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俺はムスケル、不幸を纏う漢  作者: 黒みゆき


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35.帝国進行(10)

「なぁ、ハンスはん?リュウオウソウって何なん?うち、聞ぃた事おまへんわ」

 ポーリンの疑問はもっともだ。俺だって聞いたの初めてだぞ。なんでアドはそんなもん知ってるんだ?

「いや、私も知らなかったのだが、ハリーは知っていたようだな。いったい何の草なのだ?そもそも草なんだよな?」

 みんなで首をかしげていると、不意に聞きなれない声が答えを教えてくれた。

「リュウオウソウは、非常に高価で希少な香辛料なのですよ」

 みんな一斉に声のしたドアの方に振り返った。

 するとドアの影から年の頃三十くらいの男性が姿を現した。

 ん?どこかで見た事が・・・?


「遅くなりました閣下」

 深々と礼をするその男、ハンスことハイデン・ハイン将軍直属の情報部部長長のアルバート・ベルだった。

 しばらく姿を見なかったのだが、どうやら追い付いて来たみたいだ。

「アル、おぬしマイクと共に我が領地に行ったのではなかったのか?」

「ふふふ、時間外労働ですよ。我々情報部の人間は領地へ行っても何の役にも立ちませんって、ここの様に乱れた場所でこそ能力が発揮できるのですよ。それに、マイク様には有給申請を出して来ましたので、今は公務ではなく私的な時間なのでありますww」

「まったく、おぬしときたら本当に仕事バカとは良く言ったものだぞ。で?ただ遊んでいた訳じゃああるまい?」

 アルバートは胸を張って答えた「もちろんで御座います。閣下が知りたいであろう情報はほぼ押さえてありますぞ」

「頼もしいな。では、さっそく報告をしてもらおうか?」

「ははっ、まずリュウオウソウとは・・・ですな。それは非常に希少な植物で、おもに香辛料として貴族の間で高価で取引をされております。王宮地下の食糧倉庫には大量に備蓄が御座います。ただ、馬車で一台もはありませんが、ひと抱え以上の量はありましたな」

「ほうほう、なるほどな。だが、何でおぬしはそんな事を調べていたんだ?」

「ふふふ、先だってアド殿にお会いした時に、リュウオウソウがどこかに無いかと聞かれましたので、何かお役に立てるかと調べておいたのです」

「さすがだな。もちろん、量を調べただけではないのだろう?」

「はい、もちろん侵入経路も押さえてありますとも。今は部下が張り付いております。ご命令がありましたら、いつでも放火できますぞ」

「大丈夫なのか?あそこは近衛兵が大勢護っているだろうに」

「閣下?我々を舐めないで頂きたい。あんなぼんくらな坊ちゃんどもに後れをとるようでは、閣下の元で諜報部をやってはいられませんぞ」

「うむ、そうであったな、失礼をした」

 久々に見たぞ、ハンスの嬉しそうな顔。


「それでだな。おぬしは何故今この状況でわざわざリュウオウソウを燃やさねばならないのか、その訳を聞いていたりはせんのか?」

「リュウオウソウは香辛料の他に別の一面を持っているのです。あの草は癖が強くて直接火にくべると、物凄い刺激性の煙を出すそうなのですよ。それなので、調理する際には注意が必要だとか。地下でリュウオウソウを燃やしてやれば、目も開けられない強い刺激性の煙が王宮内に充満します。近衛兵がどれだけ集まって来ても何の役にも立たないでしょうな」


「なあ、近衛兵ってぼんくらなんか?」こそっとポーリンがアウラに聞いたのだが、耳ざとく聞きつけたハンスがその問いに答えた。

「近衛兵というのはな、いいとこの坊ちゃんの集まりなんだよ」

「ええとこって、貴族って事なん?」

「うむ、それも上級貴族の子弟でないと近衛兵にはなれんのだ」

「へぇ、能力でなく血統でなるんだ。それじゃあボンクラやねぇww」

「うむ、近衛兵などと言うものは普段はただ黙って立っていれさえいればいいので誰でも出来るのだよ。だから非常時には右往左往するだけで、なんの役にもたたんだろうさ。それよりも、アル?あんなボンクラ相手にそんな面倒な事なんかせんでも強行突破でいいのではないのかね?」

