33.帝国進行(8)
やべー!見つかっちまった。囮部隊より先に見つかっちゃあ駄目だろうが。洒落にならんぞ。
折角の作戦が台無しじゃーねーかよ。どうする?どーしたらいい?
俺達に気付いたのは、五人の兵隊だった。おそらく城門の周りを警戒していたんだろう。
周囲を見回すが、帝国兵達は、まだこちらに気づいてはいない様だった。こいつら始末して、さっさとずらかるか?
それしか方法はない様だ。可哀想だがここで死んでもらう。
俺はそっと肩に乗せていた大剣を肩から降ろした。
こいつらに恨みはねーが、見付かっちまったんだ、やむを得まい。ここで俺達に出会っちまった己の不幸を呪うんだな。
さあ、やるぞ。一気に決めて、とんずらだ。
俺は、手にした大剣に神経を集中した。そして・・・今まさに大剣を横に薙ぎ払おうとしたその瞬間だった。
「御屋形様?御屋形様ではないですか!?やはりそうだ、間違いない御屋形様だ。どうしてこの様な所に?」そう叫ぶこの兵士の声に驚いたのは、俺だけじゃねーはずだ。
御屋形様・・・だと?どういう事だ?俺は無意識にハンスを見ていた。ハンスも驚いてはいたのだろうが、語りかけて来た兵士に向かって落ち着いて口を開いた。
「貴殿は?」
嬉しそうなその兵士は、すぐに直立不動になり答えた。
「自分はドレンシュタインフルトの出身のハリー・デービスであります。今は一年間の帝都防衛任務の為派遣されて来ております」
「おう、我が領の者であったか。ムスケル、この者達は我が領地の者達よ、敵ではないぞ。我が国では、帝都防衛のための兵を各領主が共同で担っておるのだ」
郷土の兵に会えてよほど嬉しかったのか、奴にしては声が弾んでいる。
「しかし、帝都内の勤務ではなかったのか?なぜこの様なところで?」
すると、ハリー氏の後ろにいた兵士が小声で囁いた。
「ハリー、ここでの長話しはまずい、場所を変えて・・・な?」
「確かにそうだな。閣下、ここでは目立ち過ぎます。詳しい話はのちほど、今は取り急ぎ姿を隠しましょう」
「ほう、貴殿たちは状況を知っておるのだな」
「ええ、取り敢えず安全な場所にご案内いたしますので、付いて来て下さい」
そう言うと、周囲に気を配りながら歩き出した。他の兵士はやはり周囲を警戒しながら我々の後ろから付いて来ている。
罠じゃねーだろうな。俺はポーリンに目くばせをしたが、彼女も怪しんでいるようですぐに頷いてきた。もちろん剣に手を掛けたままだ。
一行は付近にあった小さめの集落に入って行った。
「ここは?」周囲を見回しながら、ハンスが訝しそうに問う。
「ここは、いわゆるスラムのような集落になります。食っていけない連中が肩を寄せあいながら暮らしております」
「それは見たらなんとなく想像は出来るが、大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。普段から我々は生活の支援をしてやってるのです。ですからここの住民は我々には友好的です」
だからか、さっきからすれ違う人や路地で座り込んでいる人が、みな俺達が通ると頭を下げて会釈していたが、そういう事だったか。だがな・・・。
ちょっと意地悪かとも思ったのだが、俺は言ってやった。
「だがな、俺達の情報を売れば金になると知ったら、裏切る奴はきっと出て来るぞ。人間なんてそんなもんだよ、ここも早々に撤退するべきだ」
「まあまあ、状況を聞く間くらいはいいだろう?我々なら逃げるのは容易いのではないか?それとも、自信ないのか?」
こいつ・・・ひと言多いんだよ。
「ふ ふんっ、俺に怖いもんなんてねー」
やがて、ハリー氏は一軒の呑み屋のような建物の前で立ち止まり、おもむろにドアを開けた。
「おやぢ、二階借りるぞ」
そう言うと、俺達を手招きしてさっさと二階への階段を登って行った。
俺達はお互いに顔を見合わせたが、仕方が無いと肩をすぼませると、ハリー氏の後に続いた。
後ろを振り向くと、残りの三人はドアの周囲と窓の脇に立って外を窺っている。良く訓練されているな。
ん?三人だと?俺は咄嗟に腰の剣を抜くとドアの所の奴に詰め寄った。
「おいっ、もう一人居ただろう、あいつはどこに行った?俺達の事を報告に行ったんじゃねーのか?」
するとその兵士は全身で否定を表すように、両手を横に振りながら涙声で言った。
「と とんでもないっ!あいつは自分達の仲間に集合を掛けに行ったのです。自分達は閣下を裏切る事は絶対にありません。みんな、心から慕っているのですから」
「ふふふ、慕われておるんやなあ。誰ぞさんとはずいぶんとちゃうんやなぁww」
「うるせーっ!!」
俺はダンダンと音を立てて階段を登って行った。ちっ、面白くねー!
