42.結界復活(1)
すみません。投稿が一日遅れてしまいました。
頑張って書いておりますので、なにとぞご了承くださいませ。
俺は、巨大な石像の足元に広がるそれほど大きくも無いテントの入り口を無造作に開けた。
そこに居たのは、優雅に佇んだ一人の女性だった。
その女性は、腰まで伸びた見事なシルバーの髪と特徴的な赤い瞳。そして、圧倒的な存在感。
まごう事の無く今の世に存在する二人の聖女の内の一人、アナスタシア・ド・リンデンバームだった。
なぜ聖女様が現在二人も存在するのかというと、今代の聖女は双子だったからだ。
だが、姉のエレノア・ド・リンデンバームは現在十八歳、妹のアナスタシア・ド・リンデンバームは現在六十八歳と妙な事になっている。
これはつい最近、大陸が沈むという天変地異が起こり、領民の生命を救う為に竜王が自ら避難用にと設置したのが転移の門だった。
これをくぐれば大陸の南に存在している新大陸に転移できるという竜王の言だったのだが、ここで想定外の事が起こったのだ。転移の門をくぐった人々は新大陸に転移出来たのだったが、五十年前の新大陸に転移してしまったのだ。
その為、転移の門をくぐった妹のアナスタシアは現代に戻って来た時には、五十年の歳月が経ってしまい、十八歳だったのに、現在は六十八歳になってしまったのだ。
恐らく竜王のなにかしらのミスが原因なのだろうが、肝心の竜王が永き眠りについてしまっているので、真実は闇の中だった。
テントの中で微笑むアナスタシアはとても六十八歳とは思えない若々しさと妖艶な魅力を兼ね備えた不思議な存在だった。
あの傍若無人を地で行くムスケルさえ言葉が出なくなるほどの衝撃を受けるところは、さすが聖女といったところだろう。
「結界石はここに残っていた兵隊さんの皆様が善意で、元の位置に戻して貰いました。後はシャルロッテ様がお戻りになれば結界の復活はなったも同然です」
ニコニコとはなすアナスタシアとは反対に、ムスケルの表情はとても硬かった。それは、緊張のせいだけではなかった。
「聖女さんよお、あんた知ってるんだろ?あいつ、意識が戻ってないって事をよお」
「はい、承知しております。ですが、わたくしの力と竜脈の力を合わせれば、意識は戻るでしょう」
「竜脈?」
「はい、この場所は竜脈が地表近くまで上がって来ている場所なのです。ですから結界石はこの場所でないといけないのです。その力を十分に発揮できないのです」
「は はあ・・・」
「竜脈のお力を借りればわたくしの力も何倍にもなります。大丈夫です、必ずシャルロッテ様の意識は取り戻せるでしょう。いいえ、わたくしの命に替えましても戻って来て頂きます。それがわたくしの使命なのです。どうか、お任せください」
話しはそこで終了した。後から船を降りたみんなが到着したのだった。
「聖女殿、戻りましたぞ。シャルロッテ殿をお連れしました」
あいつをお姫様だっこしたハンスを先頭にみんながテントに雪崩れ込んで来た。
「まあまあ、みなさまお疲れ様で御座いました。さ、シャルロッテ様をこちらに寝かせて下さいな」
そう言うと、アナスタシアはテントの隅に急ごしらえした寝床を指差した。
ハンスはまるで壊れ物でも運ぶように慎重にシャルロッテを臨時の寝床に横たえた。
みんなは声も無くその様子を見守るだけだった。
ハンスが寝床から離れると、アナスタシアはシャルロッテを静かに見据えたままシャルロッテの枕元にまで進み出て静かに言った。
「では、始めます。みなさまはしばらく物音を立てない様にお願い致します」
その表情は今さっきまでの柔和な表情とは打って変わって、まるで能面の様に感情が消え去っていた。
アナスタシアは懐からなにやら呪文のようなものが書かれたお札を取り出し、うやうやしく頭上に掲げ、何やら異国の言葉を唱え始めた。
なぜ異国の言葉と思ったのかと言うと、言葉の内容が全く理解出来なかったからだった。
暫く呪文のような言葉を唱えると、今度はお札をシャルロッテの額に置き、再び呪文を唱え始めた。
先ほどの呪文は静かに淡々と唱えていたのだが、今度の呪文は激しく強い勢いで唱えるというよりは叫ぶ様な感じで、見守っていた全員がその勢いに圧倒されてしまった。
テント内にはアナスタシアの叫び声のような呪文が飛び交い、次第に熱を帯びていった。
永遠とも思える時間が過ぎて行った。叫ぶような呪文は次第にその勢いを失っていき、聞き取れないほどの声量になった時、ふいに呪文は途切れた。