「実は、本当の目的は他にあるのですよ。私もビックリしたのですが、燃やした時に出る刺激性の煙なのですが、実はワイバーンの好物なのだそうですよ」

「ワイバーンのだと?どういう事だ?意味がわからんぞ?」

「ワイバーンの嗅覚は人の数千倍以上あるのうなのですよ。帝都でリュウオウソウを燃やせば、何匹かは気がついてやってくるはずだそうです」

「そんなに凄い臭いなのか。そんな煙の充満している中に入って行って大丈夫なのか?ムスケル以外はダメージを受けるんじゃないのか?」

「なんだとおっ!!」失礼な奴だぜ。

「それなのですが、濡らした布で口と鼻を覆えば大丈夫だそうです。後、煙は上に登るので姿勢を低くして進めば煙を吸わなくて済むそうです」

「なるほど。それはわかった。わかったのだが、わざわざワイバーンを呼んでしまっていいものなのか?領民に被害が出てしまうではないか。賢者殿を疑うつもりはないのだが彼女のの策とは思えぬ愚策にも思えるのだが?」

「アド殿の仰るには、どうせ遅かれ早かれ出て来るのであるなら、帝都に限定で来て貰おうじゃないかと」

「確かに帝都内は大混乱になるだろう。だが帝都には一般の領民も住んでおるだろう、住んでいる領民に大きな被害が出てしまうではないのか?」

「その点はご心配なく。今配下の者達が手分けして帝都に住んで居る一般の領民たちに避難を呼び掛けておりますれば、残るのは高級貴族くらいなものでしょう」

「そうなのだな。高級貴族など滅んでも一向にかまわないな」

「帝都は壊滅的な被害を受けるかもしれませんが、皆様がいらっしゃれば出て来たワイバーンの掃討など簡単だろうとの事でした」

「そうだな、このままもたもたしていて、もっとへんな奴が出て来たらシャレにならん。今は一刻も早い結界の修復に邁進すべきであろうな」

「その通りでございます」


 その時だった、アルと同じ制服を来た若者が部屋に入って来た。

「隊長!そろそろ陽動部隊が突入を、あ、閣下!」

 恐らく情報部部長長アルバート・ベルの配下の兵なのだろう。入って来て報告を始めたとたん帝国最高の将軍であり自分達がお仕えするハイデン・ハイン将軍の存在に気が付いて、直立不動になってしまった。

「ははは、そんなにしゃちほこばるなよ。もう私は将軍を辞めたのだ。おぬしたちと同列なのだよ。それで?そろそろ陽動作戦が始まるのだな?」

「あ ええ そう そうであります。それで、取り急ぎ報告にと・・・」

 まだ、パニクッているようで見ていて面白かったのだが、それは言わぬが花だな。

「アル、こちらも動こうではないか」

「はっ、了解です。おい、所定の行動に移るように放火班に伝達せよ」

 情報部部隊長、すなわち直属の上司であるアルに命じられると、その若い兵士は弾かれるように部屋を飛び出して行った。

 その際、ハンスは短く一言命令を追加していた。


「必ず帰って来い」


 ハンスの短い命令には、これもボソッと短いコメントが付いて来た。

「こういう配慮が出来るから、人心を掴む事が出来るのね」

 俺の方をジト目で見ながら発したアウラの呟きだった。


 ちっ、思いやりだったら俺だって負けちゃねーっての。勝ってはいねーけどな。

 だけど、これを口に出すと又なに言われるかわかったもんじゃねーから、思っても言わねーがな。


「さて、では我々も動きますかな。アル、石像までの道案内は任せるぞ」

 立ち上がって黒光りする大剣を握りしめたハンスは、大股で部屋を出て行った。

「はっ、お任せを」

 アルは、飼い主を追う子犬のように、小走りでハンスの後を追って部屋を出て行った。


 あっけに取られたようにその様子を見ていた俺達だけが部屋に取り残されていたが、ハッと気付いたアウラが最初に部屋から駆け出して行った。もちろん俺達もそれに続いた。

「置いていかれちゃうっ!」

 階下にはもう誰も居なく、がらんとしていた。

 店を出ると、ハンスたちが帝都の正面の門に向かって歩いて行く所が遠目に見えたので、俺達も大急ぎでその後を追って駆けて行ったのだが、門をくぐっても警備の兵の姿は見えなかったので、すんなり帝都の中に入れた。

「おい、領民の姿がないのはいいんだが、警備兵もおらんぞ、奴らどこへ行ったんだ?まあ居ない方が面倒無くていいんだがな」

 誰に言うでもなく呟いたのだが、それに応えたのはいつも静かなメイだった。

「さっき話していたでしょ?王宮の護りに引っ込んだのよ。知らないけど」

「おう、そうか。そうだったな・・・」

 なんだ?何か機嫌悪いのか?俺、なにかしたか?なんにもしてねーぞ?


