01 嫌われ令嬢は断罪を回避したい
それは、いつもと変わらない朝だった。
だというのに、目が覚めた瞬間、えらいことに気づいてしまった。
――――私ってば、転生しちゃってるじゃん……!!
いつも通りに寝たはずが、夢で見たのは前世の記憶。
前世の私は、どうやら大学在学中に不慮の事故で死んでしまったらしい。
でも死ぬ直前、『嫌われ令嬢は龍の皇子に溺れるほど愛される』というウェブ漫画にドハマりしていたようだ。
物語の主人公は、侯爵令嬢ロサヴィア・レークス。
彼女は十二歳のときに、第一王子で王太子でもあるユストゥス・アストリアンと婚約を結んだ。
それは、王家とのつながりを欲した有力貴族レークス侯爵家と、側妃を母に持つユストゥスにしっかりとした後ろ盾がほしい王家との利害が一致した、政略的な婚約だった。
ただ、初めての顔合わせの日、ロサヴィアは眉目秀麗なユストゥスに一目惚れしてしまう。
以来、ユストゥスが好きすぎて、半ばストーカーのようにしつこく追いかけ回すようになったロサヴィア。王立学園に入学する頃には、残念ながらすっかりユストゥスに毛嫌いされるようになっていた。不憫すぎる。
そして学園の三年生になったとき、お約束のように編入してくるのが平民の少女ルチア。
ルチアは孤児院育ちながらも希少な治癒魔法の使い手であることが判明し、神殿と近隣の宗教国家が正式に聖女と認めた奇跡の少女。
ユストゥスも彼の側近たちも、可憐で天真爛漫なルチアにあっという間に心を奪われ、夢中になっていく。
ユストゥスを奪われたくないロサヴィアは、婚約者としてユストゥスを諫めたりルチアに直接苦言を呈したり、あれこれ努力するのだけれどまったくもってうまくいかない。それどころか、ますますユストゥスに煙たがられ、学園でもどんどん孤立していくようになる。
そんなある日、ロサヴィアは聖女であるルチアを虐げたという冤罪をかけられ、ユストゥスに断罪されてしまう。
そこでようやく登場するのが、物語のヒーローであり帝国の第三皇子でもある、アラスター・ブレガラド。
アラスターの母国ブレガラド帝国は竜人が興した国とされ、王族は竜人の末裔と言われている。
アラスターはたまたまこの国に留学していて、断罪されたうえに婚約破棄されたロサヴィアに手を差し伸べ、帝国へと連れ帰るのだ。
帝国へ渡ったロサヴィアは魔導具作りの才能を開花させ、自信を取り戻しつつ愛の重いアラスターに溺愛され、それからまあ、いろいろとすったもんだあって、最終的には元婚約者であるユストゥスにざまぁする展開が待っているのだけど。
あろうことか、私はそのロサヴィア・レークス侯爵令嬢に転生しちゃってるっぽい!!!
いや、それ自体はいい。むしろいい。だって、ドハマりしていたわけだから。
ロサヴィアは物語のヒロインというだけあってクールビューティーな印象の美人だし、聡明で機転が利いて肝が据わっていて、おまけに魔導具開発の才能まであるのだ。
神様、転生させてくれてありがとう!! と心から言いたい。
ただ――。
このまま漫画の展開通り、原作の流れに身を任せて生きていくのかと聞かれたら、ちょっと待ってと言わざるを得ない。
だって、前世の記憶を思い出した反動なのかなんなのか、ユストゥス殿下に対する恋心が一気に霧散してしまってるんだもの。
あれだけ盲目的に追い求め、恋い焦がれていた激しい想いが、気がつけばきれいさっぱりなくなっている。木っ端微塵である。
呪いのように私を支配していた恋心が跡形もなく消え去ったおかげで、身軽になったような気さえする。
……だったらもう、さっさと婚約解消しちゃったほうがよくない……?
幸いというかなんというか、私たちは学園の三年生に進級したばかり。
ルチアの編入ははこれからである。
ユストゥス殿下は編入してきたルチアに心を奪われるだろうし、そもそも私は殿下に毛嫌いされているのだから、ルチアの編入を待つまでもなく婚約解消を願い出たほうがお互いのため、という気がする。
そこまで考えて、私ははたと思い出した。
「……いや、それは無理なんだった……」
なぜなら、この婚約は政略的な意味合いの強いものだから。
王家とのつながりがほしいレークス侯爵家の事情もさることながら、王家の事情はもっと切実である。
なんせ、ユストゥス殿下は子爵家出身の側妃様のお子なのだ。
王妃様を母に持つ第二王子がまだ幼いこともあり、ユストゥス殿下の立太子は思いの外すんなりと決まった。ただ、政治的には立場の弱い子爵家が後ろ盾ではなんとも心許ない。
そこで白羽の矢が立ったのが、国内きっての有力貴族で資産家でもある、我がレークス侯爵家だったのだ。
ユストゥス殿下が私を毛嫌いし、蔑ろにしておきながら、なかなか婚約破棄に踏み切らなかった一番の理由はまさにそれ。
私を切ると、自分が困るから。
まあ、理由はほかにもあるけれど、今はとりあえず置いておこう。
「……じゃあ、このまま婚約は続行するしかないってこと……?」
控えめにいって、最悪である。
いろんな意味で完全に目が覚めた今、自分を忌み嫌う相手との婚約を継続するしかないなんて苦痛以外の何物でもないんですけど……!
それに、このままいけば、恐らく私は断罪される運命にあるのだ。
前世の記憶と原作の内容を思い出したこの状態で、ルチアと殿下が仲よく過ごすようになったとしても多分全然気にならない。どうぞどうぞご自由に、と思うし、むしろ私には一切かかわらずに過ごしていただきたい、とも思う。
でも物語の強制力が働けば、二人とまったくかかわることなく平和な学園生活を送るなんて、無理な気がする。
たとえ本当に、一度も接点を持たずに過ごせたとしても、結局は断罪される可能性が高いのでは……?
原作だって、大したことは何もしていないのに冤罪をかけられているのだ。
確実に断罪される未来が見える。
……断罪不可避の状況って、なんかもう終わってない……?
ヒーローであるアラスターがその場ですぐに助けてくれるとしても、それがわかっていても、断罪されたいかと聞かれたら、そりゃされたくないに決まっている。
それに。
実は原作のヒーローであるアラスターにも、モヤモヤするというか納得がいかないというか、どうにも引っかかる部分があることを、否定はできない。
お読みいただき、ありがとうございます!
全十六話の予定です。
よろしければ、おつきあいくださいませ。




