46.結界復活(5)
俺が身体を洗っていた間に、何やら事態が動いたみたいだ。
だからと言って、俺が責められるのは違うと思うのだがな。まあ、人気者は妬まれるっていうからな、仕方がねーか。
しかし、キーマンなんていったい誰を呼びに行ったんだ?
まさかとは思うが、まさかなのか?まさか・・・なぁ。
「なにが、まさかなんですか?」
「うおおぉぅっ!!」
突然声を掛けられて、叫び声をあげながら振り向くと、そこにはすました顔のアドが立っていた。
「おい、俺、『まさか』なんて口に出していたか?出してねーよな?」
「ふふふ、おかしらの考えている事なんて、手に取る様にわかりますよ」
「おいっ、まてまてまて、普通そんな事が他人にわかる訳ねーだろうがよ」
だが、いつもの事なんだが困惑している俺の抗議は軽くスルーされちまった。
おそらく彼女自身はスルーしている自覚はまったくないんだろう。
まるで主導権は自分にあると言わんばかりに俺の疑問を無視して話し始めた。
「過去を振り返ってもらえればお分かりと思いますが、通常どの時代でも聖女様と言う存在はただお一人なのです。それは、この世界が始まってからの理なのです」
「理だってぇ?誰がそんな事を決めたんでえ。俺はそんな事許可してねーぞ」
俺の言葉はまたしてもスルーされて、アドの話しは続いた。
「ご存じの通り、現在聖女様はお二人存在されています。何故か。それはお一人では対処しきれない事象が発生する事が運命づけられているからであると考えられます」
「・・・・」言いたい事は一杯あるが、どうせスルーされちまうんだろう。ここは、黙って聞いておくのが吉 だな。
「今回のシャルロッテ殿の石化、結界の消滅、これらはまさに二人の聖女様のお力が必要な状況であると言ってもいいでしょう」
「おっ、おめー、呼びに行ったキーマンって・・・」ハッ、しまった。口を出してしまったぜ。
「エレノア様がお越しになれば、状況は動く事でしょう。それまで、シャルロッテ殿のお身体をお守りするのが我々に課せられた唯一の使命なのです」
そこまで言うと、アドは俺の方に向き直った。
「ご理解頂けましたでしょうか?」
その顔は優しく微笑んでいるようにも見えたが・・・目が、目が笑っていねー。なんか、不気味で、怖えぜ。
「あ ああ なんだか良くわからんが、わかったぜ。聖女さんが来る迄全力で警備に徹すればいいんだろ?」
「よろしくおねがいしますね」
それだけ言うと、アドはテントの方に歩いて行ってしまった。
気が付いたら、この短時間で、俺の背中は嫌な汗でびしょ濡れになっていた。国軍に追い回されていた時でも、こんな事はなかったはずだ。なんなんだ、あの圧は。とてもただの小娘とは思えねーぜ。
だが、そんなに心配する事はねーだろう。これだけのメンバーと伝説級の武器が揃ってるんだ、何者も恐れる事はねーだろうよ。
もっとも、ダークエンジェルとやらが来やがったら、どうしようもねーがな。まあ、そん時はそん時だ。なるようになるだろうよ。
考えてもしょーがねー時は、無駄に考えねー。それが、俺のモットーだぜ。
俺もゆっくりとテントの方に歩き始めた。
とは言っても、する事がねー。だから、テントの脇でごろんと転がってただただ空を見上げて居た。
結界の中から出て来るワイバーンも居なく、久々に平和な時間だった。
のしのしと重い足音が近寄って来た。見なくてもわかる、ハンスだ。何しに来やがった?
