに伝えたいことがあって……」
いざ話そうとすると、どうしてもしどろもどろになってしまう。
我ながら、ちょっと未練がましいなと自嘲する。
「どうした?」
「王妃殿下が、王国直轄の魔導具研究所をお作りになろうとしている話は聞いた……?」
「聞いたよ。あれはもう、完全にヴィアのためだろう? まあ、ヴィアみたいな超絶天才が、国外に流出するのを防ぎたい思惑もあるとは思うけどさ」
「超絶天才って……。ちょっと褒めすぎじゃない?」
「そんなことないよ。あんな前代未聞の魔導具をぼんぼん作るような逸材、数百年に一度生まれるかどうかだってみんな言ってるし」
羨望のまなざしで、うれしそうに微笑むノクス。
そういえば、最初に魔導具を作ったと明かしたときにも、「もともとそういう才能があったんだろう」とか「今世紀始まって以来のすごい発明になる」とか、手放しで大絶賛してくれたことを思い出す。
ノクスはいつも、どんなときでも、私にとって一番の味方でいてくれた。
だったら私も、ノクスにとって一番の味方でありたい、と思う。
「……この国に魔導具研究所ができたら、多分私も魔導具師として籍を置くことになると思うのだけど」
遠慮がちにそう言うと、ノクスは大きく頷いた。
「だろうな」
「そうしたら、私はこの国の庇護下に置かれることになる。この国が私を守ってくれるのなら、もうノクスの手を煩わせる必要はないと思うの」
「は……?」
ノクスが一瞬、探るような目をしながら、はっきりと眉根を寄せた。
私はその表情を、静かに見据える。
「だからもう、婚約を解消しましょう」
抑揚のない声でそう言った瞬間、信じられない答えが返ってきた。
「絶対嫌だ」




