38.帝国進行(13)
がんっ!!
なんとも重く硬そうな音が部屋に響き渡った。
その瞬間、その場に居た俺達の動きも完全に停止していた。
その不快極まりない打撃音の正体は、ワイバーンがシャルロッテの石像の頭部に一撃をくらわした際の音だった。
まるでスローモションのように、その瞬間をその場に居た全員がなす術もなく目撃する事になったのだが、当然次に起こるであろう砕け散った石像の頭部の映像は誰の目にも飛び込んで来なかった。
何故か・・・みんなの目に飛び込んで来た映像は、石像に弾き返されたワイバーンがその反動で後方の壁にぶち当たって、瓦礫の散乱する床の上に無様に転がる姿だった。
俺達はその有り得ない状況に、呆然とするのみだった。
「あ 姐さんの頭って・・・アダマンタイト並みに硬かったんや、知らなんだわあ」
最初に、あっけにとられ過ぎて変な顔になっているポーリンが呟いた。
「あのワイバーンって、根性なかったのかしら?」
アウラも、何を言っているのか分からない言葉を発していた。
「わたし、砕け散った姐さんの頭部の残骸を拾い集めなきゃならないのかって心配しちゃったよぉ」
メイに至っては、もはやコメント不能だ。
そんな俺達を尻目に、ハンスの野郎の行動は悔しい事に素早かった。
ワイバーンが床に転がった瞬間、奴はすでにダッシュをしていて、ワイバーンの元に到達知るや否やその手に持った黒光りするアダマンタイト製の『竜王の大剣』を横に一閃した。
次の瞬間、ワイバーンの頭部は胴体から離れ、大量の血しぶきを巻き散らかしながら宙を舞っていた。
そして、偶然なのか奴の意地なのか、瓦礫の中に落下した奴の頭部は真っ直ぐにこっちを向いたまま目を見開いて、死してまだ俺達を威嚇しているかのようだった。
ワイバーンの鬼気迫る表情に固まって居ると、ハンスの怒声が飛んで来た。
「何をやっているのだ。ポーリン嬢とムスケルは、私と共に周囲の警戒だ、ワイバーンが来たらやっつけるぞ!アウラ嬢は、早く彼女を人間に戻してやってくれ!急いでくれよ」
ハンスの声にハッと我に返った俺とポーリンは、すぐさま自分の武器を手にハンスに続いた。
上を見ればポカっと開いた天上の穴越しに上空を我が物顔で飛んでいるワイバーンが複数匹見て取れる。
確かに、あいつらがこっちに気が付かない内に仕事を終わらせてトンズラするのがベストな選択だろう。
だが、事態と言うのは往々にして最悪の方向に転がるもので、それに加えてあいつ、シャルロッテは世界でも類を見ない疫病神スキルを持っている訳だから山のように災いが降りかかって来るであろう事は、容易に想像が出来た。
きっとワイバーンの奴ら、こぞってここにやってくるんだろうなぁ。その時、ふといいアイデアが浮かんだ。
「なあ、ハンス。こいつの頭の硬さはワイバーンのくちばしよりも硬いんだからよお、こいつを囮にして、ワイバーンが群がって来た所を後ろから叩いた方が楽だし確実なんでねーか?」
そのとたん、この場に居た全員の視線が俺に集まったのを感じた。それも、とても汚い物を見るかの様な視線だった。
「じ 冗談だよお。そんな目でみる事ねーだろうがよお、言ってみただけだってぇ」
俺は遅ればせながら自分で墓穴を掘ってしまった事に気が付いた。みんなの緊張をほぐしてやろうと思っただけなのによお、なんで、みんなそんなにムキになるんだよ。
「シャレになってないのよ」
ぼそっとメイにも言われてしまった。
思わず天を仰いでしまった俺の目に、急降下してくるワイバーンが映った。
「あ おい・・・」
注意を促そうとしたのだったが、途中でやめた。
なぜなら、ポーリンは既に全力疾走でハンスに向かっていたからだ。
ハンスは、前屈みになると、両手を組みポーリンに向かって差し出し、一声掛けた。
「さあっ、来いっ!!」
言う方も言う方だが、その一言でわかるポーリンも大概だ。
