48.結界復活(7)
これはいったいなんのバツゲームなんだ?
俺が何したって言うんだ?
やっぱり、さっきあのタイミングでさっさと逃げていりゃーよかったのか?
視界は一面巨大な蚊で占められていて、四方から奴の尖がった口・・・でなく長い針が突き出た尻尾が迫って来る。万が一刺されると全身が痺れて動けなくなり、その間に血を根こそぎ吸い取られるらしい。ホントか?とは思うが、当然試したくはない。
幸いな?事に、一人に対して何十匹もが一度に群がって来るので、奴らもお互いが邪魔になってしまい、実際に迫って来る毒針は数匹に限定されるので、まだ剣で防御できて助かっているのだが、奴らは無数にいるので、針を斬り落としても落としてもキリがなかった。
「おっとっ!!」
ちくしょう!いったい何匹居やがるんだ?迫って来る毒針も鬱陶しいが、もっと神経を逆なでするのは、この甲高い羽音だ。
一匹でも鬱陶しいのに、あたり一面四方八方から頭ん中に響いてきやがるぜ。夢に出たらどうするつもりなんだっ!
こいつら自体はやっこいから一撃で粉砕できているがよぉ、こうも次から次へと来やがるとミスりそうで怖えーぜ。
時々、ポーリンの悲鳴やら怒声が聞こえているが、叫べて居るって事はまだ今の所無事って事なんだな。もう、そんな事構って居られねーぜ、ホントによお。
軽い剣に持ち替えておいて良かったぜ。こんな勢いであの大剣を振り回して居たら、今頃へたばっていたかもしれん。こればっかりはハンスに感謝だが、ぜってー本人には言ってやらん。
両手に持った二本の只の鉄の剣がこんなに頼もしく思える日が来るなんて思ってもなかったぜ。
この軽い剣なら、全力で長時間振り回せるってもんだ。もう、目標を定めるなんて状況じゃねーから、ただひたすらに無茶苦茶に振り回しているだけなんだが、敵が多いので、振る度に毎回何匹もを粉砕しているのが手応えでわかる。
その手ごたえがいったいいつまで続くんだよ、こんちくしょう!
周囲にはみんなも居るはずなんだが、視界は全て奴らに占められていて、何も見えやがらねー。一体どんな状況なんだ?テントの方は大丈夫なのか?俺はいつまでこんな事してなきゃならねーんだ?
誰か教えてくれよー!
「うおっ!!」
右手の剣が折れちまったぞ!いくら敵がやっこいからって、こんだけ斬って居れば金属疲労を起こしてもしゃーねーか。
だがよ、俺だってバカじゃねーんだ、たぶん。
戦いが始まる直前、万が一の事を考えて持って来た予備の剣を数本足元の地面に突き刺しておいたんだよ。
視界の端で突き刺さっている場所を確認すると、折れた剣は放り投げてさっと新しい剣に持ち替えて戦いの再会だあ!
癇癪を起した子供のように、ただひたすらに叫び声をあげながら剣を振り回す訳の分からねー時間が再び始まった。
いったい何匹をなぎ倒したんだか、もう既に分からなくなっていた。ただ時間だけが過ぎ去って行った。
次第に腕が重くなって来たぜ。やべっ、もう限界が近いのか?無理してでも逃げ出した方がいいのか?
そんな弱気がむくむくと頭を持ち上げて来たそんな時だった。
こんな乱戦の最中ではあるのだが、アドの声がはっきりと間違いなく俺の耳に届いて来た。
俺は、なぜか疑う事も、確かめる事もせず、その声に従って目をつぶっていた。両腕はぶんぶんと剣を振り回したままだ。目をつぶったまま、ふらふらしながら剣を振り回して居たのだった。
それが正しいのか、間違っているのか、判断する余裕が既に無かったのだろう。ただ、言われるままに目をつぶったのだ。
「みんなっ、目をつぶってくださいっ!」
他の連中が指示に従ったのか、俺にはわからなかった。でも俺は考える暇もなく指示に従ったのだ。
なんでこんな混戦の最中、目をつぶらなきゃーならねーんだ?なんて聞くまでもなかった。直ぐに理由が判明したからだ。
目をつぶった瞬間、つぶった瞼が真っ白に輝いたのだった。そう、これは周囲が物凄い光に包まれた事を現わして居た。
それは目をつぶっても目が痛い程の強い光りがだという事はわかった。それと同時に、両手に感じていた何かやっこいものをたたき切るあの感触も不意に無くなったのだ。
あの虫唾が走るような無数の超高音域の羽音も失せていた。
いったい何が起こったんだ?まだ目の痛みはとれないが、勇気を出して恐る恐る目を開けてみた。
「これは・・・いったい?」
目を開けた俺は呆然としてしまった。なぜなら、周囲の空を埋め尽くしていた蚊のバケモノが一匹も居なくなっていたのだった。キツネにつままれるっていうのは、まさにこんな事を言うのだろうか?