途切れると同時にアナスタシアは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
その頭が地面に触れる寸前で、ごっつい手がアナスタシアと地面との間に滑り込んだ。ハンスだった。
「ふぅ~、危なかった」
アナスタシアが崩れると同時に、地面にスライディングするようにしてハンスが身を挺して彼女が地面に激突するのを防いだのだった。
その間、誰も動くことが出来なかったのだ。
アナスタシアを抱えたまま立ち上がったハンスを、ただ見つめる事しか出来なかった俺にハンスが叫んだ。
「ぼさーっとしていないで、聖女殿を横たえる場所を作らんかっ!」
ハンスの怒ったような言葉に、弾かれるように全員で駆けずり回って、なるべく汚れていない布を集めて来て、テントの中央にあったテーブルの上に即席の寝床を作りアナスタシアを寝かせたのだった。
力を出し尽くしたのだろうか、アナスタシアは意識を失っていたが体はどこも怪我をした感じではなかった。
ホッとしたみんなの視線は、一斉にシャルロッテに向かった。
おでこにお札を乗せたまま、身動きもせずに寝たままだった。
「まさか、失敗したのか?」
「うそやろお、失敗なんてあり得へんやろ~」
「眠り姫が二人に増えちゃいましたねぇ」
「おいっ、ムスケル!どうするんだ!この後、どうすればいいのだ!?」
ハンスの野郎、俺に全責任を押し付けるつもりだな。そうはいかんぞ。
「そう言う事は、俺じゃなくアドに聞けよ!賢者なんだからよお」
ふん、俺だってアドに押し付けるぜ。こんな事、俺の頭で思いつくかよお。
今度は全員の視線がアドに集中した。彼女だったら、何かいい策を思いついてくれるに決まってる。そう言う期待を持った視線だ。
しばらく、寝たままの二人を見つめて居たアドは、独り言のように変な事を言いだした。
「こういう時は王子様がキスをすると、眠ったままのお姫様は目覚めると古い言い伝えがあったと思うのですが、ここには"おおじさま"は居なく、居るのは"おじさま"だけ と」
「お おめー何訳の分らん事言ってるんだ?」思わず突っ込んでしまった。
「あ ああ、気にしないで下さい。ちょっと言ってみたかっただけですから。さて、どうしましょうかね、さすがの私でもこの状況ではなす術がありませんね」
「いっその事、頭殴ってみるか?ショックで目が覚めるかもしれんぞ」俺は真面目に言ったんだが、誰も真剣に受け取ってはくれなかった。
「おかしらが殴ったら、お嬢は二度と目が覚めないですよ。馬鹿な事いわないで下さい」アウラに全力で否定されちまったぜ。
「で、俺達どうしたらいいんだ?寝ている二人をこのまま見ていてもしょーがねーだろうよ」
「なら、どうしろと言うのだ?貴公には何かいいアイデアがあるとでも言うのかね?」
ハンスの声は妙に冷たい。ま、いつもの事なんだがな。
そんな俺達を冷たい視線が捉えていた。
「あのふたり、まーたやりあってるよ。ホントに仲が悪いよねー」
「あー、メイちゃん?そらちゃうでぇ。あれはじゃれてんのや。ごっつう仲がええんやで、あんふたり」
おいっ、勝手な事言うんじゃねーぞ。
「そうなんだぁ~、知らなかったわあ。それよりも、わたしたちも、こーやってぼーっとしていてもいいもんなの?アウラ姉さんどうしたらいい?」
「えっ!?なんでわたしに振って来るん?わたしだってどうしていいか分からないわよ。アドちゃんが動いてくれない事には、なす術無しだわよ。でしょお?」
「「確かに・・・」」
しかし、このたわいない会話も長くは続かなかった。
同じ間隔で感じられる小さな振動に気が付いたからだ。
最初は気のせいかと思われる程の小さな振動だったのだが、次第に大きくなってくるのを認識した時、テント内の誰もが一斉に会話をやめて耳をすました。
気のせいでは無く、間違いなくその音と地響きはこの場所に接近して来ている事が誰の心にも感じ取れた。
「おいっ、こいつは・・・・」
俺が叫ぶと同時に全員が武器を手にテントの外に飛び出した。
飛び出した全員の視線が向かったのは、巨大な結界石の後方の草原だった。
何もなかった草原上には、まるでミルクのような白い霧が固まって浮いて居た。さっきまで無かったものだ。不気味に響いて来る音はその白い霧の奥から聞こえて来るように感じた。
「あそこは・・・・」
思わず呟くハンスに、アドが応えた。
「ええ、あそこは結界の中になりますね。何者かが出て来るみたいですね」
まるで他人事の様に落ち着いていやがる。って言うか、あいつが慌てている所なんか見た事ねーがな。感情が欠落してんじゃねーか?
