16 スパダリの溺愛には抗えない
「絶対嫌だ」
即答するノクスに、私はひどく慌ててしまう。
「え? い、嫌? なんで――」
「だってお前、あのとき王城の謁見の間で言ったじゃないか。この先、俺以外のやつと婚約するつもりは一切ないって。それって、これからもずっと俺と一緒にいてくれるってことだろう?」
「あ、あれは、ノクスとの偽装婚約がいずれ解消になったら、ほかの誰かと婚約することなんてきっともうないと思ったから……」
「はあ? 俺は生涯ヴィアのそばから離れないし、ヴィアをしっかり支えていくってアラスター殿下の前でも言ったよな?」
「それは、しつこい殿下を追い払うために、適当なことを言っただけでしょう?」
「んなわけないだろ。なんでそうなるんだよ?」
「だって、ノクスにはどうしても結婚したい相手がいるって……」
「……は?」
「……え?」
私たちはお互いに顔を見合わせ、数秒後ノクスが盛大なため息をつく。
「うわー、そういうことか……」
「な、なにが? どうしたの?」
「……いや、その勘違い、まだ生きてたんだと思って」
「勘違い? 生きてた? え?」
わけがわからず戸惑う私に苦笑して、ノクスはゆっくりとソファの隣に移動する。
「あのさ、ヴィア。俺がどうしても結婚したい相手は、ヴィアだよ」
低く押し殺した声で、ノクスが言った。
「え……?」
思いがけない、本当に予想外の告白に、私はなかなか言葉が出てこない。
「……で、でも、あの、最初に婚約の話をしてくれたとき……」
「うん。あのときはヴィアが勘違いしてもおかしくないような言い方をした自覚はあるし、だますようなことをして悪かったと思ってる。でもお前、俺が『婚約してほしい』って言ったらめちゃくちゃびっくりしていただろう?」
「……え、ええ」
「ヴィアにとっては俺なんか全然眼中にないんだなと思い知って、我ながらちょっとショックだったんだよ。だから咄嗟に、期間限定の偽装婚約、なんて言っちゃったんだ」
言われてみれば、確かにとても、驚いてしまった自覚はある。
今考えたら、ノクスにすごく失礼だったかもしれない……。
気づくのが遅いけど。
「婚約なんて、一度結んでしまえばそう簡単には解消できない。俺は、最初から偽装のつもりはなかったし、期間限定で終わらせるつもりもなかった。婚約者としてヴィアのそばにいる間に、なんとか俺のことを好きになってもらわなきゃと思って必死だったんだよ」
そう言ったノクスの瞳に、これまで目にしたことのない甘やかな熱が宿る。
「だから俺、お前のためにいろいろとがんばっただろ? ユストゥス殿下の不貞行為の証拠を集めたり、ルチアの件であちこち走り回ったりさ」
「……それは、いわゆる幼馴染のよしみというわけでは……」
「それもあるけど、それだけじゃない。だいたい、好きな相手のためじゃなかったらあそこまでやらないし、俺の気持ちだって当然バレちゃってるだろうなと思っていたのにさ」
唐突に、しかもさらりと「好き」なんて言われて、正気を保てるはずがない。
だというのに、ノクスは問答無用で追い打ちをかけてくる。
「俺、本当はずっと前からヴィアのことが好きだったんだよ」
迷いなく、まっすぐに、ノクスは私をじっと見つめる。
「でも、突然お前とユストゥス殿下の婚約が決まって、もう諦めるしかないと思ったんだ。しかも、お前は殿下に一目惚れして、事あるごとに殿下の自慢話をしていただろう? 苦しくて、ついつい冷たい態度を取ってしまって、このままじゃ耐えられないと思ったから留学して距離を置こうと決めたんだよ」
「……そう、だったの……?」
「でも留学から帰ってきたら、お前は殿下に蔑ろにされてるし、婚約なんて解消したいとか言い出すし、これは一世一代のチャンスだって思うだろ」
「……え、えー……?」
「とにかく大急ぎで殿下の不貞の証拠を集めて、婚約が解消になったら間髪を入れずに俺との婚約を打診して、ルチアの件でも率先して協力したし、お前がアラスター殿下に奪われないよう国に守ってもらう算段もつけたし」
またしてもさらりととんでもないことを言うノクスに、私はひどく狼狽える。
「算段をつけた? ノクスが?」
「そうだよ。アラスター殿下がヴィアをあっさり諦めてくれるとは思えなかったからさ。帝国の皇族が本気でヴィアを奪いにきたら、たかが伯爵家の俺じゃあ多分太刀打ちできない。だったら、あの人にも負けない強力な後ろ盾が必要だろう?」
「……それで、この国そのものを味方につけようと……?」
「ああ。『前代未聞の魔導具を次々と生み出す稀代の天才が他国に奪われるようなことになれば、国益を損ないかねない』とか、『今すぐ国の庇護下に置く必要があるのでは?』とか、言いに行ったんだよ、俺」
「どこの誰に?」
「王城に詰めていたレークス侯爵にさ。ルチアの映像を見せたあと、レークス侯爵は王城に行ったきりしばらく帰ってこなかっただろう? あのとき、レークス侯爵を通じて直接進言したんだ。話を聞いた宰相閣下も王妃殿下もすんなり同意してくれてさ」
「あなたって……」
驚き過ぎて、二の句が継げない。
アラスター殿下の番に対する執着を感じ取り、用意周到に先手を打って予防策を講じるなんて。
本当に抜け目がないというか、如才ないというか、なんというか。
「それなのに、あとは国が守ってくれるから俺はお払い箱なんて、ちょっとひどすぎないか?」
不貞腐れたようにそう言って、ノクスがぐぐぐっと距離を詰めた。
かつてないほど間近に迫ったノクスの端正な顔を見返して、私の心臓は否応なしにどんどこどんどこ跳ねまくる。
「俺だって、ヴィアをこの手で守りたい。国もお前を守ってくれるだろうけど、お前を守る一番は俺でありたいんだよ。だからこのまま、お前のそばにいてもいいだろ?」
ねだるような甘やかな視線に絡め取られて、抗える人なんているのだろうか?
怒涛の愛情表現にうれしさと恥ずかしさとがごちゃまぜになった私は、どんどん顔が赤くなっていくのを止められない。
「……ヴィア、顔真っ赤なんだけど」
「へ?」
「それって、期待してもいいってこと? ちょっとは俺のことを意識してくれてる?」
「そ、それは……」
「じゃあ、これからは本気出してヴィアのことを口説くからさ。覚悟しててよ」
悪戯っぽく笑ったノクスは、私の髪をひと房手に取った。
かと思うと、これ見よがしに優しく口づける。
「ふぇっ!?」
「ヴィア、可愛い。可愛すぎる」
ちょちょちょちょっと!!
幼馴染がいきなり甘々なんですけど……!!!
こうして、私はノクスに嫌というほど甘やかされ、日々一途な独占欲にさらされながらも、この国初の特級魔導具師として次々に奇抜な魔導具を開発していくことになる。
そんな中でも懲りないユストゥス殿下や諦めの悪いアラスター殿下に狙われ、絡まれ、ちょっと危険な目に遭うなどしつつ、そのたびにノクスが類まれなるスパダリ特性を生かして華麗に撃退してくれるのだけれど。
その辺りのすったもんだは、もう少し先の話である。
これにて完結です。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました!