周囲を見回すと地面には無数の蚊のバケモノの亡骸が分厚く堆積していた。間違いなく蚊の集団と死闘を繰り広げていた証拠だ。
じゃあ、空を覆いつくして居た蚊の大群はどこへ行ったのだ?まさか全部叩き落としたわけじゃああるまいに、いったい何が起こったのだ?
周囲では、みんなも俺と同じに呆然と立ち尽くしている。何が起こったのかわからないという、そんな顔をしていた。
その時、不意にテントが気になった。聖女のねーちゃん達は無事なのか?
そう思い振り返ると、テントは無事の様だった。蚊はあっちには行っていなかったようだ。全部俺達が引き付けていたのだろう。そんな事があるのかと思ったが、テントが無事だって事は、そういう事なんだろう。
ホッとした時、俺達とテントの間に立っている人影に初めて気が付いた。
それはアドだった。そう言えば、背後から不意にアドが叫んだんだったな。
アドを見ると、両手に何やら黒い塊のような物を握っているのが見えた。何を持って居るんだ?
「お疲れ様でした。みなさんご無事のようで良かったですわ」アドにしては優しい物言いだった。
やっと現実の世界に戻って来れた俺は、アドに最大の疑問をぶつけてみた。
「無事はいいんだがな、いったい何が起こったのか説明してもらえるんだろうな?」
「せや、いったい何が起こったんや?あん眩しい光はなんなん?」
「賢者殿、なにかを爆発させましたか?蚊が居なくなったのと関係があると思われるのですが?」
みんな、あの光の事を聞きたがっている。当然だな。
するとアドは、手に持った握り拳くらいの玉に視線を落とすと、ゆっくりと何かを思い出しながらのように話し始めた。
「これは、その昔カトリッシュ・レンネルと言う発明家が考案した閃光弾なのです。現物は先程使った二つと、この二つで最後です」
「なんでお前がそんなもんを・・・いや、今はそんな事はどうでもいい。それはもっとたくさんねーのか?あの蚊のバケモンに有効なんだろ?」
「確かに、この閃光弾の光はアビスミュッケが嫌うものではありますが、現代の技術では再現出来ないのです」
「賢者殿、なぜ貴殿がこのような物を持って・・・と言うか、この存在をご存じだったのでしょう?」ハンスも興味津々のようだ。
「それは、古文書に記載があったのです。カトリ氏の開発した閃光弾、カトリ式閃光弾 略して『カトリ閃光』なるものが存在すると」
もう、これは納得出来るとか出来ないとか言う前に無理やり納得するしかなかった。
恐る恐るハンスが問いただした「それで、この閃光弾の効き目はいかほどなのです?効果は長く持ったりするものなのでしょうか?」
「ええ、そうですね、効能に関する記述はそれほどありませんでしたが、せいぜいほんのわずかの時間を稼ぐ程度のものだと思われます。使用したのも、今回が初めてですので、なんとも申し上げられないのです。きっと再び彼らはやって来る事でしょう。その前になんとしても結界を修復して貰わねば我々はジリ貧になる事は必至でしょう」
「ええーっ、あんなの、又くるのお?私、耐えられないんですけどお。帰ってもいいですかあぁ?」メイが涙目で訴えてくる。
「おおおいっ、まだあいつは復活しねーのかぁ?結界はどうなったんだあぁ?」
声が届かないであろう事は承知で、テントの中でシャルロッテを復活させているであろう聖女エレノアに声を掛けるが、やっぱり返事はなかった。
そうだよなぁ、そんなに簡単に復活なんてしねーよなぁ。ぐずぐずしてっと又あの蚊の大軍が来ちまうぞ。
そんな焦りから、俺は思わずハンスに話し掛けてしまった。
「おいっ、どうすんだ?又来やがったら、もうもたねーぞ。ポーリンももう限界だ、撤退も勇気じゃねーのか?」