走り寄ると、ハンスが差し出した両手を遠慮なく踏みつけた。かつての大将軍様の手を土足で踏みつけたんだぞ、普通はできんだろうよ。とてつもない事だぞ。
ハンスはそのタイミングで「どっせえええぇぇぇっいっ!!」と一声吠えると、次の瞬間ポーリンは打ち上げられていて、空中をワイバーンに向かって飛んで行った。
あっけに取られて呆然と見ていると、空中でワイバーンとポーリンがすれ違った瞬間、ワイバーンの頭部が胴体から離れ、こちらに向かって落下してくるじゃーねーかよ。
「あわわわわわ」
辛うじて避けたのだが、ハンスに駄目だしされちまった。
「避け方が優雅でない」
「ちっ、そんなの避けられればどうだっていいんだよ」
「これだから山猿は・・・」
「なんだとおーっ!」
そんな言い争いをしていると、呆れたようなアウラの声が聞こえてきた。
「今は、そんなちっぽけな言い争いをしている時ではないとおもうのですが・・・:」
確かにその通りだった。俺とハンスは素直に謝った。
「「」申し訳ない」」
「ところでアウラ嬢、シャルロッテ殿の呪いは解けましたかな?」
あ、こいつテレを隠す為に、急遽話題を変えやがったな。
それはみんなが一番に知りたい情報でもあったからしかたがないか。
だが、アウラから返って来た答えははっきりしないものだった。
「言われた通りにやってはいるんですけどね、反応が返って来ないんです。もう少し時間をください」
反応が無いのでは、我々としても待つしかないだろうが・・・じれったいぜ。
しかし、今更なんだが、ポーリンの奴、たいしたもんだぜ。本来なら軍隊を一個師団ほど投入して対応する相手だぜ?こっちだって半数は失う覚悟でなんとかやっつけられるレベルの相手なのによ、一人で、それも一太刀で倒しちまうんだもんなぁ。
もっとも、あの竜王から貰った伝説級があったとしても、それを使いこなせているところからして尋常な事ではないんだがな。
ふと、右手で黒光りしている、俺の愛刀が目に入った。何気にこいつも、伝説級なんだよなぁ。思えば、俺達ってみんな普通じゃねーんだな。
「あ!」
突如、アウラが声を上げた。
「おい、どうした?変化あったんか?」
「まだ、何も変化はありませーん。でも、今聞こえました。アナ様の声が」
「ん?何も聞こえんぞ?」
「いえ、私の頭の中で聞こえたんですよお、今から力を送るって」
「力を?誰にだあ?」
まさにその時だった。周囲の空気がピリピリしてきたと思ったら、一気に気温が下がった感じがした。
「なんや?なんや?いきなり冬が来たんかあ?」
「さむう~い」
小娘達が騒ぎ出した。確かに周囲の気温が急に下がったみたいだ。微小な氷の粒のようなものが宙を舞っている?
次の瞬間だった。全身の鳥肌がぶわあ~っと立った。
「うわわわわ」思わず変な声が出てしまった。
その時だった。石像になったシャルロッテが光り始めた。そして、その光はどんどんと力を増していった。
やがて、その輝きは目も開けられない程にまで成長した。
上空では、ワイバーン達がなにやら騒ぎ出した。攻撃でもしてくるのだろうか?
そんな状態が十秒くらい続いただろうか。まばゆいばかりの光は次第にその光度を落として行った。
いったい何がおこってるんだ?
わかっている事はふたつだ。
ひとつは、シャルロッテの石像に変化が起こっている事。
もう一つは、今石像が発したまばゆいばかりの光りに、上空のワイバーンが気が付いたって事だ。
俺達が今しなくてはいけない事、それは降って来るであろうワイバーンの群れを撃退する事。取りこぼしは一切許されないぎりぎりのミッションだ。
生身に戻ったシャルロッテは、おそらくワイバーンの一撃には耐えられないだろうからな。百%完璧に撃退するしかない訳だ。
ちっ、こんな切羽詰まった状況なのに、何故かワクワクするのは山賊の血のせいか?
「野生のサルの血だろうよ」
ん?どこかから、とんでもねーセリフが聞こえた気がしたのだが?




