40.撤収(2)
荷馬車の中でのんびりしていた俺達は、メイの叫びで臨戦態勢になった。
アウラはアイツに膝枕をしているから今は戦力外だが、数匹のワイバーンなど今の俺達にはそれほど恐れる相手ではなかった。
問題なのは正面後方からやって来て居るという異形のヤツだ。
空を飛んで来る奴で、ワイバーンとは違う形のヤツ、いったい何なんだ。もし、こいつがダークエンジェルだったりしたら、シャレにならんぞ。
あの、歩く天変地異と言われているシャルロッテですら、なす術もなく石に変えちまう相手だ。俺達で何とかなるのか?
ダークエンジェルについては、まだ未知数・・・と言うより、ほとんど何も分かっていないのが現状だ。人間を石に変える方法すら分かってはいない。
性別、寿命、攻撃方法、防御力、スリーサイズ全て謎の物体だ。生き物なのかすら不明だ。
聖女のねーちゃんなら何か知っているかもしれんが、今はここに居ないから聞く訳にもいかない。ここは逃げる一手じゃねーのか?
などと考えているとハンスの野郎が偉そうに仕切り出した。
「あの未確認のヤツが何者かは今はどうでもいい。それよりここは逃げの一手だと思う。迫って来るワイバーンにだけ対処をして、馬車はこの先の森の中に逃げ込むのがベストだと思う」
みんなは、うんうんと頷いて居る。
「私とポーリン嬢でワイバーンを迎え撃つ、メイ嬢は馬車を森の中へ!」
「わかったわ~」
「ムスケルは、馬車を降りてあの未確認の奴に向かえ!」
「なっ、なんだとお~っ!!どういうこった、何で俺があいつに向かわねーとならねーんだ?てめー、俺に恨みでもあるんかっ!?」
「何を子供のようにだだをこねているんだ。これは当然の判断だ」
「どこが当然だって言うんだ!舐めてやがんのかあっ!」
「この中で一番防御が固いのは誰だ?」
「お 俺・・・か?」
「じゃあ、この中で一番戦い慣れた歴戦の勇士はだれだ?」
「そ そりゃあ・・・俺だわなあ」
「この中で一番英雄の称号に相応しいのは?」
「俺・・だよな?」
「なら決まりじゃないか。ここは全滅する訳にはいかないんだ。せめてシャルロッテ嬢だけは逃がさないといけないだろう。それには、お前の奮闘が必要なんだ、わかるな?」
「う・・・そこまで言われたら・・・」
「ほら、もう時間が無い。行けえっ!!」
ハンスの言葉に乗せられた俺はまんまと馬車から飛び降りてしまった。
飛び降りてから、奴に乗せられたのか?と気づいてしまったが、もう既に遅かった。
急接近していた三匹のワイバーンは・・・何故か全部が、街道の真ん中で仁王立ちしている俺の方に向かって来やがった。
「ちくしょう、結局面倒を全て俺に押し付けやがったな。死んだらぜってー枕元に出てやるからなあ!」
森の中に消えようとしている馬車に向かって、精一杯の悪態をついた俺だった。
さあて、どうするか なんて悩んで居る暇はなかった。正面の二匹がもうすぐ目の前に迫って来ていたからだ。
俺は黒光りする大剣を構えると、二匹に向かって走り出し、俺を掴もうと迫って来ていたその両脚に斬りつけた。
さすが、神話級の剣だった。たった一振りで、二匹とも両脚をスパッと斬り落とされて、耳障りな叫び声を上げながら二匹は俺の後方の地面に突っ込み、ゴロンゴロンと転がっていた。そら痛いだろーよ。
振り返ると、最後の一匹は何かを感じたのだろう、地面すれすれまで降りて来ていたが、そのまま攻撃をせずに急上昇して逃げて行ってしまった。
「ふう・・・後は正体不明の奴だけか。俺、このまま逃げてもいいよな。逃げても誰も怒らないよな」
よし、逃げよう。
馬車の逃げ込んだ森の反対の方に向かって走り出そうとしたその時、なにげに謎の敵が視界に入った。
「え?」
その謎の飛行物体は、丸っこい身体に羽は生えていないように見えたぞ?代わりに背中から真上に向かって細長い角のようなものが真っ直ぐに何本も伸びている。
あれ?なんか見た事がある姿だぞ?
