08 嫌われ令嬢のチートな能力
その日の昼休み。
学園の中庭に出てベンチに座った途端、ノクスが待ちきれないとばかりに身を乗り出した。
「協力してほしいことって、何だよ?」
なんだかやけにワクワクしている様子のノクスには申し訳ないのだけれど、なぜこの人はこんなにも密着して座っているのでしょうか……?
ちょっとどころじゃなく、だいぶ距離が近い気がするんですけど……!
かといって、なんとなくそれを指摘することもできなかった私は、ひとまず平静を装いながら口を開く。
「……この前、ノクスに夢の話をしたでしょう?」
「ああ、あの予知夢のことか?」
「そう。実はまだ、大事なことをノクスに話していなくて――」
「なんだよ、それ」
若干被せぎみに尋ねるノクスがますます顔を近づけるから、私はどぎまぎしながらも声を潜める。
「……驚かないで、聞いてほしいんだけど」
「うん」
「……聖女ルチアは、実は聖女じゃないみたいなの」
「……は?」
「本当は、リングール教国の工作員らしいの」
私の言葉に、ノクスはわかりやすく息を呑む。
リングール教国とは、大陸の西側に位置する宗教国家である。
建国当初から近隣諸国との平和的共存を信条にしていた国ではあるものの、数年前に先王が急死し好戦的と噂される第一王子が即位して以降、どうにもきな臭い噂が絶えない。
原作漫画の中では、ロサヴィアが帝国へ渡ったあとすぐに帝国の密偵からリングール教国の不穏な動きが報告される。
その後、大陸の覇者を夢見るリングール教国の現王が、帝国と我がアストリアン王国の国力低下を狙って両国間に戦争を起こさせようと画策していることが判明。
ルチアはその野望のもとに送られた工作員であり、この国と帝国との関係悪化を誘う火種を仕込むべく王太子ユストゥスに近づいたらしい、という情報がもたらされる。
それを知ったロサヴィアは、母国を救うために新たな魔導具を開発。
アラスターとともに急遽帰国し、魔導具を利用してルチアの正体を暴くのである。
ちなみに、王太子ユストゥスの失脚を決定的にしたのも、まさにこれ。
ロサヴィアとの婚約を勝手に破棄したくせに、いなくなったら血眼で探し始めるという常軌を逸した行動もさることながら、ルチアが教国のスパイだと見抜けず寵愛し、この国を危険にさらすという失態を演じたこともその要因だったのだ。
そんな人間に国の舵取りを任せられるわけがないもの。
最終的に、ユストゥスは責任を問われて廃太子の処分を受けたうえ、生涯幽閉の身となってしまう。
そんな物語の筋書きを夢の内容として説明すると、ノクスは難しい顔をして「うーん」と唸った。
「……やっぱり、信じられないわよね……?」
おずおずと尋ねてみたら、意外な答えが返ってくる。
「俺がお前の言うことを信じないわけないだろ」
「……え?」
「いや、すごいなと思って感心してたんだよ。お前の夢はある意味神託だと思うし、そうなるとお前は救国の巫女ってことになるだろう?」
「え……」
羨望のまなざしを向けるノクスを前にして、私はどんどん顔が赤くなるのを止められない。
「万が一帝国と戦争になんかなったら、お互いに相当なダメージを食らって共倒れしかねない。夢で未来を知ったお前はそんな事態になるのを防ぎたいからこそ、俺に協力してほしいことがあるって言ったんだよな?」
さすがは、思いの外有能な切れ者ノクス。
察しがよすぎることこの上ない。
「全部お見通しなのね。話が早くて助かるわ」
「そりゃどうも」
得意満面のノクスはそう言って、私の顔を覗き込んだ。
「ヴィアのことだ。実はもう、策があったりするんじゃないのか?」
勘のいいノクスの言葉に、私はしっかりと首肯する。
「ルチアの正体を暴くために、実はいくつか魔導具を作ってみたの」
「……魔導具? お前、魔導具とか作れるのか?」
「……つ、作ってみたら、できたのよ」
「作ってみたらって……」
ノクスが不審に思うのも無理はない。
