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俺はムスケル、不幸を纏う漢  作者: 黒みゆき


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47.結界復活(6)

 今は大事な時だ。結界が復活するかしないかの瀬戸際なのだ。大事な事なのでもう一度言うが、大事な時なのだ。化け物の相手をしている暇などないのだ。

 なのに、何でよりによってこんな大事な時に来やがるんだ。

 やっぱり、あいつの日頃の行いか?だよなぁ、あいつは歩く天変地異だもんなぁ。疫病神なだけでなく、異形の魔物まで呼び寄せるなんて・・・。


 俺達が命懸けで石にされたシャルロッテを奪回してきて、それを聖女の一人アナスタシアが人に戻してくれたのだが、そのまま力尽きて昏倒しまった。

 今まさにそんな二人を復活させるべく、アドの計らいでもう一人の聖女であるエレノアがはるばるやって来た。さあ、これで結界が復活するぞと言う大事な時なんだ。

 何者かはしらんが、なんでこんな大事な時に狙いを済ましたようにやって来るんだ?ありえねーだろうがよ。

 迎え撃つのは、俺とハンス、それにポーリンを始めとするちびっ子たち。それに、今回は本国から聖女と共に支援にやって来た屈強な弓兵達が三十名くらい加わっている。

 これだけの戦力が居れば、ダークエンジェルが出て来ない限りなんとかなるはずだ。


 眼前に広がる草原に低く広がるミルクの様な霧の塊。それが結界の向こうに広がるであろう異世界の入り口だ。

 俺達は武器を構え、何が出て来ても対応できるように、いや対応しなくてはならない崖っぷちの状況で、まだ見ぬ異世界の化け物を今や遅しと待ち構えていた。


「なぁ、今度は何が来るんやろなあ?さっきおったミミズでないとええなぁ、あれ気色悪いで」

「うんうん、あれ気持ち悪かったですねぇ。私的には、出来ればサイクロプスでないといいですねぇ。あれが来たら私じゃあ手に負えないもの」しみじみ話すアウラだったが、メイは自信たっぷりだった。

「大丈夫よ。あのデカブツが来ても、わたしの円月輪があれば一撃よ。大量に来なければなんとかなるわ」

「そうだな、ポーリン嬢とメイ嬢、そして私のこの伝説の大剣があれば何が来ても大丈夫だ」ハンスも自信満々だったが、俺は?俺の名前がなかったけどよ、俺は数に入らんのか?俺は憤慨してしまったが、アドはいつも通りだった。

「皆さんは敵を倒す事を考えなくとも大丈夫です。今エレノア様が姐さんを復活させていますので、皆さんは復活までの時間を稼いでくださればよろしいのです。決して無理はしないで下さい」

「ええ、大丈夫ですよ。無理はしません、あくまで時間稼ぎに徹しますよ」


 なんだろう、みんな楽観すぎねーか?何が出て来るのかわらねーんだぜ?なんでそんなに自信たっぷりなんだ?俺は恐ろしくてたまらねーぜ?

「ふふふ、皆さん怖くて仕方が無いのですよ。怖くて逃げ出したくなる気持ちを楽観的な事を言う事で誤魔化しているんですよ。みなさん、おかしらのように経験豊富ではありませんからねww」

「おいっ、だからよお、なんでいつも俺の考えを勝手に読むんだよお。勘弁してくれよおお」

「ふふふ」

「ふふふって・・・」

「ほら、来ますよ。よそ見していていいのですか?」

「えっ!?どこだぁ?」

 アドに言われて異形の輩が出て来るであろう濃霧の方を凝視するが、まだそれらしい姿はみられなかった。

 だが、俺も背筋がぞわぞわしてきた。なにやら不気味な圧が伝わってくる。まだ何も見えないが、間違いなく何かが来ている事だけはわかる。

 この感じはサイクロプスやワイバーンではない。なぜ違うのかは、俺にもわからねーが、なんとなく違う。なんとなくだ。

 周りを見ると、みんなも顔色が悪い。きっと俺と同じ感覚を味わっているのだろう。

 やだなぁー、このまま逃げてーなぁ。ハンスが居るんだし、俺、居なくてもいいんじゃねーか?ハンスとポーリンが居れば大丈夫なんじゃ・・・。

 その時、アドと目が合ってしまった。なんか、口の端で笑われたような気がした。

 ちっ、又頭ん中読まれたのかぁ?

 こいつ、本当に人間なのか?ひょっとして、何かが化けているんじゃねーのか?マヂにそう思うぞ。


 なんて思いつつ後方の弓隊を見ると、さすがに選ばれて来た勇士揃いなだけあって、みな動揺する事も無く弓を構えて正面を見据えている。実に頼もしいもんだ。まさかとは思うのだが、この不気味な気配を感じられないから落ち着いているだけだっていう事はないよな。

 これだけの弓で狙って居るんだ。サイクロプスといえどもハチの巣に・・・なって欲しいところだが、目に当たらねーと効き目はねーだろうなぁ。

 結局は何が来ようと俺とポーリン、それにハンスの三人で対処せねばならねーってことだ。

 もし、もしだぞ。サイクロプスが複数来るなんて事になったら・・・考えたくねー事だな。

 やっぱり、ここはトンズラするのがいいか?