足音は真っ直ぐこっちに向かって近づいて来て、奴は俺の脇に腰を降ろした。
何のつもりだ?俺には話す事など何もなかったから、黙って奴が話し始めるのを待った。
しばしの沈黙の後、奴は話し始めた。
「貴公は何故わざとみんなの反感を買うような行動をとるのだ?」
「わざとだと?」
「そうだ、わざとだ。そうとしか思えん。なぜだ?」
「ふん、そんな事知らんな。俺は自由に、生きたいように生きているだけだ。それ以上でも、それ以下でもねえ」
「ムスケルともあろう者がそんな事あるまい」
「おめーの買い被りだ。俺はそんな大層な男じゃあねえ」
会話はそこで途絶えてしまった。重苦しい空気と時間が流れた。
物凄く居心地が悪かったので、この場を去ろうとした時、アウラの叫び声で重苦しい空気が消し飛んだ。
「帰って来たっ!帰って来たよお~」
反射的に上半身を起こすと、アウラが指差す方に視線を向けた。だが、何も見えんぞ。
「おい、どこだ?何も見えんぞ!」
「おかしら、視力落ちた?あそこよ、ほらあそこ~」
アウラは、しきりに指を指して教えようとしているが、さっぱり見えん。歳のせいなのか?
「おおっ、確かに帰って来たようだ。間違いない、我々の船だ」立ち上がってハンスが叫んでいる。
あの野郎、見えないくせに、見えるふりでもしてるのか?それよりも、なんだ?我々の船だと?おめーの船じゃーねーだろうがよ。いちいち頭にくる言い方をするぜ。
やがて、俺の目にもうっすらと見えて来た。確かに我々の空飛ぶ船だ。
だが、なんかおかしくないか?わずかだがふらついているように見えるのだが?
長距離の往復だから、疲れちまったのか?
あの船の飛ぶ理屈は良くわからんのだが、船倉内に一杯詰め込んであるなんとか言う浮かぶ木の実の浮力で浮かんでいるらしい。それを運転手であるアンジェラの精神力とかで前進させているのだと言う。だからアンジェラが疲れると、船はよたよたするのだ。
みんながお迎えの為に海岸に向かって走り出した。あの船の最大の欠点、それは水がないと降りる事が出来ない事だった。陸上に着陸しようとすると横倒しになってしまうのだ。
だから、みんな海岸に向かって走り出したのだ。
当然の事だが俺とハンスは、テントの護衛があるのでこのままここで待機する事になった。
まあ、おっさんが走って駆けつけても絵にはならんだろうしな。
しかし、聖女が二人もここに集まっちゃって、普段の仕事に支障はでないんか?ま、普段何をしているのか知らんけどな。
「聞く所によると、シャルロッテ殿も聖女の血を引かれているとか。お主の国では、ひと所に聖女が集まる事は日常なのか?」
「なっ・・・」突然何を言い出すんだ、こいつは。
「知らん。俺だってこんな事は聞いた事がねえんだ。聞かれたってわからん。アドにでも聞いてくれ」
「ふむ・・・そうだな。お主に聞いた私が愚かだったな、すまん」
こいつ、いつも一言余計なんだよ。むかつくなぁ。
やがて、海の方から一団が歩いて来るのが見えた。おそらく先頭を歩いて来る派手な衣装が聖女のエレノアだろう。後ろからぞろぞろとポーリンたちが付いて来るのも見えた。あいつら、何やってんだ、この非常時によお。
まあ、そう言う俺もこの一大事にやる事が無くて、用心棒に徹して居るんだから、あまり人の事は言えないんだがな。
聖女一行はやって来ると、テントの脇に立っている俺達に軽く会釈すると、聖女だけがそのままテントの中に入って行った。
これからテントの中では『復活の儀式』なるものが行われるという。
どんな事が行われるかは、極秘だそうだ。おれたちは・・・どうしたらいいんだ?