だが、言ってから後悔してしまった。ハンスからの反撃は予想はしていたのだが、やはり予想通りの反撃がやって来た。
「貴公は、この状況で撤退すると言うのか?それは、己の身の安全だけを考えての発言か?見損なったぞ。なんだかんだと言っても、やるべき時は漢を見せる者だと思っていたのだがな」
「いや、そうじゃなくてだな・・・」
「わかった。ここはわたしが居るから大丈夫だ。心置きなく撤退したまえ」
「だから・・・」
「ポーリン嬢!まだいけるな?」
膝に両手をついてハアハアと大きく喘いでいたポーリンが、ハンスの問い掛けに息も絶え絶えに答えた。
「ハアハアハアハア、だいじょう・・ぶや。まだいけるでぇ。任してやぁ・・・ハアハア」
ポーリンの少し向こうで、しゃがみ込んで膝に頭を埋めて大きく呼吸をしていたメイも答えた。
「私も後少しなら・・・ハアハアハア、行けまーす。もうあんな巨大な蚊なんて見たくもないけど、姐さんの為に頑張るわあ・・・はあはあはあ」
二人の返事を聞いたハンスがこっちに向き直った。
「聞いた通りだ。我々なら、まだいける。撤退するのなら、今の内だ。海に飛び込めばあいつらは追ってはこないだろう。無事、逃げだせよ。元気でな」
「ちょっと待てぇ、話しを・・・」
俺が焦っていると、地上にうず高く積み上がったジャイアント・モスことアビスミュッケの死体の山から声がした。
「ハンス殿、我々もまだいけますぞ。今全員で矢を回収して居りますれば、今しばらくお待ちくだされ」
見ると、本国から派遣されて来た弓兵の精鋭達が、蚊の死体が広く積み上がった中で矢を拾っていた。
確かに、矢は無限ではないので、撃った分は回収しないと手持ちが無くなってしまうだろう。幸いあの蚊のバケモノは身体が柔らかい為矢の損傷も少ないので、大半は問題無く再利用出来るのだろう。
「見たかムスケルよ。弓兵達もまだ健在だ。まだ持ち堪えられるだろう。いや、持ち堪えてみせる。だから気にせず撤退したまえよ」
蚊の体液でヌルヌルになった剣を拭きながら言い放つハンスの顔には満足感が漂っていた。
「な なんで、おめーはそんなに身体を張って頑張れるんだ?お前達帝国内の事でもねーのによお」
意外な事を聞いたとばかりに驚いた表情のハンスが、顔を上げてこっちを見て、再び両手に持った安物の鉄の剣に視線を落とすと、微笑みながら静かに話し始めた。
「なんで?なんで・・か。ホント、何でなんだろうなあ。私にもわからないな。何でなんだ?ただ、一言言えるとしたら・・・国を背負った将軍として周りの者にかしずかれていたあの頃よりも、生きているって実感出来るのだ。充実していると言ってもいいのだろうな。バカな話だとは思うよ。でもな、損得勘定や理屈ではないのだよ。心が叫ぶのだ、お前に今出来る事を精一杯やれと。今頑張らずに後で後悔してもいいのかってな。だから、私は誰の為でもない、自分の為に頑張る、頑張れるのだよ。だから、それを貴公に強要するつもりは毛頭ないし、強要すべきではないと思う。だから貴公は己の思う通りに行動したまえよ。ここは大丈夫だからな。貴公が逃げる間くらいは持ち堪えてみせるさ」
「おい・・・」
「私は、名誉よりも、自分に正直でありたい。それだけだ」
そう言うと、再びメイの方を向き直った。
「メイ殿、あなたは私なんかよりも敵を察知する能力が高いと認識している。どうだろうか、新たな増援の気配はありますかな?」
さっきよりも呼吸が楽になったと思われるメイが、顔を上げると笑顔で答えた。
「うん、まだ大丈夫・・・かな?もう吹っ切れたわ。又来たら、私もバンバン撃ち落すわ。任せて下さいね」
なんだろう、まるで愛娘を見る父親、と言うよりもお爺ちゃんのような、今まで見た事の無い微笑みを浮かべたハンスは優しく語りかけた。