俺は逃げる事も忘れて街道上で立ちすくんでいた。目は謎の飛行物体に釘付けになってしまったままだ。
俺の頭は、現実を認めるのを拒否しちゃっているみたいに思考を停止しちまったままだ。
そうこうしている間にも、謎の飛行物体は間違いなく真っ直ぐにこっちにやって来て居る。
そして、その姿は次第にはっきりと捉える事の出来る距離にまで迫って来ていた。
停止しちまった俺の頭を現実の世界に戻したのは、その謎の飛行物体からの声だった。
「やっほおーい、おかしらあぁぁぁっ!!」
その能天気な声は・・・記憶にあるぞ!ミリーだ。食いしん坊ミリーだ!
ってえ事は・・・そうだ、見覚えがあるはずだ、あれは俺達の船じゃあねーかよ!
気が付いたら、目頭が熱くなって来て、両目から汗が次から次へと流れ出て来て視界がぼやけてしまっていた。
「おーい、おかしら殿ぉ、無事でしたかあぁぁぁ?」
甲板から次々に顔を出したのは、留守番部隊の軽歩兵の連中じゃーねーか。
「な なんで・・・」
ほっとしたのと嬉しかったのと、色々な気持ちがないまぜになって吹き出してきていて、言葉を出す事ができなかった。
だが、俺にもプライドがある。こんな事で涙を流すなど、決して悟られてはいけない。
俺は大急ぎで袖口で涙・・・いや、汗を拭ってから、船に向かって走り出して居た。
その後舷側より降ろされたロープをつたい甲板によじ登ると、そこには懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「おかえりー、おかしら」にこにこと笑顔で手を振って迎えてくれているのは、この船の運転手アンジェラだ。
軽歩兵の連中もみんな笑顔で迎えてくれている。やばい、又目から汗が出てきそうだ。
「お疲れ様、上手くやったようね」
普段通り淡々と迎えてくれるのは、俺達の参謀であり賢者のアドだった。
「そんなに上手くいったわけじゃねーぜ。あいつ、意識が戻らねー。呪いが解け切っていねーんじゃねーか?」
俺はなるべく感情を押さえながら、この作戦の発案者であるアドに報告した。
「そうでしたか。そのあたりは、アナ様がなんとかしてくれるでしょう。まずは、姐さんを回収しましょう。アンジェラさん、姐さんの元へ急いで下さい」
「了解でぇ~す」
アンジェラがそう答えると、船は力強くぐんっと舳先を巡らせ森の方に向かって進み始めた。
場所を指示しなくても、あいつの居場所が分かるってすげーなあ。まるで犬みてーだな。
思わず、くすって笑ってしまったぜ。
その後、船はシャルロッテを収容しに森に向かったのだが、これが又大変な作業になった。
まず最初に意識の無いシャルロッテを収容しなくてはならなかったのだが、ここは森の中で水場はない。水場がなければ船は降りる事が出来ないので森の上空でホバリングをしなくてはならなかった。
これが、なかなかの高難易度の操作らしく、運転手のアンジェラは汗だらけになりながら、なんとか船を一点に留めようと悪戦苦闘している。
その間に、下ではみんなでアイツにロープを何重にもかけ、船から降ろされたロープに結び付けようと必至だ。
だが、船はアンジェラの必死の操船にもかかわらず前後左右にたえず動いて居て、安定しない。
ロープの長さもぎりぎりなので、その端を握ったハンスが酔っ払いのように右に左にとよろけている。
「おーい!もっとロープを伸ばせないのかぁ?」
堪り兼ねてハンスは船に向かって声を上げてきたが、ないものはしょうがないのだ。
「だめだ!木の高さ分余分に長さが必要なんだ。ロープはこれで限界だあ」俺は下に居るハンスに向かってそう叫んだ。
いつ他のワイバーンが来るかもしれない状況で、いつまでもこんな事はしていられない。
「おーい、ハンス。馬車を街道に戻せ!あそこならもっと低く船を降ろせる」
だが、ここで想定外の答えが返った来た。
