02 嫌われ令嬢は溺愛も回避したい
物語のヒーロー、アラスターに対する最初の引っかかりは、「出てくるのが遅い」ということである。
いや、登場はしている。
確か三話か四話くらいで、ちらっと出てくるのは出てくる。
原作漫画はルチアが編入してくるところから始まり、天真爛漫なルチアに惹かれていくユストゥスを寂しそうに眺めながら、ロサヴィアが過去を回想するというちょっとつらいシーンが続く。
ユストゥスに嫌われていても恋心を捨てられないロサヴィアは、その後も距離の近い二人を諫めようと孤軍奮闘するのだけれど、この時期アラスターは特に何もしていない。
一人がんばるロサヴィアに「君も大変だな」とか「あんなのが婚約者でいいのか?」とか、嫌味とも皮肉ともとれる言葉をかけることはあっても、励ますとか助けるとか陰ながら支えるとか、そういうアクションはまったくないのだ。
あとになって、「あそこで帝国の第三皇子である僕が堂々としゃしゃり出るのは、いろいろと憚られた」みたいなことを言う場面があるのだけど、にしても、と思う。
もうちょっと、何かしてくれてもよくない?
それでいて、断罪と婚約破棄の場には颯爽と現れて傷心のロサヴィアに助け舟を出し、あれよあれよという間に帝国へと連れ帰ってしまう。
いや、今まで何もしてくれなかったくせに、いきなり?
と思ったのは、多分私だけではない。ネットで検索してみると、そういう意見は少なからずあったし。
竜人の血を引くアラスターは愛が重く、最初からロサヴィアに恋い焦がれていてどうあっても自分のものにしたいと思っていた、という事実はあとになって判明するのだけど。
帝国に渡ってからも、魔導具作りに没頭するロサヴィアの気を引くために、アラスターがわざとほかの令嬢と仲睦まじい姿を見せたり婚約を匂わせたりする場面がある。
まあ、そこでようやくロサヴィアは自分の気持ちに気づき、二人は晴れてお互いの想いを確かめ合うという王道展開が待っている。待っているのだけど、どうにもすっきりしない。
その試し行動って、必要?
確かに、それがあったからこそロサヴィアはやきもちを妬いている自分に気づくわけだから、物語の展開的には必要だったのだろう。
でも、わざとやきもちを妬かせようとするアラスターのやり方に、どうにも反感を覚えてしまうのもまた事実。
もっと素直に告白するとか、正攻法で攻めるとかすればよくない?
両想いになってからは、アラスターがもうでろでろにロサヴィアを甘やかすようになることもあって、そうした手練手管の是非に関してはなんとなくうやむやになってしまうのだけど。
ただ、自分が当事者に転生したとなれば、話は別である。
……なんか絶妙に嫌なんですけど。
本当につらいときには何もしてくれず、孤立無援の状態にあっても助けてくれることはなく、気を引くためとはいえほかの女性との仲睦まじさを見せつける。
でもおいしいところは当たり前のように全部かっさらっていく。
そりゃ、ヒーローだから当然なんだけど。それがヒーローなんだけど。
でもなー。なんかなー。
将来的にそんな人と生涯をともにするのかと思うと、ちょっと悩んでしまう。
あとあと溺愛されるとわかっていても、そこに至るまでのプロセスに納得いかないものを感じてしまうというか。
ユストゥス殿下はまず論外だとしても、アラスター殿下だってあんまり選びたくはないかも。
……これって、わがままなのだろうか……?
ハッピーエンドは確定だというのに、その相手にそこはかとない忌避感を覚えてしまうなんて。
でも、すべてを思い出した今、わざわざ原作通りに生きていく必要ある……?
『物語の筋書き』という決められた運命から逃れることはできるのか、逃れた先で自分なりの幸せを見つけるためにはどうしたらいいのか、私はあれこれと考えを巡らせるのだった。
◇・◇・◇
それからしばらくして、聖女ルチアが学園に編入してきた。
聖女のお世話係に任命されたユストゥス殿下と側近たちは、嬉々としてルチアのそばに侍っている。
その様子を目にしても、やっぱりなんとも思わない。
心の中は、完全に無風である。
声に出しては言えないけど、なんであんなのが好きだったんだろう、とさえ思う。
面食らっているのはむしろまわりの生徒たちのほうで、みんな一様に訝しげな顔をしながら私を遠巻きに眺めている。
これまでの私は、とにかく暇さえあればユストゥス殿下に突撃し、そして毎度毎度あえなく撃沈していた。それはそれで、なんというか封印したい黒歴史ではあるものの、そんな私が微動だにしないとなれば気になってしまうのも仕方がないと思う。
みなさん、お騒がせしてしまってすみません。
でも、やっと正気に戻っただけなんですよ。ええ。
とは言えないから、何食わぬ顔で日々をやり過ごしている。
「なんか、雰囲気が変わったな」
さすがに目敏いアラスター殿下には、早速声をかけられた。
「婚約者がほかの女と仲睦まじく過ごしているというのに、気にならないのか?」
探るような目つきをするアラスター殿下を前に、私は薄い笑みを浮かべて答える。
「ユストゥス殿下は聖女様のお世話係を命じられたのです。大事なお役目の邪魔をするわけには参りませんから」
しれっと言いつつも、我ながら嘘くさいな、と思う。
アラスター殿下も多分同じことを思っているのだろうけど、はっきり指摘することはない。
物語序盤のこの人はいつもこんな感じで、声はかけてくるものの遠回しな発言が多いのだ。
そのくせ、ロサヴィアを直接助けるようなこともない。
「いろいろとご心配いただき、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてから、私はユストゥス殿下たちのほうをチラ見する。
是非ともユストゥス殿下には、思い切り、存分に、羽目を外していただきたい。
これまでだって、ユストゥス殿下は婚約者である私を蛇蝎のごとく忌み嫌い、虐げ続けてきた。それは公然の事実であり、学園生なら誰でも知っている。
そのうえ、別の女性とただならぬ関係にあるとなったら、婚約解消も一気に現実味を帯びてくるのではないか。
そんな可能性を示唆してくれたのは、お父様ことレークス侯爵である。
実は、前世の記憶を思い出した直後、私は両親にユストゥス殿下との婚約を解消したいと思い切って打ち明けていたのだ。
殿下に対する狂気じみた恋心を知っていた二人はだいぶ驚いていたけれど、これまでの殿下の所業を洗いざらいぶちまけたら、こう言ってくれた。
「この婚約は、あくまでも王家からの打診があって成立したもの。こちらが望んだわけではないのだよ」
「……え? 王家との結びつきがほしかったからではないのですか?」
「まあ、あっても困るものではないが、どうしてもほしかったわけではない。お前が婚約を望んだから、王家の申し出を受けたまで。しかしお前がもういいと言うのなら、婚約解消に向けて動くことにしよう」
両親は、盲目的に殿下を恋い慕う私の想いはもちろんのこと、殿下の冷たい仕打ちについてもある程度知っていたらしい。
なんとかしてやりたいと思いつつ、何もできずにいたのだと胸の内を明かしてくれたのだ。
ほんと、余計な心配をかけちゃってごめんなさいっっっっ!!!
ユストゥス殿下にはこれ以上ないくらい嫌われているけれど、両親はちゃんと私のことを大切に想ってくれている。
それがわかった私は、婚約解消に向けて有利な情報を入手すべく、殿下の一挙手一投足をつぶさに観察しようと決めていた。
そんな、ある日のこと。
「……ロサヴィア、だよな?」
唐突に声をかけられ、振り返った私の視界に入ったのは――――。




