45.結界復活(4)
息絶えて地面に転がるサイクロプスの巨大な腹の向こう側から突然現れた一組の長ーい耳、その非常識なほどの長さを除けば、それはうさぎの耳にも見えた。
長さ二メートルはあるであろうその細長い耳は、こちらを窺っているようにも見えた。
しばらくすると、その隣にもう一対。さらにもう一対と数は増えて行き、現時点では数えると十一匹分の耳がずらっと並んでこちらに注目?していた。
どうやら俺達の事を観察しているのだろうか。俺達が声を発すると、その度に二十二本の耳が声に合わせてビクっと反応している事から、あれは耳で間違いではないのだろう。
「仕掛けて来る気配はねーようだが、なんなんだよ、あいつは?」俺は隣にいるポーリンに小声で話し掛けたが、どうやらあいつらの耳は地獄耳らしく、俺の小さな声にも反応していた。
「うちもよう知らんわ」
ポーリンの返事はにべもなかった。
ただわかる事は、今直ぐ襲って来る気はないみたいだという事だけだった。
どうしていいかわからず、怪しい耳たちとしばらく睨めっこをしていると、テントの方から賢者のアドがハンスを伴ってやって来た。
「おう、どうしたんだ?」そう声を掛けたが、その問いには答えず、俺の後方でにょろにょろ?ぴくぴく?している耳を見ながら、目を細めつつアドが口を開いた。
「珍しい物があらわれましたね。大丈夫ですよ、彼らには交戦する意図はありませんから」
なんだ?この自信を持った言い方は?知っているのか?
「おい、おめーこいつの正体知っているのか?」
アドは腕組みをしつつ、記憶を探るように、慎重に話し始めた。
「あれは、天界でも最下層付近に生存すると言われている『ミミミミズ』の一種で間違いないでしょう。とても憶病で、人に向かって襲って来る心配はないと思われます」
「はあああぁぁぁ?みみみみ?なんだぁ?」
「『ミミミミズ』ですよ。耳ミミズです」
「おめーよお、なんで、そんなもんの存在知ってるんだあ?」これは、当然の質問だよな。
だが、こんな俺の圧にもアドは動ぜず、のほほんとした姿勢を崩さなかった。
「わたしもこれを見るのは初めてですね。たいへん憶病らしく、あの長い耳で周囲の様子を窺っているようですね。ちなみに、あの耳は周囲の臭いもわかるらしいですよ」
「だからあぁ、何でおめーはそんな事知ってるんだって聞いてんだろうがよお」
俺はたまらなくなって声をあげてしまったのだが、その瞬間、こっちを窺っていた長い耳の集団は一斉にサイクロプスの腹の向こうに消え去っていた。
それを見た時、思わずかわいいと思った事は内緒だ。
「駄目ですよ、そんなに大きな声をだしては。みんな驚いて引っ込んでしまったではないですか。わたしが彼らの事を知っているのは、その昔先人たちの残した文献を読んだ事があるってだけの事ですよ。ああ、ちなみに彼らは雑食性で、主に死んだ生き物の死肉を食べて病気が蔓延しないようにしている世界の掃除屋さんだそうです」
「掃除屋ねぇ、そんなのが徘徊してんじゃあよお、うかつに昼寝なんかしていたら喰われちゃうって事じゃねーか、とんでもねー奴だな」
するとアドは呆れたように返して来た。
「大丈夫ですよ。さきほども言いましたが、生きている人間には絶対に寄って来ませんから。あくまで死肉専門ですって」
「そ そうなんだな。安心したぜ」呆れた目でこっちを見ているポーリン達の視線が痛いぜ。
と とにかく話題を変えねーと。
「じ じゃーよお、目に刺さっている剣はどうなんだ?喰われたりしねーんだろうな」
お、決まったか?
いや、みんなの憐れむような視線が強くなるだけだった。
「はいはい、取りに行って来ればいいんでしょ?」
渋々嫌々感丸出しでサイクロプスの死体に向かって行った。さて、どうやってこいつに登ろうかと思案していたその時だった。
不意に、本当に不意に目の前のサイクロプスの腹が爆発したんだ。突然だぜ。
爆発というか、破裂したんだな。いきなり目の前の腹にあたる部分が破裂して、肉の破片が周囲に飛び散ったんだ。俺は頭から肉片と血をかぶり、腰を抜かして地べたに尻餅をついてしまったんだ。
尻餅をついた俺は全身が奴の血と肉にまみれてしまった。
そして、そんな俺の目の前に飛び出て来たのは、見慣れない物体だった。
それは、まるで蛇かミミズのような見た目だった。普通の蛇やミミズとは違うのはその胴体の太さで、大げさでなくゆうに普通の人の胴体くらいの太さがあったのだ。
そんな蛇かミミズもどきの様な胴体が突然目の前に飛び出して来たんだ、そりゃあ腰だって抜けるわな。
そのぶっとい胴体の先端には目も鼻も無く、あるのは大きく後方まで裂けた巨大な口だけだった。
嫌な事に、距離が近かったせいで口の中が丸見えで、口の中一面に無数に生えた短い歯がしっかりと視界に入ってしまった。
その様子は身の毛もよだつと言った表現がもっとも正しいだろう。
俺は反射的に叫び声をあげてしまっていたのだが、それが良かったのだろう。
俺の叫び声を聞いたそいつは、すかさずサイクロプスの腹の中に戻って行ったのだった。こっちに向かって来ないで良かったぜ。
俺は呆然と地べたに尻餅をついたまま、その様子を呆けたように見ていた。
そんな俺には労いの言葉より罵声の方が似合っていたのか?情け容赦のない声が後ろから浴びせられた。
「ぼけっとしていないで、今のうちに剣を取りにいかないか!チャンスだぞ!」
「わたしの円月輪も回収して来てくださーい」
「綺麗に洗ぉてから返さんとあかんよお~。わかってる?」
俺は一体何なんだ?お前らの小間使いかあ?
