26.帝国進行(1)
港町エムスデンに入港してみてわかった事は、ここはかなり田舎町であるという事だった。
港には貧相な小舟が数隻繋がれている小さな桟橋が一本あるだけで、周囲には他に特に目立つ建物は見当たらなかった。
建物が見えないだけでなく、人の気配すら感じられない。本当に住んで居る人が居るのかと訝しんでしまうくらいの閑散ぶりだ。
ま、密かに帝国内に忍び込もうとしている俺達にとっては、人が居ない環境は帝国兵にも通報される危険が少ないので大歓迎なんだがな。
俺達を乗せた船はゆっくりと無人の桟橋へと侵入していった。
やがて軽い衝撃の後、船は桟橋を擦るようにして停止した。
停止するかしないかの時点で、同乗していた情報部長のアルバート・ベル率いる軽装備の偵察部隊が舷側から飛び出して行った。
おそらく、周囲の情報収集にでも行ったんだろう。
長いこと狭い船に詰め込まれていた俺達は、身体がバキバキだったので、身体をほぐす為にのろのろと船を降りて行った。
「にしても、面白みのねー田舎町じゃあねーかよ。歓迎ムードで出迎えろとは言わんが、もう少し何か反応があってもいいんじゃねーか?」
思わずぼやいてしまったが、他の連中もその辺は同じく感じていたらしくアウラも周囲を見回しながらぼやき出した。
「港らしきものがあるのに、何で人の気配がしないのでしょうか?」
「うちら、警戒されてるんとちゃうんかいな?」
「どこかで私らの事を観察してるっていうの?」
アウラもメイも疑心暗鬼のようだった。
近くに立って居たハンスに問い掛けた。
「おい、帝国っていうんは、こんなに感じの悪いとこなんか?寂れるにしても、程が有るってもんだぞ」
俺の問いには、副官のマイクが答えてきた。
「これは・・・この状態はさすがにおかしいですぞ。何かあったのでしょうか?」
「何かって、なんなんだよ。はっきりと説明しろや!」
俺の剣幕に、副官もたじたじになりながらも一生懸命に答えを導き出そうとしている。
だが、最初に答えに近づいたのはハンスだった。
「人の気配もそうだが、人が住んで居れば必ずある生活感が全くないのはおかしくないか?」
「そうですな。敢えてここに住んで居る痕跡を隠した感じにも見えますな」
「隠すだと? 地下・・・か」
「貴殿にしてはまともな答えだな。確かに、この状態はおかしい。地下に逃げ込んだのなら納得がいくな」
偉そうに顎を撫でながら言うその仕草が、何か癪に障るのは俺だけか?
「さすが将軍様やあ、説得力あるう~ww」「うんうん、さすがですねぇ」
俺だけのようだった。
「閣下、この辺りには、大陸が沈む以前には鉱山がありませんでしたかな?」
記憶を絞り出すように副官のマイクが呟いた。
「鉱山か・・・そう言えばエムスデンと言う名は鉄鉱石を掘る町の名前ではなかったか?港町だとばかり思っていたので気がつかなかったわ」
「ええ、ええ、小さな鉱山ではありましたが、確かに町がありましたな。前方に小高い丘が見えます。恐らくは鉱山はあの辺りかと」
「よろしい。我々もその鉱山の町に行ってみようではないか」
そう言うと、俺達の意向なんて聞かず、さっさと歩いて行ってしまった。
ばらばらになる訳にはいかないので、不本意ながら俺達もついて行く事になった。
少し歩くと、小高い丘の手前に人工物・・・家のようなものが見えて来た。
鉱山と言うと高い山の中をくり抜くイメージだったが、ここは丘の下が鉱山だったようだ。
家は三十軒ばかりの集落になっていたのだが・・・どの家も生活感がなかった。まるで廃屋、町全体がゴーストタウンのようだった。
「みんな、他所に移ったのかいな?」
一軒、一軒、ドアを開けて中を確認していたポーリンが覗くのを止めてこちらに戻って来た。
「あかんわ、もうここは捨てられた町やねん。廃墟しかあらへんわ」
肩をすぼめてポーリンがそう報告するが、奴、ハンスはニヤニヤとそんなポーリンを黙って見ていた。
それに気が付いたポーリンは、むっとした顔でハンスに嚙みついた。
「なんやねん、うち、なんぞ変な事言うたか?どう見たってここは廃墟やねん、人の気配すらあらへんやろが」