「駄目だっ!馬車は轍にはまったせいで車軸が折れて身動きが取れないんだ。しかたがない、私が彼女を背負って木のてっぺんまで登るから、そこで回収してくれ!」
なんて言った?アイツを背負って木を登るだってぇ?正気の沙汰じゃねーぞ、木は十メートル以上はあるぞ?わかって言ってやがるのか?あの野郎。
舷側から下を見下ろすと、既にあの野郎は背負った大剣を降ろしてあいつを背負おうとしているじゃねーか。
しかたがねー。
「おーい、運転手!一旦上昇しろ。あいつらが木のてっぺんに来たら合図するからぎりぎりまで寄せるんだ」
「りょうかーい」
船はゆっくりと上昇を始めた。
やれやれと息を大きく吐いた時、俺は有る事を思いついて、船倉に走った。
そして甲板上に戻った時、俺の手に握られていたもの。それは巨大魚を釣る為に作ってあった大きな釣り針だった。
「おかしら、それどうするの?」不思議そうなミリーに、俺はニヤッとしながら答えた。
「釣りをするんだよ。おっきな獲物を釣り上げるんだよww」
そう言うと、俺は下に吊るすロープの先端にその釣り針を何重にも縛り付けた。
「さあ、準備万端だ。後はあいつが登って来るのを待つだけだ」
だが、待つまでもなかった。舷側から下を覗いて居た軽歩兵の一人に声を掛けられたのだ。
「おーい、おかしら殿。もう閣下は木のてっぺんに到着しますぜ」
なんだと、なんてースピードだ。
「もう来たのかよ」
下を覗くと、登って来るハンスの姿が葉っぱの間から見えるじゃねーか。
「運転手、降ろしてくれ!木のてっぺんぎりぎりにだ。慎重にな。あいつの頭にぶつけるんじゃねーぞ、ぶつけるなら、娘っ子を回収してからにしろよ」
「はーい」
のんびりした返事とは裏腹に、船はすーっと、木のてっぺんに向かって急降下して行った。
木のてっぺんを見ると・・・おいおい、小娘背負ったハンスだけでなく、大剣を背負ったポーリンやメイをはじめ他の連中も登ってきてやがるじゃねーかよ。
みんな元気なこった。
やがて、船はハンス達の真上で静止した。さっきよりもすんなりと静止した感じがする。
運転手は必至の形相で舵輪を握っている事から、相当繊細な操作を求められているんだなと言う事は俺にもわかった。
収容作業は、思ったよりも順調にすすんだ。
まずはシャルロッテを釣り針に引っ掛けて引き上げてから、他のみんなはそれぞれ自力でロープにつかまり上って来た。
甲板上では、横になったまま身動きもしないシャルロッテを囲んでみんなが心配そうに見ている。
「賢者殿、彼女は大丈夫なのだろうか?まったく意識がもどらないのだが」
ハンスが心配そうにアドに聞いている。みんなの視線はアドに集中しているのだが、アドは顔色も変えず、静かに話し出した。
「解呪は成功しているはずです。ここから先は私では荷が重いので、アナ様にお任せしたいと思います。アンジェラさん、予定通りにお願いします」
予定通りだと?
「はい、予定通りに向かいまーす」
「おい、予定って何のことだ?」
俺はなんにも聞いてねーぞ?
「ほな、うちらはこのままあの山ん中の隠れ里に行くんか?」
ポーリンの疑問ももっともだと思うぞ。
「いえ、アナ様はもうパレス・ブラン(白の宮殿)をお出になられて、みなさまをお待ちしておられます」
初めて聞く情報ばかりだぜ。いったいどうなってるんだ。
「今ここで四の五の言っても始まらないだろう。とにかく聖女様にお逢いしてから次の事は考えようではないか」
ハンスがリーダー気取りでそう発言して、この場は収まった。
俺の心は収まらんが・・・。
先日の千葉の大雨の時、千葉の県庁近くで食事をしていました。あまりの豪雨の為、レストランの天井から雨漏りが始まって大騒ぎでした。その後、膝近くまで冠水した道路を車で8時間かけて帰りました。
いやぁ、大変な経験をしました。千葉の被災した皆様のご無事をお祈り申し上げます。




