04 拗らせ王太子のやばい性癖
私を睨みつけるユストゥス殿下は、尖った口調で勢いよく責め立てた。
「あれだけ僕を追いかけ回し、つきまとっていたくせに、今更婚約を辞退したいとはどういうことだ!? いったい誰の差し金なんだ!?」
「誰の差し金でもありません。私と両親とで十分に話し合い、出した結論です」
平然と答えた私は、なおも事務的な声で説明を続ける。
「確かに、私は殿下をお慕いするあまり、常日頃から暇さえあれば殿下を追いかけ回しておりました。しかし、それは殿下にとって筆舌に尽くし難いほど煩わしく、また不愉快極まりない行為であったかと存じます」
「わ、わかっているじゃないか――」
「ですから、これ以上殿下にご迷惑とご負担をおかけしないためにも、婚約は即刻辞退すべきだろう、と考えたのです」
さらりと飛び出た「婚約辞退」という言葉に、殿下だけでなくまわりの生徒たちも唖然としている。
まさか私がそんなことを言い出すなんて、夢にも思わなかったのだろう。
「もちろん、婚約が解消されても、我が家は引き続き王太子殿下を支持させていただきます。そのことは、父からも説明があったはずですが……」
「あ、あった! が、しかし……!」
「殿下にとっても、忌み嫌う私を生涯の伴侶として娶るより、もっと聡明で可愛らしく、殿下好みの令嬢をお選びになったほうがよろしいのでは……?」
わざとらしく小首を傾げると、ユストゥス殿下はわかりやすく「うっ……」と唸る。
あれほど毛嫌いしていた私の口から、直接婚約辞退の話が出たのだ。
そのうえ婚約がなくなったとしても、レークス侯爵家の王太子支持という立場は変わらない。
だったらもっと、諸手を挙げて喜んでいいはずである。それなのに、なぜか戸惑い、むしろ婚約解消に納得していないかのような態度を見せる殿下。
まわりの生徒たちも、不思議そうな視線を殿下に向けている。
「……ロサヴィア。お前はいったい、何を企んでいるのだ?」
ユストゥス殿下は探るような、咎めるような目をしながら、私をじっと見据えた。
そして、不意に何かしら思いついたのか「ははーん」とほくそ笑む。
「……そうか。お前、婚約解消なんて切り札を持ち出してまで、僕の気を引こうと必死なのだな。浅ましいことだ」
「……はい?」
「婚約を辞退したいという申し出も、どうせ本気ではないのだろう? 残念だが、お前の卑しい魂胆などとっくにお見通しなんだよ!」
鋭い語気で自信満々に言い放つ殿下を前に、私は言葉を失ってしまった。
いや、正確にいうと、うっかり「うわ、脳内変換やっば……!」とか言いそうになったものだから、慌てて言葉を飲み込んだのだけど。
だって、そんなわけなくない!?
どうやったらそんな考えに行きつくわけ!?
思い違いもここまでくると、いっそ清々しいですわね!!!
などと怒鳴りつけてやりたい衝動を、どうにかこうにかやり過ごす。
何も言わない私を見ながら、殿下は勝ち誇ったようなドヤ顔を決めていた。本音を言い当てられて怯んでいる、とでも思っているのだろう。
あー、忌々しい!!!
と、そのときだった。
「あ! 見つけた! ユスト!」
ひと際甲高い声が聞こえたかと思うと、ピンクブラウンの髪をした小柄な少女が突然駆け寄ってきたのだ。
「もう! 探したのよ、ユスト!」
少女の目にはユストゥス殿下しか映っていないらしく、「いきなりいなくならないでよ!」とかなんとか言ってはしゃいでいる。
少女の登場に殿下はわかりやすく頬を緩め、「悪いな、ルチア」なんて甘ったるい声で応える。
今最も鉢合わせしたくない人物のお出ましに、私は頭を抱えたくなった。
「あれ? この人って確か、ユストの婚約者じゃない?」
案の定、私に気づいたルチアが殊更無邪気な声で笑う。
「私、この春編入してきたルチアって言います! ユストには、すごくお世話になってるんです!」
聞かれてもいないし求められていないのに、勝手に自己紹介を始めるルチア。いろんな意味で、さすがである。
それに、天真爛漫で純度百パーセントのピュアな笑顔も、ここまで邪気がないとかえって怪しく見えてしまうのは気のせいだろうか?
