'36.帝国進行(11)
扉を開き、厨房から続いたやや薄暗い廊下を出ると、そこは天井が異常に高くやけにだだっ広い廊下だった。ここで運動会でもしようっていうんか?
あ、そうか。天井が高いのは俺達が刺激臭満載の煙を避ける為に四つん這いに近い姿勢をしているせいだった。
それにしても、なんなんだ?この異常に豪華で広い廊下は。
平然としているハンスに問いただした。「おい、こんなに幅が広い廊下、必要なんか?俺らの国の主だった国道ですらこんなにだだっ広くなんかねーぞ?」
だが、返って来た返事はそっけなかった。
「しらん。見栄を張りたいだけだろう。それよりもさっさと進むぞ」
そう言うと、道案内の兵士の後について歩いて行ってしまった。ちっ、面白みのねー奴だぜ。
置いて行かれても困るので、俺も低い姿勢を保ったままでみんなを追いかけた。
だが、低い姿勢を保ったままで早歩きをするのは、思ったよりもしんどいものだった。
背中は痛くなってくるし、太もももぱんぱんだ。前方を見るとこの廊下はまだまだ延々と続いているみたいでうんざりして来る。
だからと言って、あの刺激臭の中走るのは勘弁だ。
まだ地面に近い分だけ煙の影響は少なかったが、それでもあの形容しがたい臭いは付きまとっている。刺激臭がないだけましだと思わなければいけないんだろうな。
前方を見ると、アウラが走りながら頻繁に袖の臭いを嗅いでいるのに気が付いた。良く見ると、ポーリンもメイもしきりにくんくんしている。あんなのでも女性なんだと思うと少しおかしくなったが、内緒だ。もし言ったら何言われるかわからんからな。
延々と続く無人の廊下を疾走・・・というか、這っていると、さしもの巨大な神殿の様な皇帝の館でも無限の大きさではない事が証明される時がきた。正面に巨大な趣味の悪い装飾の巨大な扉が見えて来たからだ。
「やっとこの忌々しい廊下も終わりかよ」もう太腿がぷるぷるだぜ。
先頭の道案内をしてくれていた兵士が扉の前で立ち止まって、みんなに向き直った。
「皆様、足は大丈夫でしょうか?この扉の向こうは来賓用の食堂となります。おそらく近衛兵が居ると思われます。皆様の足の状態が宜しければ突入いたしますが?」
ポーリンの返事は早かった。
「行くでえっ!うちは若いから大丈夫やで、すぐ戦えるわ」
おい、高齢者の事も考えてくれや。みんながお前みたいに元気じゃねーんだぞ。
「私も大丈夫だ。直ぐに突入しようじゃないか。この程度の事で音を上げる奴なんか居るはずもないだろう」
ハンスの奴、やせ我慢しやがって、てめーだって足がふらふらなくせに・・・。
なんて思って居ると、ポーリンがいきなり扉に取り付き、全開に開いてしまった。
こうなったらもう突入しかねーじゃねーかよ。
俺は太ももをさすりながら、みんなに続いて食堂に突入・・・したとたん、目の前で立ち止まっていたメイにまともにぶつかってしまい、二人してもんどりうって食堂の床に転がってしまった。
頭を振りながら目を開けた俺は食堂の風景に絶句してしまった。
高価なテーブルに高価な椅子。高価なテーブルクロスに、高価な果物。光り輝くカトラリー。見た事も無いような名前も知らない豪華な食事。そんな風景を予想していた。
だが、目の前の風景は、少し、いやかなり違っていたと言うか「なんなんじゃーこりゃあああっ!!」
「ここ、食堂だよな。天井がなくて青空が見えてるってどういう事なんだあぁ?バーベキュー会場なんかあ?」
思わず叫んだ俺の叫びに被せて来たのはもちろんポーリンだ。
「突っ込む所は、そこやないやろー!なーんで、こないな所でワイバーンが一人で食事しとるん!おかしないか?」
