31.帝国進行(6)
何でこうなった?
あの聖女であるアナスタシアが、どうやったものかアドに降臨?したせいで、帝国の将軍であるハンスが、将軍を辞めて俺達と共に帝都を目指すと言い出した。
将軍が、それも帝国を代表する大将軍が山賊の仲間入りをして帝都を襲撃しようなどと、前代未聞だぞ。
それなのに、誰もその事に異議を挟まないとはどういう事だ?あ、もっとも奴の副官であるマイクは将軍職を押し付けられて目を白黒させていたのだが・・・。
取り敢えず、俺達は補給部隊が避難しているはずの場所に向かい、合流してはみたのだが、どうなってやがるんだ?別れた時には百名にも満たなかったはずの少数の補給部隊が、いつの間にか辺り一面を埋め尽くす程の大部隊になっているではないか。
「どうなってやがる?この人数はどこから湧いてきやがった?」
俺の口は驚きとも呆れともとれない言葉を吐き出していた。
「偵察部隊のみなさんが、あちこちで声をかけて回ったそうですよ。本来の将軍閣下の部下の方に加え、我々に賛同した一般の兵士のみなさんや領民のみなさんが自らの意思で集まってくれたそうです。将軍閣下は、みなさんから愛されているのですね」
あまりの現状に呆れてぽかーんとしている俺に、アドが説明をしてくれたが、それを認めるって事はハンスの人望を認めるって事じゃねーか。とってもじゃねーが、俺のプライドがそんな事を許すはずもない。俺は、俺は、決して奴に負けた訳じゃ・・・。
「将軍閣下の人望、さすがやなぁwwこれこそ、人の上に立つ者の器ってもんやなぁww」
「将軍閣下がいらっしゃるのなら、この先も安心ですねぇww」
「どっかの誰かにも見習ってほしいわあww」
みんな、好き勝手に言いやがる、ここは帝国本土なんだ、人が集まって当然。俺が負けた訳じゃねーっつうの!
そんな中、今後の方針を決める会議が臨時に設営された幕舎の中で行われることになった。
参加したのは、アド、ポーリン、アウラ、俺に加え帝国側からはハンスとその配下でそれぞれ騎士団で部隊を指揮していた二人の将軍、バーン・スティーブンスとテッド・ウイリアムスだった。
バーンは長身で金髪を短く纏めた中々の二枚目で、テッドはバーンよりもやや年上だがこちらも長身でがっちりした体型をしていて、ブルーアイと伸ばした髭がが印象的ないかにも女性にもてそうなおっさんだ。もっとも、俺の方がいい男だがな。
奴の右腕のマイクは、かなりだだをこねていたがハンスに説得されて、ハンスの治める領地を護るために大多数の兵を連れて旅立ったそうだ。
それなのに、まだ千人以上もの兵が残っているって凄くねーか?
そんな事を考えていたんだが、そんな事はお構いなしでアドの主導の会議が始まった。
「集まった情報から推測しますと、姐さんの体は帝都に、それも王宮に運び込まれたとみるのが妥当であると考えます。取り返す為に考えられる方法はふたつ。使者をだして事情を説明して姐さんを返却して貰う方法がひとつ。もうひとつは、力ずくで奪回する」
みんな一言も発せず黙ったまま固唾を飲んで聞いている。
「前者はお互いに損害も無く領民にも負担をかけません。後者は帝都はほぼ壊滅に近い状況になる事が考えられますし、付近の領民に与える被害も甚大なものになるでしょう」
そこまで黙って聞いていたハンスが静かに口を開いた。
「賢者殿、自分としては帝都が壊滅する事になっても心は痛まないが、領民に甚大な被害が出るような事は極力避けたいのだが、他に方法は無いのだろうか?」
ハンスの両脇に座って居る両将軍も、うんうんと頷いている。
全員の視線は自然とアドに集中しているのだが、あいつは顔色を全くと言っていい程変えていない。
「現在結界は開いたままです。私達が攻め込まなくても時間が経てば結界の中から得体の知れない有象無象が出て来て、おかしらが暴れるよりも遥かに甚大な被害を産む事になるでしょう」
「おいっ!!なんで、おれなんだっ!!」
だが、俺の発言は見事にスルーされた。
「私達は、姐さんを奪還出来ればいいので、帝都以外に手を出すつもりはありませんが、かの有象無象達はそんな事関係なく国土を片っ端から襲い破壊しつくす事が考えられます。更に言えば、一体二体が出て来るのであれば対応も可能ですが、もし複数、それも大量に出て来たら、もう目も当てられませんが?」
難しい顔をして聞いていたテッド将軍が、両手をテーブルに叩きつけると立ち上がってアドに向かって言い放った。
「わずかな被害には目をつぶって、結界の修復に全力を尽くせ・・・と、そう仰るのか?」
「そうは申してはおりませんよ。現実問題、私達がもたもたしていると、そうなる可能性が大きいですよと事実を述べているまでです。帝都強襲以上に即効性のある策があるのでしたら、検討する事もやぶさかではありませんが?ちなみにこちらからの交渉の申し入れは、現在の所完全に無視されております」