後ろでポーリンの声が聞こえて、さらにむかむかしてきた。
「ごめんなー、ああ見えてまだ子供なんよ。許したってやあ」
二階の小部屋に入るとハリー氏はくるりと振り返った。
その部屋は窓が一つあり大きさは六畳程度の小部屋で、部屋の中には小さなテーブルが一つと粗末な椅子が二脚あるだけだった。
椅子には元将軍のハイデン・ハイン(ハンス)が座り、その正面には帝都警備に派遣されて来ていたハリー氏が直立不動の姿勢で立ったまま話し始めた。
「閣下、どういう事なのですか?何で帝国に反旗を翻したのです?我々帝都に派遣されて来た者達は反逆者の部下だとして帝都から追い出されて周辺の警備をするはめになってしまったのですよ」
「だから、あんな城壁の外にいたのだな?」
「ええ、そうです。帝都内の宿舎も追われ、少人数づつ周囲の集落で寝泊りをしている始末です。我々の事はどうでもいいのです。なんで閣下が、帝国を支えていた閣下が反逆者になって国から追われる事になってしまったのです?」
「貴殿達はそう知らされているのか?」
「そうです。帝国に反旗を翻した閣下がレッドショルダーを連れて新大陸で新たな国家を造ろうとしていると。それを阻止する為に皇帝の命を受けてハーマン・ロング将軍が後を追ったものの破れて逃げ帰って来たと。さらにワイバーンや異形のバケモノも味方に付けて帝都に侵攻してきたと。違うのですか?」
我々は、みな顔を見合わせて、肩をすぼめてしまった。そんな事になっているのか。それじゃあ、話し合いで石にされたシャルロッテを取り戻すのは絶望的じゃあないか。
ハンスは天井を見上げて大きなため息を吐いて居る。
「もう、なんと言ったらいいのかわからん。貴殿達には辛い思いをさせてしまい申し訳なかった」
そう言うとハンスは両膝に両手をつき、大きく頭を下げた。
慌てたのはハリー氏だった。
「そ そんなっ、閣下頭をお上げ下さい。お願いですからぁ」
完全に動揺してしまって居るすがたが、どこか可笑しかった。
「どこから突っ込んでいいやらなのだが、私は反旗を翻してなんかいないし、新国家を立ち上げようなんて思っても居ない。ましてや、帝国に侵攻するだなんて・・・」
「それじゃあ・・・」
「そんなデマが信じられてしまうとは、私は今まで何をして来たのだろうか。忸怩たる思いだ」
ハリー氏の顔にぱああっと朱がさしたように見えたくらい嬉しそうだった。
「私は、新大陸の調査に赴いただけだ。そうしたらな、後からハーマン・ロングがやってきて、我々は攻撃されて散り散りになってしまってな、ここにいるポーリン嬢達に助けられたのだよ」
おいっ!俺は二の次かよ。
「そうだったのですね。では、全てハーマン将軍の自作自演だったと。でしたら、戻って来られたのは侵攻ではなく、皇帝陛下に無実を上奏する為ですか?」
「いや、事態はそんな悠長な事を言っている状況ではなくなったのだ。実は新大陸には竜王殿が創られた結界があって異形の物を閉じ込めていたのだが、今その結界に綻びが生じてしまっていてな、このまま放置しているとワイバーンやもっと恐ろしい異形のバケモノが流出して来る危険な状況なのだ」
「なんと、ワイバーンよりも恐ろしい・・・ですか?本当にそんな物が存在するのですか?」