 なんだかんだで、もやもやしながら走って居ると、ハンス達は中央の広場を突っ切ると、更に奥の方へ走って行く。

 そうだよな、王宮があるのは一番奥だよな。

 しばらく走ると、再び背の高い巨大な壁が見えて来た。

「なんだよ、帝都の外周の壁とあまり変わらねー壁じゃねーかよ。なんて金の無駄遣いしてやがんだ?」


 ハンス達は正面に見えて来た巨大な門をくぐって巨大な壁の中に入って行った。

 さすがに、入る時に多少揉めたのだろう。数人の門番が顔面に入場料を貰ったみたいで血だらけで転がっていた。

 壁の中は、明らかに住んで居る人種が違う事がわかる豪華な邸宅群が姿を現した。

 一軒一軒の大きさが半端ないのは勿論だが、その豪華な門と森と見間違える様な広大な庭には思わずため息が出てしまった。


 ハンス達は、そんな豪華な家並みが連なる広い石畳の道を更に奥に向かって駆けて行っている。

 いったいどれだけ走ったのだろう。いいかげん疲れて来た頃、立ち止まっているハンス達に追い付いた。

「おい、なんでこんな所で・・・うっ、なんだ目が痛てー。それに、なんだこの形容しがたい臭いは!」

 それだけでなく、喉が咽(むせ)り出した。うううう~ごほごほごほ、咳が止まらんぞ、まさか、これが例の香辛料の煙なのか?煙なんて見えねーぞ?

 その時やっと気が付いた。みんなしゃがんで鼻と口を布で覆っていやがる。ぼーぜんと立っているのは俺だけじゃねーかよ。

 俺もみんなを真似て姿勢を低くした。確かに姿勢を低くすると目の痛みも大した事はねーな。情報通りってことか。

 問題はどこからこの臭いが来たのかって事だが、ん?アルの部下が一軒の大邸宅の脇の路地から出て来たぞ。

「閣下、こちらです。さ、お早く」

 そう言うと、今来た路地に引っ込んで行った。

 我々は黙ってその後に続いて行った。案内の兵は路地の奥にある通用口の前で立ち止まりノックを三回、さらに二回、そして一回するとドアがすっと内に開いた。

 そこには同じ制服を着た兵士が待っていた。

「ここは宮廷の総料理長の屋敷になります」その兵士は説明する。

「総料理長風情がこんな大邸宅に住めるんか?」

 俺の疑問にはハンスが答えた。

「王宮の食を預かる責任者だからな、下界の者とは接触しないようにここで軟禁されているんだ。家族は・・・いわば人質だな」

「偉くはなりたくねーもんだな」思わず独り言ちた。

 

 一向は屋敷の裏口から屋敷に侵入した。屋敷中は物凄い刺激臭で充満していたが、不思議な事に人の気配はなかった。

「非常時には王宮に逃げ込むように指示が出ているんです」アルの部下の一人が説明してくれた。

 その後、地下に続く階段を駆け下りて行くと、長い廊下に出た。

「この廊下はこのまま王宮の地下にある厨房に続いております。料理長一族はこの先で保護しております」

 所々に油灯はあるが基本薄暗い廊下を走って行くが、姿勢をかがめて鼻には濡らした布を当てながらではあまり早くは走れず、なによりも息苦しかった。

 やがて、正面には立派な扉が見えて来た。

 扉を開けると、そこは巨大な倉庫だった。見渡す限り棚で埋め尽くされており、その全ての棚には食材が種類ごとに纏められていた。

 俺達はその棚の間にある通路をひた走った。

 やがて、正面には簡素な扉が見えて来た。隙間から光が漏れている。扉の向こうはおそらく明るいのだろう。

 扉を開けると、そこは厨房だった。思った通りそこは明るかった。

 テーブルの上には調理途中であろう食材で溢れていた。

「右の扉の奥に料理長達には避難してもらっています。リュウオウソウはもう一つの倉庫にありましたので、そちらで燃やしております。我々は、その左にある扉から宮廷内に入ります」

 確かに右奥の扉の前には兵士が二人警備していた。俺達が向かう宮廷へと続くであろう扉の前にも兵士が五人張り付いていた。

 扉を開けるとそこはゆるく長いスロープになっていた。

 スロープの先には再び扉が待っていた。

「ここから宮廷になります、では行きます」

 案内の兵士に続いて俺達も宮廷内に雪崩れ込んだ。


 だが、ここからがまた長い道のりだった。

 いったい王宮ってやつはどんだけでかいんだ?金の無駄遣いでしかねーだろうが。


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