34.帝国進行(9)
俺はふと窓から眼下に広がるスラムの街と言うか集落を呆然と見下ろしていた。
なんで、俺はこんな所にいるんだ?自由に野山を駆け巡っていたあの日々はどこに行ってしまったんだ?
それもこれも、あの小娘、シャルロッテに関わってからおかしくなっちまったんだ。
俺にとっての本当の疫病神は聖女のねーちゃんでなくて、あいつなんじゃねーのか?ああ、そう言えばあいつも聖女の仲間だったか。
そんなことを考えていたら、知らず知らずの内に大きなため息を吐いて居たらしい。アウラが傍にやってきて背中にそっと手を当てて話し掛けて来た。
「おかしら?後悔しています?」
「な 何言ってんだっ!」思わず声を張り上げてしまった。
「だって、珍しく大きなため息を吐いて居るんですもの」
ちっ、聞かれていたんか。相変わらず地獄耳だぜ。
「なんでもねーよ。ちょっと暴れたりねーなあって思っていただけだ。変に深読みすんじゃねーよ」
突如、核心を突かれたので、照れも相まって突き放したような話し方になってしまったが、アウラはそんなこと全く気にしていないようだった。
「もうすぐ嫌でも大暴れ出来ますよ。ほら、ハリーさんが情報を持って上がって来たんじゃないですか?」
ドアの方を見やると、確かに誰かが足早に階段を登って来る音が聞こえた。
そして、息を切らしたハリー氏が部屋に飛び込んで来た。
「閣下っ、お待たせ致しました。皆からの情報を総合すると驚くべき状況がわかりました。ちなみにですが、シャルロッテ様はうら若き美少女で現在は石にされている、で間違いは御座いませんね?」
「美少女かどうかは、個人の判断基準によるが、確かに若い少女で今現在は石にされておるぞ」
「やはり・・・間違いはないようですね。シャルロッテ様は確かに王宮に持ち込まれております」
「ほんで、どこに置かれとるん?壊されたりなんかしとらへんわよね?」
食い気味のポーリンにタジタジになりつつもハリー氏は言葉を続けた。
「えーとですねぇ、実は・・・・ええっと。シャルロッテ嬢の石像は・・・」
「石像は?」
「経緯は不明なのですが、その・・・現在置かれているのは・・・、男性用のですね、そのお、大変言いにくいのですが・・その、男性用の御不浄内に置かれているとの事なのであります」
室内は、暫しの静寂に包まれる事となった。
「御不浄・・・だと?」俺は絞り出すように、それだけ言うのが精一杯だった。
「なんや?ごふじょうやて?」ポーリンも、意味が分からないと言う顔だったが、彼女の疑問とする所は、そもそもの話し御不浄の意味がわからないようだった。
そんなポーリンにそっと援護射撃をしたのはアウラだった。
「ポーリン?御不浄って言うのはね、おしっこをする所よ」
それを聞いたポーリンは顔が真っ赤になってしまい、それを見ていたメイは、笑いを堪えるのに必死だった。
「その情報の確実性はどんなものなのだ?」ハンスは、全く動揺したふうもなく、冷静に聞いている。可愛くねー、少しは驚けよー。
「はい、目撃者も何人もおり、実際に御不浄内で石像を見た人からの話を聞いた者も少なからず居る事からも確実ではないかと存じます」
「そうか、確実か。それで、石像が置かれているのはどこの御不浄なのか判明しておるのか?」
「はい、それは確証がとれております。二階中央にある貴賓室専用の御不浄内で間違いないかと」
それを聞いたハンスの表情が一瞬曇ったような気がしたので、俺は奴に聞いてみた。
「それって、なんかまずい場所なんか?」
ハンスは難しい顔のまま俺を見ると、再び視線をテーブルの上に落とし、ぼそぼそと話し出した。
「あそこはな、来賓の為の区画なのだ。テロから来賓を護る為に壁も簡単に崩せない造りになっていてな、進入路も限られている。あそこに行くには何重もの警備を掻い潜らないとならんのだ」
「それって、俺達の戦力では難しいと?」
「過去にな、非常時に備える訓練としてレッドショルダー一個中隊で突破を試みた事があったのだ」
「それで?」俺は身を乗り出すようにして続きを促した。
だが、肩をすくめた奴から発せられた答えは、俺の想像とは違って居た。