こう見えても、かつてはこの大陸を西に東に暴れ回った、人々がみな恐れた山賊集団『うさぎの手』の偉大なる頭領だぞ?
天下無敵のムスケル様だぞ?なんでこんな扱いをされなきゃならねーんだ?
それもこれも、あの小娘、シャルロッテがあらわれたからだ。あいつが現れてから、俺の人生はすっかり変わっちまったんだ。
ハンスだってそうだ。帝国をしょって立っていた大将軍様で、国民からは尊敬されていた存在だったのに、今はどうだ。逃亡者じゃねーか。
なんでこんな生活に満足して居られるのか、俺には理解できねー。なんであんな小娘に従おうだなんて考えになるんだ?
一番わからねーのは俺だ。逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せるのに、何でまだここに居るんだ?あいつの命は助かったんだ、もういいじゃねーかよ。もう十分に手伝ったんじゃねーのか?
かつての部下だって大勢生きて居るんだ。戻れば又大陸を自由に暴れ回れるのに、誰にも束縛されずに人生を謳歌できるんだぜ?なんで、いつまでもこんな所で肩身の狭い思いをしなきゃならねーんだ?
俺は・・・・おかしくなっちまったのか?もう、かつての俺じゃねーのか?
なぁ、聖女さんよ。あんたは賢いんだろ?教えてくれよ、俺はどうしたらいいんだよおおお。
そんな堂々巡りの思考を中断させたのは、目の前のサイクロプスだった。
巨大な肉の塊が、突然 突然嫌な音をともなってべしゃっと潰れたのだった。
潰れて地面に広がった肉塊からは無数のミミミミズ?が飛び出して、霧の向こう、結界の奥に向かって我先にと逃げ出していた。
どうやらサイクロプスを食べ尽して、逃げ出したのだろう。
俺は仕方が無く、サイクロプスだった物の中から大剣と円月輪を探し出して、大剣はそのままハンスに放り投げてやったww
円月輪は、仕方が無いから海まで行って海水で洗ってメイにかえしてやった。それでも、臭いのなんのと騒いでやがったが、無視してやったぜ。当然だろう。
俺も身体に染み付いたサイクロプスの臭いを落としに海に行って来たのだが、奴の臭いは洗っても洗ってもなかなか取れなかった。それだけ強烈だったのだ。
妥協できる程度に臭いが落ちた頃には、洗って岩の上に干しておいた服がすっかり乾いて居た。
テントに戻ってみると、テントの脇には巨大なワイバーンが倒れて居た。俺が居ない間に襲って来たのか、バカな奴だぜ。どうやっても敵うはずねーのによ。
などと考えながら歩いて居ると、みんながこっちを睨んでいるのが見えた。
なに睨んでやがんだ?俺が居なくたってワイバーンの一匹や二匹、なんでもねーだろうによお。俺には臭くなった身体を洗うって言う高尚な使命があったんだ。文句を言われる覚えはねーぞ。
ハンスが先に口を開いた。
「良い身分だな、ムスケルよ。みんなが戦っている時に海水浴か?」
売り言葉に買い言葉で、ムッとした俺は言い返した。
「悪いか?俺はおめーらの為に奴の体液まみれになって剣を回収して来たんだ。身体を洗う権利はあるはずだ。それとも何か?臭いままの姿でお前らに抱きついてやったら満足だったか?ww」
「ちっ、相変わらず口の減らない奴だ」
「ほう、将軍様が舌打ちなど、とてもとても高貴な家の出とは思えませんなぁww」
「うぬう・・・」
勝ったww やっと奴に口で勝ったぜ。
そう言えば、船が見当たらねーぞ?
「おい、俺の船が見当たらねーが、どこ行ったんだ?」
周囲をぐるっと見回したが、どこにもその姿は見当たらなかった。
するとハンスが嫌そうに俺の疑問に答えた。
「アンジェラ嬢はな、今回の作戦のキーマンをお迎えする為に飛びだったんだ。ポーリンを護衛に連れてな」
なんだと?キーマンだって?そんな話は聞いてねーぞ?キーマンって、そんな人材がどこに居るっていうんだよ。
ポーリン一人で、どうやってワイバーンから船を護れるっていうんだ?そこは、俺の仕事だろうがよ。
「ちえっ、勝手にしろ・・・」