そう、恐らく天井を崩しながら食堂に突入してきたのだろう。このワイバーンは。
それで、来たついでにここに居た近衛兵を手当たり次第に食しているところなのだろう。
食堂内は人の腰くらいまでの高さまで瓦礫で覆われていた。
気丈にも生き残った数人の近衛兵達が遠くから必死に矢を射かけているのだが、当然のようになんの意味も成しておらず、気持ちいい音と共に全てワイバーンの鱗に弾き返されているだけだった。
まあ彼らも職務規定上、無駄だとわかっていても、矢を射かけるしかないのだろう。職務怠慢で罰せられるのは嫌だろうからな。もっとも、それも生きていてなんぼのものだとおもうのだがなあ。
「おい、石像はどこに行けばよいのだ?」
さすがにワイバーンは見慣れたであろうハンスは、冷静に今後の行き先を聞いている。
「丁度ワイバーンの向こう側に扉がありまして、その先になります」
「そうか、ワイバーンが邪魔だって事だな。にしても、あの近衛兵・・・邪魔なんだがなあ」
そう独り言ちると、ハンスの野郎、自分の置かれている状況も忘れて近衛兵に声をかけやがった。
「おーい、近衛兵の諸君!このワイバーン邪魔だろう。なんならこちらで退治してあげても良いのだぞ。一旦矢を射るのを辞めてくれないだろうか?」
おい、オメー指名手配中なんだぞ、自分の置かれている状況わかっているんか?
俺の心配は有り難くない事に当たってしまった。
俺達がワイバーンより弱そうに見えたのだろうか?攻撃目標を俺達に変えた近衛兵達はこっちに向かって矢を打ってきやがったぜ。
「うーむ、もっと臨機応変に対応できない様では、戦場ではすぐに死んでしまうのだがなぁ」
自分に向かって矢が降り注ぐ中、なぜかハンスは腕組みをしたまま矢を避けようともせずに、何かを考えているのかぶつぶつ言っている。頭にでも一発当たらんもんかねー。少しは頭が良くなるかもしれないぞ。
「おかしらと一緒にしないでください」アウラに叱られてしまった。思っただけなのになんなんだ。
「ハンスさん、どうしますか?近衛兵、なんだか増えてきていますよ?」
「おお、そうだな。どうするかだが、あんなボンクラ達でも無駄な殺生は出来るならしたくないのだがな、あくまで死にたいのであれば協力をしてやらないではない」
「つまり、ワイバーンと一緒にやっちゃっても構わないと言う事ですね?」
「そういう事だ」そう言ってニヤリとほくそ笑むハンスは、限りなく悪人の顔をしていた。
「ポーリン君、近衛兵はいつでも潰せる。まずはワイバーンを片付けようではないか、君の得意技で・・・な」
「りょーかーい、いっちょやりますか」
嬉しそうに細身の剣、【竜王のレイピア】を抜いて立ち上がるポーリンだった。
近衛兵の攻撃はワイバーンとこちらに分かれた為一時やや弱まったように見えたが、その後続々と数を増して来たので飛んで来る矢の数はどんどん増えて来て居る。
ワイバーンの方は矢を射かけて来る近衛兵が気になる、いや、単に鬱陶しいのだろう。口から餌食にされた近衛兵の足をはみ出させたまま、しきりに近衛兵のいる方に向かって耳障りな咆哮をあげている。
おかげでこちらの正面には奴の大きなどてっぱらが無防備に曝されている。まさに絶好の攻撃チャンスだった。
ポーリンは、愛剣を正面に構え気を込め始めた。ややあって、その剣先がぽうっと光り出した。
その時だった。近衛兵の居る方に全力でちょっかいを出していたワイバーンがさっとこっちをむいたのだった。
「!!!」
やべー、なんだっていきなりこっちむくんだよお。
俺はとっさにワイバーンとポーリンの間に立ち塞がろうと、まだぷるぷるいっている太腿に喝を入れつつ立ち上がった。