 うん、それがいい。こっそりと・・・。「あ・・・」

 トンズラしようと周囲を窺いつつ、一歩後退したとたん・・・アドと目が合ってしまった。

 やべっ、なんだってこんなタイミングで目が合ってしまったんだ。これじゃあ逃げられねーじゃねーかよ、どうしよう・・・。

 アドは無表情のままなにも言わねーが、こっちはまるで蛇に睨まれたカエルみてーに動けなくなっちまったじゃねーかよ。

 なんてついてねーんだ、俺って。だが更についてねー事に、そんなタイミングでメイが決定的な言葉を発した。


「来たよ」


 どこだあぁ?どこに来やがったぁ?目を凝らして、ミルクみたいな霧の塊を見るが、それらしいものは見えなかった。

 他の連中も何も見付けられないのだろう、ざわざわと騒がしくなってきた。

 その時、いきなり霧の中から小さなゴミのようなかたまりが飛び出して来た。

 小さなと言っても、それはサイクロプスを覚悟していた俺達の感覚での事であって、実際の大きさは成人男性くらいはあるのだろうか。

 そんな物体が霧の中から飛び出して来たのだった。

「なんだ?ありゃあ・・・」

 弓兵たちも撃っていいものか判断しかねているようだった。

 判断がつかないのと、未知のものに対する興味と、敵はさほど速度が速い訳でもなかった為差し迫った危機感が感じられず、接近して来るのを静かに待つ事になった。

 そのものは、真っ直ぐにこちらに突っ込んでくるのだが、その細い胴体と透明な翅(はね)、尖った口、どこか既視感があった。

「なんだ、あれは。トンボか?」

「ちゃうよ、トンボはもっと胴体が長いやろし、もっとはよ飛ぶんとちゃうか?」

「ならなんなの、わたしムシはきらーい」メイが涙目で言った。

「わかったで、ありゃあ・・・・蚊や。巨大な蚊やで」

「蚊あああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 メイの悲鳴に似た叫び声が切っ掛けになって、弓隊が矢を射始めた。が、目標は正面面積が小さい為、矢はまったく当たっていなかった。

「射撃中止~っ!!」弓隊の隊長であるウイリー・メイズ大尉は早々に射撃を中止させた。賢明な判断だったと思われた。これでは、ただ無駄に矢を消費するだけだと判断したのだった。


 霧から出て来た蚊は、たったの一匹だったので、もっと引き寄せて我々の剣で迎え撃つのが賢明であろうと俺も納得した。

「ねー、アドちゃーん、あの蚊のバケモノ、きっと血を吸うんだよねぇ?」怖々(こわごわ)とアウラは目を蚊から離さずにアドに擦り寄りつつ聞いた。

「あれは、おそらくアビスミュッケでしょう。獲物に近づくと尻尾に付いている針で痺れる液体を注入して動けなくしてから血を吸いつくすと言われて居ます。繁殖の時期には、血は命に影響するほどは吸わず、代わりに産卵管を差し込み卵を産みつけると言われています」

「ひいいいいいいいいいいいぃぃぃっ!!」断末魔の様なメイの叫び声が草原に響き渡った。

 だめだ、メイは使い物にならんな。ここは俺達で・・・。

 そう思った時、突然ハンスが大剣を片手に駆け出した。

 そのまま一直線に、低空に降りて来た蚊のバケモノの元に駆け寄り、一刀の元に斬り捨てた。

 斬り捨てた感じが、とっても柔らかそうな感じがしたのだが、それが奴の怪力のせいかどうかまでは判らなかったのだが、振り向くと奴は叫んだ。

「ムスケルっ!こいつに大剣は無駄に体力を削られるぞ、剣の力さは不要だ、それよりも軽い剣に持ち替えて振り回した方が効率的だぞ」

 なるほど、やはり柔らかいんだな。

「わかったあ~、軽い剣を用意しよう!」

 俺はくるっと反転するとテントの方に駆け出した。確か、出来の悪い鉄製の細身の剣が山積みになっていたはずだ。あれなら持って居ないのと変わらないほど軽いぞ。


 思った通りテントの近くに使えない武器が山になって放置されていた。俺はその武器の山から軽い鉄製の剣を十本ほど抱えるとハンスの元に駆け戻った。

 剣の束を抱えてハンスの元へ戻ると奴の足元には真っ二つになった蚊の死体が転がっていた。

「確かに、こいつに伝説の大剣ではオーバーキルだな。だが、もう無事片付いたんで、めでたしめでたしって事だな」

 俺は、もう危機は乗り切った気分でいたのだが、こいつはそうじゃねーみたいだった。

「おぬし、本当に片付いたと思っているのか?頭の中、花畑なのか?本気でこんな奴が一匹で飛んでいると思っているのか?こいつは、おそらく先乗りの偵察だぞ。この後、わらわらやって来るぞ」

「うっ、た 確かに言われてみれば・・・」


 その後、ハンスの言った事が現実となった。

 それは、真っ白な濃霧の向こう側から聞こえて来る耳障りな羽音から始まった。

 最初は言われなければ分からない程度のかすかな羽音だった。だがその羽音は次第に無視出来ないほどに大きくなっていった。

「おい、なんなんだこの音は・・・十や二十じゃねーぞ。どんだけやって来やがんだ!」

「えーっ、蚊ぁに刺されとうないわあ」

 メイだけでなくポーリンまで嫌そうだ。まあ、蚊が好きな奴はおらんか。ましてや、あんなに巨大なんだからなあ、俺でも嫌だ。


 やがて先頭の奴がミルクのような濃霧の中から顔を出した。

 すると、すかさずその背後から巨大な蚊が次々と飛び出してきた。

 ちっ、来やがった、逃げそこなっちまったじゃねーか。

 やつらは何がしたいんだか、次から次へと飛び出して来る。おれたちは・・・


  やるしかねえ。


 甲高い音を立てて、後方から矢の集団が蚊目掛けて飛んで行く。

 みんなもそれぞれ武器を構えて、やる気満々だ。

 ちくしょう!やるしきゃねーじゃねーか。


 無数の矢が次々と蚊の集団に吸い込まれて行き、矢が着弾した蚊(てき)が次から次へと落ちて来ている。

 やがて蚊の集団は、次々と我々の頭上に達してしまった。



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