06 モブはモブでも有能すぎるモブ
再び侯爵邸を訪れたノクスは、これ以上ないというほど大量の書類をテーブルの上に並べ始めた。
向かい側に座った私とお父様は、一つひとつを手に取って顔を見合わせる。
「こ、これって……」
「それは殿下と聖女の不貞行為そのものに関する詳細な記録だよ。ほら、学園に王族専用談話室って特別な部屋があるだろう? 二人でその部屋に籠ったまましばらく出てこない、ってことがこの十日間で合計六回あったからさ。彼らの入退室の時間をすべて記録して、それから退室時に聖女の制服や髪形が乱れたり崩れたりしていたときには、それについても詳しく書き留めておいたんだ」
「……それって、つまりは……」
「まあ、中に入って確かめたわけじゃないけど、十中八九、事に及んでいるだろうな」
な、生々し過ぎる……!
できれば知りたくなかったかもしれない。
お父様なんて、なんとも言えない微妙な顔をしているもの。
「こちらの書類は何だね?」
「そちらは、殿下がこの十日間で聖女のために購入した品々の支払い明細書です。殿下は日頃から聖女にあれこれ贈り物をしているようなのですが、特筆すべきは週末に二人で街歩きをした際の明細書です」
「街歩き? 二人だけでか?」
「いえ、さすがに側近二人も同行してはいましたが、殿下はその日、聖女に自分の瞳の色と同じ色の宝石があしらわれたネックレスをプレゼントしているんです。なかなかに高価な一品だったようですが、聖女にねだられ最終的には殿下も購入に踏み切った、と店主が証言しています」
「ネックレスをプレゼント……」
「しかも、支払いは正式な婚約者であるロサヴィアのために計上されている予算を流用したらしく」
「……それは、国庫横領とみなされるべき事案ではないか?」
「俺もそう思います」
ノクスとお父様は同じように眉をひそめたかと思うと、訳知り顔で頷き合う。
「しかし、これだけの証拠をたった十日で集めるとはな。ノクスも大したものだ」
お父様の褒め言葉に、ノクスは「いえいえ」と謙遜した。
「どうも俺、影が薄いというか存在感がないというか、なんだかあまり目立たないみたいなんですよね。だからこういう、秘密の調査とかには向いているんだと思います」
そう言ってからりと笑うノクスに、私は思った。
……それって、モブだから……!?
『その他大勢』というモブの特性(?)を最大限に生かしつつ、決定的な不貞の証拠をいくつも集めてくれたノクスにちょっとした感動を覚える。
そこからの動きは早かった。
お父様はノクスの調査結果を携えて、再度陛下に謁見した。
ユストゥス殿下とルチアが王族専用談話室で何をしていたのか正確にはわからないものの、「二人きりで籠っていた」という事実だけでも、十分不貞行為とみなされる。
ネックレスの件だって、婚約者以外の女性に私的な贈り物をすること自体あり得ないのに、本来は正式な婚約者である私のために計上された予算を勝手に流用していたのだ。
国庫横領罪を問われかねない事態が露見して、陛下は途方に暮れたらしい。
お父様はこの件を公に追及しない代わりに婚約の即時解消を求め、そしてあっという間にそれは受理された。
こうして、なんだかあっけないほどあっさりと、私とユストゥス殿下との婚約は解消に至ったわけである。
婚約解消が成立した翌日、またしてもノクスが侯爵邸を訪れた。
「ありがとう、ノクス。本当に、全部あなたのおかげよ」
満面の笑みで出迎えると、ノクスは「これくらい、お安い御用だよ」と微笑んだ。
でも、なんだか妙に、笑顔がぎこちない。
心なしか目が泳いでいるし、そわそわと挙動不審な気配もする。
「……何か、あった……?」
遠慮がちに尋ねてみると、ノクスは意を決したように私を見返した。
「……実は俺、ロサヴィアに折り入って頼みたいことがあってさ」
「頼み事? なんでも言ってよ。ノクスのおかげで殿下との婚約を解消できたんだし、私にできることならもうなんでも――」
「俺と婚約してほしい」
「………………え?」
『思考が停止する』というのはこういうことを言うのだろう、とたった今、身をもって知った。
「ちょ、ちょっと待って。ここここ婚約……!?」
「いや、びっくりしすぎだろ」
「だ、だって……」
「といっても、期間限定の偽装婚約なんだけど」
「……はい?」
いきなり婚約を申し込まれただけでもキャパオーバーになりかけているのに、『期間限定』だの『偽装婚約』だのと意味不明な言葉を投げ込まれた私はぽかんとしてしまう。
「……どういうこと……?」
「ほら、この前ロサヴィアが予知夢の話を教えてくれただろう? あのとき、夢の中ではユストゥス殿下に婚約を破棄されたあと、アラスター殿下と一緒に帝国へ行くことになるって話してたよな?」
「……そ、そうね」
「でも、もし予知夢の通りに断罪されたら帝国に行くつもりなのかって俺に聞かれて、正直行きたくはないかもって言っていたじゃないか」
確かに、そうだった。
ノクスに原作漫画の内容を打ち明けたとき、私は単に「アラスター殿下に誘われて帝国に行くことになる」とだけ説明していた。
一応、「夢で見た」ことになっている以上、アラスター殿下が物語のヒーローだとは言えないし、将来的には私と結ばれる運命にある、なんてこともちょっと恥ずかしくて言えなかったのだ。
そしたらノクスに、帝国に行くつもりなのか、と聞かれてしまった。
原作のストーリーを考えれば、帝国に行くということはすなわち、アラスター殿下との未来を選ぶということ。
でも、本当にそれでいいのか、私はいまだに迷っていた。
だって、ここまで来てもなお、アラスター殿下にいい印象はないんだもの。
おまけに、ユストゥス殿下との婚約はすでに解消されてしまった。
だったら今後、私がユストゥス殿下に断罪される可能性は多分低い。
断罪されなければアラスター殿下に助けられることもなく、その場で帝国に行こうと誘われることもない。
まあ、あれだけの醜態をさらしたうえ、結局は婚約が解消になってしまった私に新たな縁談なんてこないだろうから、ゆくゆくは魔導具研究の盛んな帝国に渡って魔導具師として生きていく、なんて手もないわけじゃないんだけど。
でも、帝国に行かないと魔導具の研究開発に携われない、というわけではない。
何より、原作通りにアラスター殿下を選ぶこと自体に大きな迷いがある。
そんな私の思いを見透かしたのか、ノクスは真剣な表情で話し始めた。
「ユストゥス殿下との婚約が解消になった今、アラスター殿下から帝国行きを打診されることはもうないのかもしれない。でも万が一、『是非とも帝国に来てくれないか』なんて言われたらどうする? 帝国皇族から直々に声がかかったら、恐らく断るのは至難の業だろ」
「……そうね」
「だったらそうなる前に、誰か別のやつと婚約してしまえばいいんじゃないか? そうしたら、少なくとも無理やり帝国に連れていかれる、なんてことは回避できると思うんだ。どうせ学園の卒業と同時に殿下も留学を終えて帝国に帰国するだろうから、それまで俺と偽装婚約しておいて、その間に今後のことをじっくり考えてみたらどうかなって」
神妙な顔つきをするノクスに、私は思わず眉根を寄せた。
「確かにそれは、私にとって願ってもない提案だけど……。でも、ノクスにとってはなんのメリットもないじゃない。いずれ婚約を解消したとき、ノクスの経歴にだって傷がつくのに」
「いや、俺にとってもメリットしかないよ」
そう言って、黒髪のイケメンは意味深に笑った。