ハッキリ言ってやることがない。ただ、ぼーっと時を待つのみだった。
この時間、どうしようかと思っていたのだったが、それは杞憂だった。
それは、あっという間に、シャルロッテが復活したから・・・ではなく、招かざる客が現れてしまったからだった。
それも・・・大量に。
事の始まりはメイの鳥肌だった。
聖女様の到着で、一同はもうこれで一件落着と安堵しきっていた。そんな時だった、突然立ち上がったメイが自分の腕をなでながら叫び声を上げたのだ。
「うひゃあぁぁぁ、何これえぇぇっ!!」
彼女を見ると抱えた両腕一杯に鳥肌が立っていた。
「メイにさぶいぼが立つ時って、なんぞ悪い事が起きる予兆やでぇ、なんぞ来とるんとちゃうか?」
ポーリンが叫ぶと、みな一斉に結界の方角、現在濃霧が漂っている一帯に注目した。
見た感じ、濃霧が漂っているだけで、おかしな感じはしないのだが、こいつがこんなになるなんて滅多にあるもんじゃねー。
「何も見えんが、こりゃあ用心した方がいいんじゃねーか?」
「何当たり前の事を言っているのだ、彼女がこんなになっているんだ、何かあるに決まっているだろう」
みんなして武器を構えて、まだ何も見えない結界の奥の霧の塊に睨みをきかせていると、後方でアドの声が聞こえた。
「ああ、間に合いましたわね。みなさーん、さっそくですが戦闘準備お願いしますねー」
誰に向かっていってるんだ?
ふと、アドの後方、海岸の方を見ると、そこにはこちらに向かって歩いて来る三十名くらいの一団が居た。
「あ あれは・・・?」思わず呟いた俺の疑問にアドが応えてくれた。
「エレノア様の臨場に対して護衛として腕っ利きの弓の達人の参加をお願いしたのですよ」
「賢者殿、護衛は理解出来ましたが、なぜ弓兵を?」ハンスも理解が追い付かないようだった。
「エレノア様が霊力をお使いになる時、その力に引き寄せられたモノが現れるのではと思ったのですよ。考え過ぎなら良かったのですが、実際に現れてしまったようですね」
歩いて来た一団は、全員がフル装備のシュトラウス大公国の弓兵たちだったのだ。
我々の前まで来ると一団は整列をした。一人の指揮官とおぼしき者がきびきびと一歩前に出ると直立不動の姿勢で着任の報告をして来た。
「ウイリー・メイズ大尉以下シュトラウス大公国聖騎士団所属弓兵一個中隊、只今到着致しました。聖騎士団士団長より賢者であるアド様の指揮下に入るように命じられて参りました。アド様はいずこに?」
「大尉さんお疲れ様です。私がアドです。今は時間がありませんので、お疲れの所申し訳ありませんが戦闘配備お願いできますでしょうか?敵は、ほらあそこ、あの霧の中から現れます。現れ次第攻撃をお願いします」
一瞬間があったような気がしたが、メイズ大尉は敬礼をすると一言だけ発して部下の方に振り返った。
「了解致しました。ですが、命令はお願いしますでなく、やれ!と命じて下さい。それでは配置に就きます」
その動作のひとつひとつが、これまでどれだけの訓練を重ねて来たのかが窺えるものだった。まさに正真正銘の職業軍人だった。
その証拠に、職業軍人バカのハンスが彼を見て思わず呟いた。
「ほう、なかなかやるなあ。あの者かなりの腕利きだぞ」
部下に、一言命じると、全員が駆け足で配置についた。そして持参して来た梱包してある矢をほどき始めた。
淀みの無い動作で、あっという間に戦闘準備が出来たようだった。
「聖女さんが出張るとなると、国の威信にかけてこれだけの兵を寄越してくるんだな」
「我々は近接戦闘特化型ですから、もし敵の数が多かった時の為に援護射撃要員をお願いしたのです。杞憂ですめばいいのですがね」
こいつ、杞憂だなんて思っていねーだろう。絶対確信しているぞ。こいつはそういう奴だ。
弓兵が配備に就いたのを待っていたかのように、前方の濃霧の塊に動きがあった。
それまでは、まったく動かず静かに漂っていた濃霧だったのだが、急に濃霧の塊が複雑に動き始めた。
何かが、霧の向こうで動いて居るようだ。
「来るぞっ!!」