当然俺の右手には先だって貰った愛剣、黒光りする【竜王の大剣】が握られていた。
だが、俺の見せ場は来なかった。
なぜなら立ち上った俺と剣を構えたままのポーリンの目の前には突然の轟音と激しい振動と視界を完全に塞ぐ規模の埃が舞い上がったのだ。
何が起こったのか分らず、みんな咄嗟に身を伏せた。
舞い上がる粉塵の為に視界は完全に塞がれてしまった。収まるまではなすすべはなかった。
やがて、もうもうと舞い上がった埃が収まると、あろうことかそこでは二頭のワイバーンが組んずほぐれずで戦っていたのだった。
もう、ビックリだ。恐らく、一匹目と同じに天井の大穴から飛び込んで来たのだろう。
近衛兵達も度肝を抜かれたのだろう。矢を射るのも忘れて立ち尽くしているのが見える。
度肝を抜かれたのは近衛兵だけではなかった。あのいつでも冷静なハンスですら腰を抜かして尻餅をついたまま、呆然と成り行きをみているのだった。
「二匹も来やがったのか。よりにもよって俺達の目の前に来るとは・・・」
「ムスケル!貴様の不幸体質が呼んだんじゃないのか?」
よりによって何てこと言い出すんだこいつは。
「俺の訳ねーだろうがよ!それにな俺が不幸体質なんじゃねー。あいつが、あの小娘が不幸を運んで来るだけなんだよ!」
「あの小娘?ああ、シャルロッテ嬢の事か。ふっ、彼女は天使ではあっても不幸を運ぶ存在ではない。それは断言出来る」
こいつ、本気で言ってるんか?誰がどう見たって、あいつが疫病神で間違いはねーだろうによ。人を見る目がねーのって悲しいなぁ。
おい、アウラ。なんで俺をにらんでる?訳が分らんぞ。
ただ一つ分かっているのは、このままではだめだって事だ。
「おい、ポーリン。さっさと二匹ともやっちゃえよ。このままじゃあ、建物もたまったもんじゃねーぞ」
ハッと我に返ったポーリンは再び剣を前に構え、目の前で組んずほぐれずで暴れている二頭のワイバーンに向かって気を込め始めた。
剣の切っ先がぽうっと光り出した瞬間、又だ。又だよ。二頭のワイバーンがさっとこっちを向いたのだ。
どういう事なんだ?あいつらにはポーリンの攻撃が分かるのか?気配か何かを察知するってでも言うのかよ。そんなに繊細には見えんが・・・。
今度こそ、俺は俺の相棒、【竜王の大剣】を握りしめ、目の前のやや大ぶりのワイバーンに突撃を敢行した。
視界の端には、もう一匹のワイバーンに奴の【竜王の大剣】を振りかざして突撃をかけるハンスの姿がちらっと見えた。
うむ、これでこの場は収まったな。そう思った時だった。鳴りを潜めていた近衛兵達が再び矢を放ち始めたのだ。
矢は俺とハンスの周りに集中して飛んで来ていた。
あの野郎ども、同じ人間のくせにワイバーンに肩入れするつもりなのか?なんて奴らだ。
だが、さすがに両方を相手にはしていられない。
俺はワイバーンを盾にする事にして近衛兵の居ない方に回り込んだ。
足元は壊された建物の瓦礫で移動しにくかったが、俺にかかればなんでもねーぜ。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるように奴に近寄って行く。
ハンスも同じ事を考えたのだろう。俺と同じようにワイバーンを盾にするように移動している。
よし、いける!
このまま一気に決めるぜ。そう思った瞬間、集中が途切れたんだと思う。一瞬視線を切ってしまった。
切った視線は、天井にあいた巨大な穴を見ていた。
本当に一瞬だった。それなのに、俺の目はしっかりと捉えていた。
上空を優雅に舞うワイバーンの群れを。