「う い、いや、そんな策は思いつかないのだが、結界から出て来る、魑魅魍魎はそんなに恐ろしいものなのか?我ら全軍で当たればなんとか撃退出来たりしないのだろうか?」
「そうだ。賢者殿は知らないとは思いますが、我が帝国騎士団の力は、特に重装甲騎兵の力はたいしたものですよ」
バーン将軍もテッド将軍の意見を後押しする様に発言するが、それを見ていたハンスの口元がニヤッとしたのを俺は見逃さなかった。
「アウラさん、幕舎の入り口で護りについているレッドショルダーの方を呼んで下さいますか?」
さっきから吹き出しそうになるのを我慢していたアウラは、さっと立ち上がって入り口の方に走って行き、重装甲騎兵をひとり呼んで来た。
「レッドショルダー第二小隊長ラルフ・カイナー中佐であります。何か御用でしょうか?」
びしっと直立不動で敬礼をするのは、ふたりの将軍が自信を持って言っていた大陸最強の重装甲騎兵、レッドショルダーの一人だ。
「カイナーさん、ちょっとお聞きしたいのですが、もし再び黒い蛮族に出会ったら、確実に撃退出来ますか?」
アドは静かに質問をした。
カイナー中佐は、敬礼したまま答えた。
「一対一でしたら撃退も可能ではありますが、出来ましたら勘弁願いたいであります」
「なっ、貴様っ、それでも、誇り高い帝国騎士かっ!」
憤慨して叫んだテッド将軍にも揺るがないカイナー中佐だった。
「事実であります」
「では、ワイバーンが相手でしたらどうでしょうか?」
「これは何の質問なのでしょうか?我々レッドショルダーでも、黒い蛮族を相手するので精一杯であります。ましてや、その数百倍強いワイバーンなど話になりません」
「有難うございました。どうぞ持ち場にお戻りくださいな」
そうカイナー中佐に言うと、二人の将軍に向き直ったアドは再び話し始めた。
「お聞きになったとおりです。更にですがワイバーンよりも数千倍強いダークエンジェルも出現が確認されているのです。どんなに屈強な兵を集めましても、自分の身を護る事すら敵わないでしょう」
「ううううう・・・・」
ここまでニヤニヤ顔で聞いてたハンスがおもむろに立ち上がった。
「どうかな?聞いた通りだ、とにかく出て来る奴は非常識な力量の奴ばかりなのだ。唯一対抗出来る可能性があったシャルロッテ嬢ですら石に変えられてしまう位なのだから」
ふたりの将軍は、言葉も無く呆けている。自慢の重装甲騎兵が何のたしにもならない事を知らされて自信を喪失してしまったのだろうか?
「ワイバーン一匹出て来ただけで、我が帝国など何十個も廃墟になるだろうよ。もう、その前にシャルロッテ嬢を奪還するしかないのだ」
なんかそう言うハンスに、どこか違和感を覚えたのは俺だけなのだろうか?
会議の場は、重い空気に包まれてしまった。
当然ながら誰も良い案など出せる訳もなく、ただ押し黙ることしかできなかった。
しかし、時間の無い我々には押し黙っている暇はなかった。
「もう、私達に残された時間は無いのかもしれません。ですが、今出来る事を全力でするしか私達に出来る事はないと考えます」
「で、どうするんだ?」俺は当然のように、アドに次の言葉を促した。
「報告によると、すでに将軍閣下は反逆罪の汚名を着せられており、どこに行っても反逆者としてお尋ね者になっているそうです」
予想はしていたのだが、実際に聞いてみると、みんなに与えるショックはかなりでかいと言う事を実感させられた。だが、ショックを受けていない者も少数ではあるが存在したようだ。
「ほなさ、みーんな敵やと思てええんやろ?やったら、帝都を思いっ切り廃墟にしても心は痛まないって事やんな?」
このポーリンの思いっきりの良さ?嫌いじゃねーぜww
ハンスの奴も苦笑していやがるぜww
「ははは、確かに。ポーリン嬢のいわれる通りですな、我々にはもう怖い物はない?いや、失う物はないと言った方が良いのだろうか。後先考えずに帝都に突っ込むしか選択肢はないって事ですな」
頭を搔きながらそう言った元帝国の大将軍であるハンスの苦笑いの表情はどこか寂しそうだった。
「そう言う事です。ただ、周り全部が敵だらけなので、まともに大軍で攻め寄せても、それ相応の対応をされ相当な反撃を受けてしまい帝都には到達出来ないでしょう。ですので、策を弄す為に部隊を均等に二つに分けたいと思います」
アドは、淡々と説明を続ける。
「仮にA部隊とB部隊と呼称します。A部隊は、元将軍閣下のハンス殿を中心におかしら、ポーリン、アウラ、メイの五名。B部隊は残りの兵をバーン将軍に率いて頂きます。私はバーン将軍を補佐します」
「をいをいをい、これのどこが均等なんだよ!こっちは五名で、そっちは数千だぞ。あきらかに不均等じゃねーかよ」
俺のツッコミにも、アドは動じなかった。
「戦力を考えると、これでもそちらの方が圧倒的に上なのですよ?」
「な・・・・」
「それに、こっそりと忍び込むには少数のほうが都合が良いのですよ」
「こっそり・・・だと?」
又、聞き及ばねー単語が出て来たぞ。誰が何処に忍び込むんだって?