「期待していますよ。ですが無理はいけない。私も全力でバックアップしますので、みんなで持ち堪えましょう」
「はい」
「うちも頑張るでぇ~ww」
「我々も、シュトラウス大公国の栄誉の為、派遣してくださった国王陛下の為、未来を担う若者達の為、粉骨砕身持ち堪えて見せましょうぞ」
「「「「「「「「おーーーっ!!」」」」」」」
「見ての通りだ、ここは大丈夫なので、お引き取り頂いて問題はないぞ」
そう言うと、こちらに背を向け、どっかと座り込み剣の点検を始めた。もう、俺なんて眼中にないとでも言わんばかりに。
ちっ、俺にだって考えはあるんだぞ。アドみたいに完璧じゃねーがよ。
だけど、聞く耳も持っていないんじゃしゃーねえ。俺は俺の道を行くのみだ。
俺も、連中に背を向けると、海岸に向かって歩き始めた。
背中越しに連中の会話が聞こえて来る。
「賢者殿、もし、ここで持ち堪えられたら、我々も英雄の仲間入りできますかねぇ?」
本国から派遣されて来た弓隊の隊長ウイリー・メイズ大尉の声のようだった。
「ええ、ええ、もう既にみなさんは英雄ですよ。それも、後年の伝説に名を連ねる偉大な英雄ですよww」
「「「「「「「おーっ!!」」」」」」」
「隊長、これであの世に行っても母ちゃんに自慢出来ますぞww」
「俺もっ!今まではうだつが上がらない駄目夫だったけど、これで祖国を救った英雄として胸を張れるってもんですよ。なんか、ワクワクしてきますよww」
「広場にでーっけい銅像、建ててもらえますかねぇww」
「おお、広場なんてケチな事言ってるんじゃねーよ、街角という街角には故郷を護った軍神としてみんなの銅像が林立する事間違いなしだろうよ!!ww」
「欲を言えば、蚊なんて下等なモンでなく、ドラゴンあたりと刺し違えて、伝説に箔を付けたいものですなぁww」
「おいおい、何死ぬことが前提の話しなんだ?みんなで生き残って凱旋して国王様から勲章を貰おうじゃないか。その方が前向きじゃないのか?」
「ははは、ちげーねーですわ。何も死ぬ前提で考える必要はないですからねーww」
ちっ、なんてノー天気な野郎達だ。
俺は、俺の信じる道を・・・って、ん?
人の気配を感じて振り返ると、そこには十名ほどの弓兵が矢を山ほど抱えて付いて来ているじゃねーかよ。
「こりゃあ驚いた。オメー達も脱走組なんか?ん?」
するとそんな兵士達の後ろから見慣れた顔が出て来た。
ひょいと顔を出したのは悪そうな顔をしたメイだった。
「おい、おめーまでみんなを見捨てて逃げ出したのか?」
いったいどうなってるんだ?俺の頭ん中は??????で一杯だった。
「逃げ出したんじゃないよwwみんなアドちゃんに言われたんだよ、一緒に行けって」
笑いながら言うメイに、俺のパニックは最高潮になっていた。
「言われて来ただと、どういう事だ?意味がわからんぞ」
「ふふふ、アドちゃんの智謀を舐めたらあかんよおww彼女は何でもお見通しなんだから」
「そうですよ、賢者殿はさすが賢者殿ですよ、我々とはレベルが違いますよ」
ホント、薄気味悪いったらねーぜよ。頭ん中どこまで覗かれてるんだか分からねーぜ、まったくよお。
「さ、次の奴が来る前にさっさと行きましょうww」
すました顔でそう言うメイだが、どこまで聞いて来ているんだか、だ。
「おめー達は、どこに行くか分かってついて来て居るのか?」
「勿論よお、全部分かっているわよ。でも、まさかおかしらがここまで考えていたなんて、正直思いもよらなかったわあ。ほんとビックリよおww」
こいつ、本当に分かってやがるのか?それはそれで、一々説明せんで済むから楽だけどよ、正直恐ろしいぜ。まかり間違っても、あんなのを嫁にしたら、一生心の安寧はねーわな。ああ、恐ろしい。