「せやけどな、歩いて出て来てくれるっちゅう事は、うちらでも対等に対処出来るって事やん?ラッキーとちゃうん?」
ポーリン、お前のその前向きな考え方・・・嫌いじゃねーぜ。言わんけど。
次第に足音の主の影が真っ白い霧の中にうっすらと滲んで来た。
「あれは・・・でかいぞ」俺の拙い感想に、ハンスが情報を追加した。
「ああ、巨人族のようだな。十メートルはあるんじゃないか?頭部にあるのは・・・一本の角なのか?左手にはなにやら棍棒の様な物を持っているようだな」
まだ、その姿は白い霧の中なのではっきりとは認識できないが、だいたいの雰囲気はわかってきた。
一歩一歩進み出てくる度にその輪郭はハッキリとしてきた。
「あら、あの方全身が緑色しているのですね?毛むくじゃらでもないんですねぇ」妙にのんびりと言うか冷静なアウラだった。
「ここは、私とポーリン嬢とそこのでくの坊で対処します。賢者殿とアウラ殿とメイ殿はテントの守りをお願いします」
「おいっ、待てっ!何でおめーが命令してんだ!それに誰がでくの坊だって?」
怒る俺を無視して、奴はさらに言葉を続けた。
「この距離で攻撃をして来ない所をみると、あいつは近接戦闘特化型のモンスターとみていいだろう。あいつの動きを良く見て落ち着いてやれば大丈夫だ。軽歩兵達は射程に入り次第一撃だけ矢を射て、射たら速やかに安全な距離まで退避せよ。矢の刺さり状況を見ればおおよその皮膚の硬さがわかるだろう。我々の攻撃はそれを確認してからだ」
ちっ、相変わらず沈着冷静だぜ。むかつく奴だぜ。
奴の姿が白い霧からすっかり出ると、俺達は更に驚いた。
「あ ひとつ?」
「ほんまや、目がひとつしかあらへんでー」
奴の顔を見ると、奴の顔には本来眉間の所に巨大な目がひとつしかなかった。他の造作は耳のてっぺんが尖っている以外は我々と変わらなかった。
「これが、伝説のサイクロプスなのか。初めて見たぞ」呑気そうなハンスの声が聞こえて来たが、誰だってこんな奴、見るのは初めてなんだよー。
やがて、掛け声と共に矢が放たれ、軽歩兵達は逃げるように後退して行った。
俺達は奴に向かって飛んで行く矢の軌道を追ったのだが、驚愕の光景を目にする事になった。
ニ十本あまりの矢が一斉に奴に向かって行った。そのほとんどが奴に命中するものと思われた。
凄い練度だなと感心していた、次の瞬間だった。矢は次々と奴に命中していった。
ほぼ全弾命中したのだったが、命中した矢は次々にはじかれてしまったのだ。
まったく刺さらず、綺麗に弾き返されたのだ。当然ダメージなどあろうはずもなかった。
飛び出そうとしていた俺達は、その状況を見て固まってしまった。
このまま行ってもいいのか?とお互いに顔を見合わせてしまった。
「問題ない。あいつの皮膚が想像以上に硬かったって事が事前にわかったのだ、決して無駄ではなかった。心して掛かればいいだけだ。さあ、行くぞっ!」
ハンスは黒光りする大剣を抜くと走り出して居た。
遅れてなるものかと俺も大剣を抜き走り出した。
すると斜め前を走っていたポーリンが走りながら急に変な事を言いだした。
「あいつ、巨大なくせに、左利きやったんや」
巨大なくせにって、なんなんだ。大きさなんか関係ねーだろうがよ。
なんか力が抜けちまったぜ。