「損害率八十パーセントの判定をされ、全行程の三分の一を進んだ所で訓練は終了となったのだ」
「あの、レッドショルダーですら突破できんかったのか・・・」
「なんや、そらまるで要塞みたいやなー」
ポーリンの呟きに、みんなうんうんと同意の意思表示をしている。
そりゃそうだろう。あの帝国一と言われるエリート集団のレッドショルダーですら突破できんとは、絶望するしかないだろうよ。
「外部からの攻撃を受けた時、王宮内の護りはどうなるんだ?みんな対応の為に持ち場を離れたりするんか?」
「いや、来賓区画の奥には皇帝の御住いがあるのだ。守備隊は死んでも持ち場を動かないよう訓練されている。それどころか、集まれるだけの増援が来賓区画に雪崩れ込んで来るだろう」
「ほなら、なんぼ陽動部隊が外から攻撃を仕掛けてもだめなんちゃうんか?」
ポーリンの悲鳴に近い叫びが部屋に響いた。
折角ここまで来たのだが、これでは手の打ちどころが無い訳だな。ここは大人しく撤収するしかないだろう。
誰も発言が出来ずに下を向いてしまって居る。完全に手詰まり状態って事だな。
「あのアドですら予測出来なかったって事だろう?こうなったら、ここは大人しく・・・」
俺が、そう提案しようとした時だった。アウラがハンスの前に進み出た。
「ハンスさん、アドちゃんから、万が一手詰まりになったら、これを読むようにと渡されていたんです」
その時ハンスの目の前に差し出されたアウラの右手には小さな紙切れが握りしめられていた。
「賢者殿が?」
ハンスは驚きの表情のまま、その紙切れをうやうやしく受け取り、そっと開いてみた。
「おいっ、何て書いてあるんだ?さっさと帰って来いとか書いてあるんじゃねーのか?」
俺は嫌味っぽく言ったのだが、奴の耳には全く届いていないようで、その小さな紙切れを凝視したまま動かなかった。
「おいっ、アウラ。何が書いてあったんだよ?」じれったくなった俺はアウラに聞いたのだが、アウラの耳にも俺の声は届いていないようだった。
部屋にいる全員の注目を一身に集めた奴は、まるでうわごとを言うかのようにぶつぶつと呟いている。
「こ このような事態まで想定されているとは・・・。信じられない。」
「おい、何が書いてあんだよ!もったいぶらねーで教えろよ」
暫く紙切れを凝視したハンスが、おもむろに顔を上げた。そして、声を掛けた相手は俺でもなく、ポーリンでもなく、ハリーだった。
「ハリー君、今直ぐにリュウオウソウと言う草を入手できるかね?出来れば、馬車一台分くらいあると良いのだが」
「リュウオウソウ?なんやそれ。うち、聞いた事あらへんわ」
「私も初めて聞きましたわ」
ポーリンとアウラがこそこそと話しているが、俺も聞いた事がねーなぁ。何で今そんな草が必要なんだ?
突然の無理難題に、暫く考え込んでいたハリー氏は、ハッとしたように顔を上げるとポンと手を打った。
「ありますぞ、閣下。ここにはありませんが、確か王宮の厨房の地下倉庫にあったかと。馬車一台分あるかは不明ですが。にしても、こんな時に一体どうするおつもりなのでしょうか?」
「せやせや、うちらも知りたいでぇ」ポーリンは目をキラキラ輝かせてハンスに迫る勢いだ。
「王宮の厨房の地下倉庫だな、丁度いい。賢者殿からの御指示にはな、王宮に侵入が難しい場合には、リュウオウソウなるものを探しだして、盛大に燃やせ とあるのだ」
ふむ、あいつの指示だって言うんなら、従うのもやぶさかではないか。
「ほんで、ほんで、そのリュウオウソウなるものを燃やすとどうなるん?」ポーリンの質問はもっともなのだが、奴は困ったように答えた。
「いやぁ、それなんだが、詳しい事は書いておらんのだよ。まぁ、あの賢者殿が言うのだからここは従うべきだろうなと」
「なるほど・・・そうなんや」ポーリンも腑に落ちないようなかんじだ。
「そ それでは、自分は厨房の地下倉庫に潜入する為の準備をして参りますので、暫しお待ちを」
そう言うと、ハリー氏は部屋を出ると、階段を物凄い音をたてて下って行った。
さあ、いよいよ王宮だな。はたして、どんな結末を迎えるんだかだな。楽しみだぜ。