私がルチアの本性を知っているせい?
いずれにしても仲よくなりたい相手ではないし、むしろこれ以上接点を持ちたくない。
私は取り繕った笑顔を浮かべて、仰々しく挨拶を返す。
「はじめまして、聖女ルチア様。私はレークス侯爵家が長女、ロサヴィアと申します。ですが、ユストゥス殿下との婚約は近々解消になる予定ですので、お気遣いなく」
「えっ!?」
驚くルチアも不満げな殿下もその他大勢のギャラリーも置き去りにして、私はさっさとその場をあとにしたのだった。
◇・◇・◇
ユストゥス殿下の言いがかりにも、困ったものである。
なーにが、「婚約解消なんて切り札を持ち出してまで、僕の気を引こうと必死なのだな」よ。そんなわけないでしょ。
お父様がわざわざ登城して、直々に申し入れたのだ。
本気も本気、超本気である。
でも、ユストゥス殿下があんなふざけた思い込みに至った理由を、私は知っていた。
原作漫画に登場するユストゥスは、なんとロサヴィアの一途な愛情に依存していたヤンデレ気質だったのだ……!
原作の中でそれが判明したとき、私はたまらず「キッモ……!」と戦慄した。
ネット上でも、「ユストゥスやばい」とか「怖い」とか「ロサヴィアは帝国に逃げて正解」といった感想が溢れていた。そりゃそうだ。みんな同じことを思ったに違いない。
原作漫画では、ルチアと恋仲になったユストゥスが、ロサヴィアに冤罪をかけて婚約破棄を言い渡す。
その後、アラスターがロサヴィアに手を差し伸べて帝国に連れ帰るわけだけど、ユストゥスにとって、それはまったく想定外の展開だったのだ。
ユストゥスとしては、婚約破棄を言い渡されてもロサヴィアはそれを受け入れず、泣いて縋って抵抗するだろうと高を括っていた。
そうすれば、聖女だけど平民のルチアを正妃にし、侯爵令嬢のロサヴィアを側妃にすることができる、と考えたらしい。
あの断罪劇は、そのために仕組まれたもの。
ところが、ロサヴィアはすんなり婚約解消を受け入れ、あろうことかアラスターに連れられて帝国へととんずらしてしまう。
焦ったのはユストゥスである。
ロサヴィアの一途な愛情を重いと感じ、鬱陶しいと邪険に扱いながらも、実はその想いに限りなく依存していたユストゥス。どんなに冷たく突き放そうと、ロサヴィアは決して揺るがず自分を裏切ることもなく、生涯愛し続けてくれる。そう、信じて疑わなかったのだ。
すごい思い込みである。
それなのに、ロサヴィアは手の届かないところへ行ってしまった。
ロサヴィアが去ったあと、ユストゥスは念願叶ってルチアと婚約を結ぶことになる。でも表向きはルチアを寵愛しながらも、裏ではなりふり構わずロサヴィアを取り戻そうと躍起になる。
その企みはアラスターにことごとく阻止されるだけでなく、最終的にはユストゥス失脚のきっかけになるのだ。
まあ、ユストゥスが失脚したのはそれだけが理由ではないのだけど、とにもかくにもヤンデレ気質の彼がすんなり婚約解消を受け入れてくれるはずがなかった。
予想はしていたものの、それなりにダメージは大きい。
どうしたものかと思案に暮れる私の前に、思いがけない助っ人が現れた。
「――――ロサヴィア様。シグリッド伯爵令息がおいでになりましたが」