「ああ、私も見てはいないのだが、存在するらしい」
「では、急いでその結界とやらを修復しなければ帝国にも被害が出てしまうのでは?」
そこで怖い表情のポーリンが会話に割り込んで来た。
「なに、ノー天気な事言うてんのよ!あんった、頭の中お花畑なん?ワイバーン一匹出て来ただけで人間界は壊滅するんよ?被害とか言うてる状況とちゃうん分かってる?」
「いや、あなたは知らないだろうが帝国には大陸一強力な軍隊が存在しているのです、多少被害は出るかもしれませんが、たとえどんなバケモノが出て来たとしても、あっという間に退治されるはずです。そうですよね、閣下」
だが、ハンスは黙ったままハリー氏を見つめるだけだった。
次第に不安になって来たハリーは周りを見回すが、誰も一言も発しなかった。
やがて、ハンスが重い口を開いた。
「ワイバーン一匹なら、私が百人も居ればなんとかなるかもしれん。だがな、もしダークエンジェルやらそれ以上の存在のモノが出て来たら、私が一万人居ても敵わんだろう」
「ダーク・・・」 ハリー氏はこれ以上ない程の驚愕の表情で固まってしまった。
「帝国最後の日が来たって事だ」
とうとうハリーは腰を抜かして床にへたり込んでしまった。
「ハンスさん、あまり脅かしたら可哀想ですよwwハリーさん、私達はその結界を一刻も早く修復する為に危険を冒してここまで来たのですよ」
アウラが涙目になっているハリー氏に、優しく諭すように話し掛けた。
「そ そんな方法があるので?」
藁にも縋る様なハリー氏の表情だ。
「一人だけ結界を修復できる人がいるのよ」
「でしたら、そうなのでしたらなんでバケモノが出て来る前にさっさと修復をしてくれないのですか?」
「そうしたいのですけどね、唯一結界を修復出来る人をあのバカ将軍に攫われてしまったの。それで、私達が取り戻す為にここまで来たって訳なの。ご理解出来ましたでしょうか?」
「そ そうだったのですね。その方が帝都にいらっしゃると言う事で理解して宜しいので?」
「うん、正解。今直ぐにでも彼女の元に行きたいのよ。協力して頂けますよね?」
「ええ、ええ、ええ、何でもします。なんでも言いつけて下さい!」
アウラの手を握りしめたハリー氏は首がもげそうな勢いで頭を上下させている。
「では、その方はシャルロッテ様と言います。何か情報を掴んでいますか?こちらの調べでは王宮に運び込まれた所迄は把握しているのですが」
「運び込まれた? 物なのですか?」
「ああ、言い忘れてましたね、シャルロッテ様はダークエンジェルによって石にされているのですよ」
「なんてこった。石にされてしまったのでは、もうどうしようもないじゃないですか」
再び泣きそうになっているハリー氏だが、そんな事にかまっている場合じゃなかった。
「大丈夫、生身の身体に戻す秘策を預かって来ているので、何も問題はありません」
「ああ、そうなのですね。あ、いいタイミングですね、王都に派遣されている仲間が下に集まって来たようです。どれ、私が行って情報を集約して参りましょう。閣下たちは目立つといけないので、こちらでお待ち下さい」
そう言うとハリー氏は立ち上がると一階に駆け降りて行った。
その後、彼からもたらされた情報に、我々全員が度肝を抜かれる事となるのだった。