ロサヴィアの魔導具作りの才能は、原作通りなら帝国で開花する。
この国にいる間は、興味があることを匂わせてはいても実際に作るまでには至らない。それより何より、ユストゥスに夢中だったからである。
帝国へ渡ったあと、アラスターはロサヴィアの隠された才能を見抜き、帝国直轄の魔導具研究所に連れていく。
そこから、ロサヴィアはたくさんの優れた魔導具を発案し、完成させていくことになるのだ。
ただ、前世の記憶を思い出したあのとき、私はちょっと不安になっていた。
転生に気づいたことで何かしら不具合が生じて、本来備わっているはずの魔導具作りの才能がなくなっていたらどうしよう、と。
だって、原作漫画では魔導具作りの詳しい手順なんて描かれていなかったし、今の自分にできる気がまったくしないんだもの。
だから私は、試しに我が家が懇意にしている魔導具工房を訪ねてみた。
工房の中に足を踏み入れ、置いてあった多種多様な素材や魔石、魔力回路の図案なんかをパッと目にした瞬間、魔道具作成に関する膨大な知識はもちろん、原作漫画に描かれていた数々の魔導具に関する詳細な記憶さえもが一気に溢れて頭の中を埋め尽くしたのだ。
魔導具作りのノウハウが、手に取るようにわかるんですけど……!!
というわけで、その後は暇さえあれば工房を訪れ、魔導具の修理を手伝ったり新たな試作品をあれこれ作らせてもらったりと、だいぶ貴族令嬢らしからぬ生活を送っている。
だって、ユストゥス殿下を追いかけ回さなくなったら、暇な時間がどっと増えたんだもの。
工房の主人は昔なじみの気さくな人で、私の類いまれなる才能に度肝を抜かれながらも秘密が外に漏れないよう気を配ってくれている。
下手に世間に知られたら、大騒ぎになりかねないとの判断からである。
それくらい、私の中に眠っていた才能は規格外だったらしい!!(自分で言うのも烏滸がましいのは重々承知しております)
おまけに、前世の記憶があることで新たな魔導具の発想が次から次へと浮かんでくる。
この世界に現代日本に匹敵するような高度な科学技術もテクノロジーもないけれど、魔法という未知の力を使えばあの時代には普通だった便利な魔導具を作るのもさほど難しくはない。
隠れ天才魔導具師、満を持して参上!! である。
ただし、ここで一つ、想定外の問題が生じてしまった。
私が物語の展開を改変してしまったことで、原作と同じ方法ではルチアの正体を暴くことができなくなってしまったのだ。
原作漫画の中で、ロサヴィアは音声録音機能のついた魔導具を開発する。現代日本でいうところの、ボイスレコーダー的なものである。
それを帝国の密偵が王宮のルチアの自室に仕掛け(ルチアはユストゥスとの婚約後、王宮に居を移していた)、ルチアとリングール教国側とのやり取りの録音に成功する。
保存された会話によってルチアの秘密が暴かれ、教国の野望をも白日の下にさらして万事解決、というのが原作漫画の筋書きだった。
でも、現状帝国とのつながりがない以上、残念ながらその手は使えない。
アラスター殿下に協力を頼むにしても、そこまでの関係性を築けているとは言い難い。
だったら、ここは超絶有能超人のノクスに協力してもらうしかない、と思ったのである。
どこか遠い目をしながら私の顔を見返していたノクスは、しみじみと、懐かしそうにこう言った。
「……そういえばヴィアって、小さい頃からよく魔導具を分解して遊んでいたもんな」
「……え?」
「分解して、中に組み込まれてる魔石とか魔力回路とかを取り出して、興味津々で眺めてたもんな」
「……そうだっけ……?」
「一度、うちの魔導掃除機が壊れたときに、ヴィアが一人で直したこともあったじゃないか」
……あったかも。
「そ、そうね」
「お前って、もとからそういう才能があったんだろうな」
何を話しても疑うことなく、それどころか全肯定で受け入れてくれる柔らかな笑顔に撃ち抜かれ、私の心臓は変な具合に跳ねた。