「A部隊がその身軽さと少人数を活かして帝都に忍び込むのです」
やはり聞き違いじゃなかったか・・・。
「じゃあよお、俺達が帝都に忍び込んでいる間に、B部隊は何をやってるんだ?」
アドは、背後に立っていた兵士に声を掛けた。
「地図をお願いします」
「はっ、ただいま」
そう言うと、兵士は帝都近隣の巨大な地図を出して来て、テーブルの上に広げた。
「ここが帝都で、ここが今私達が居る場所になります」
みんなは、身を乗り出して巨大な地図に注目し、アドが指し示す帝都と現在位置を交互に確認している。
「ここを見て下さい。ここです。帝都からは少し離れてはいますが、周囲を水郷地帯に囲まれた場所に城があります。この地方を治める地方領主様のお城だとか」
アドの説明にテッド将軍が声を上げた。
「おお、ここは確かベイカー城ではなかったか?」
すると隣に座って居たバーン将軍も立ち上がって声を上げた。
「ベイカー城だと?あのベイカー城かあ?」
「そうだ、あの・・・・だ」
なんだこいつら、自分達だけで盛り上がりやがって、さっぱりわからんぞ。
「その、ベイカー城がどうしたっていうんだよ」思わず、声を荒げてしまった。相手は将軍様だぞ、まずったか?
だが、二人とも気にする素振りも見せずに説明を始めてくれた。
「ムスケル殿が知らないのも無理はない。この城の城主は、先だって皇帝陛下の不興を買ってだな、近々とり潰しになる予定なのだ」
「とり潰しとは、穏やかじゃねーな。ぼんくら城主なんか?そいつはよ」
軽口をたたいたつもりだったのだが、驚いた事にバーンが食いついて来た。
「ぼんくら?とんでもない!彼は、ベイカー城の城主フランク・ベイカーは帝国でも五本の指に入る領民思いの聡明な領主なのだよ」
「じゃあよお、そんな聡明な領主様が何で皇帝の不興を買ったりするんだ?おかしーじゃねーかよ」
「嵌められたのだよ、ハーマン・ロングに」
「ハーマンだとお?ハンスを嵌めた奴かよ」
「そうだ、やりたい放題のハーマンを諫めたので、排除されたのだ」
「なるほどなぁ、口うるさい奴は嫌われるもんだ。で?その城がどうしたって言うんだよ?」
それまで黙って聞いて居たハンスがぼそっと呟いた。
「水郷・・・か。なるほどな」
「あ?おめーまで、何だっていうんだよ」
「自分も分かりましたぞ。水郷の城、護るには最適。そこで敵を引き付けるのですな?」
バーン将軍は立ったままそう言うと、どっかと椅子に腰を降ろした。
「なんだ、なんだ?何がどうなってる?」
慌てている俺に、ニヤッとした表情のままハンスが説明をする。
「賢者殿は、我々が帝都に忍び込んでいる間、別動隊で帝都の軍勢を引き付けて下さると仰っているのだよ。貴殿には高尚すぎて分らんだろうがな」
「なっ・・・」
「まずB部隊をテッド将軍率いるBとバーン将軍率いるCの二つの部隊に分けます。Bの部隊はこのまま真っ直ぐに帝都を強襲します。そして、派手に暴れたら帝国軍を引き連れてベイカー城にゆるゆると撤退します」
「自分の部隊はベイカー城に急行して、ベイカー城の兵を纏めて護りを固めて、ひきあげてくるバーンと一緒に帝国兵を相手に時間稼ぎをすればよろしいのですな?」
バーン将軍はどこか嬉しそうだった。
「ええ、大変だとは思いますが、皆様でしたら成し遂げられると信じております」
そう言うと、立ち上がって将軍達に向かって深々と頭を下げた。
その後、時を空けず作戦は開始された。
バーン将軍は、城下町や付近の集落から馬と荷車をかき集めると部隊をまとめてベイカー城へと駆けて行った。
テッド将軍は、時間をかけて装備を充実させると、伝説級の武器を装備したレッドショルダーを先頭に、わざと目立つように街道を進んで行った。
俺達は、帝都に潜り込む為に身軽になって、裏道から帝都に接近して行く事になった。
既に夜が明けてしまっているので、建物の陰伝いの進行となるので、時間がかかる事おびただしかったが、致し方のない事だった。