それでも、ハンスはニヤニヤしながら、隣のマイクに話し掛けた。
「だそうだww」
「ふふふ、まだお若いので、気が付かなくても致し方ありませんですなww」
ふたりの会話に、ポーリンが堪り兼ねて叫んだ。
「なっ、なにようっ!何が気ぃ付けへんっちゅうのよおっ!」
ポーリンの剣幕にも、マイクは動じないどころか、尚更優しい表情で話し掛けて来た。
「お嬢さん、あなたの後ろの家の中はご覧になりましたか?」
「みっ、見たわよ!隅から隅までしっかり見たでぇ」
「何か変わった所はございませんでしたでしょうか?」
「変わったところなんて・・・・・」
考え込むポーリンの脇で、メイが勢いよく右手を上げた。
「はい、はい、はいーい」
「はい、お嬢さん、何か気が付きましたか?」
「うーん、大した事じゃないんだけど、、、蜘蛛の巣が少なかった気がするわ」
「ほうほう、なかなかの観察眼ですな。他には、何か気が付きましたでしょうか?」
「うーん、そうねぇ。後は、埃かな?テーブルの上の埃が廃屋にしては少なかったって事くらいかしら?」
ハンスとマイクが笑顔で顔を見合わせている。
「なかなか優秀なお子達だ。惜しむらくは経験値が足りない・・・という事だな」
「ええ、閣下の仰る通りだと思います。きっと今回の旅で、いい経験を積むことでしょう」
「詰む事にならねばいいがな」
「それは、我々大人がサポートしてあげれば良い事かと。取り敢えず、今はここの住民とコンタクトを取りたいですね。いかがしましょうか?」
「そうだな、どうする?ムスケル」
いきなりこっちに振ってきやがったぜ。てめーの国の領民だろうがよ。
どうするって言われてもよお。
だが、考えようとしたとたん、失礼な事を言いやがった。
「ああ、貴殿に聞いたのは間違いだったな、失礼をした。改めて、軍師殿、どうしたらいいだろうか?」
本当に失礼な奴だぜ。
いままで黙っていたアドが、ここで口を開いた。
「私は、このままここにいたらいけないと思います。今直ぐに移動するべきです」
アドの口から出た言葉に一瞬の静寂が生まれた。
「軍師殿、移動する事に対しては異議はないのだが、できればその理由をご享受してもらっても良いだろうか?」
アドは自分の足元の地面に視線を落としたまま、静かに話し始めた。
「なぜ、ここの住民は一切の生活臭を隠すように地下に潜ったのか。生活臭を見せると、自分達が危険になるからだとすると、何者かが襲いに来ると考えるのが一番シンプルでしょう」
「うむ、確かにそう考えると納得がいくが、何かとは何なのだ?」
「蛮族・・・か」
不意に副官のマイクが不穏な単語を口にした。
当然、みんなの視線はマイクに集中した。
「大陸が沈んだ際、大陸南部に生息していた蛮族と呼ばれる種族が我が帝国南部に流れて来たと言う話を聞いた事があります。もしや、その蛮族がこの辺りに出没しているとか・・・」
すると突然メイが叫んだ。
「えーっ、又あいつらなのぉ?あいつら、鬱陶しいからやだー」
「うちも好かん」
するとハンスがすかさず喰いついて来た。
「そなた達は、既にその蛮族とやらとの付き合いがあるのかね?」
「付き合い」と言われて、みんなが嫌そうな顔をしたのは無理も無いだろう。俺も嫌だからな。
「好きで付き合って来た訳ではありませんが、まあ腐れ縁ですね」
「で?どんな奴なのかな?」
「ハッキリ言って、弱いです。ですが、根絶やしにするのは難しいですね」
うん、アドの説明は的を得ているな。確かにそんな奴らだ。
「まるで台所にいる黒い奴みたいですな」
マイクの指摘は、もろに的を得ていて、みんな物凄く嫌そうな顔をした。
「ほんまにそんな感じやねん」
「どこにでも湧いて来るわよねー」
「うん、弱いくせに数だけは物凄いんだもんねぇ」
みんなの感想を聞いていたハンスは、次第に眉間に皺を寄せ始めた。
「おそらく、人族なのだと思われますが、知能は低く感情があるのかは不明です。特に食欲は旺盛で、生きる為に食べるのか、食べる為に生きているのか分からない種族ですね。力は人間の子供程度で学習能力は必要最低限しか無いと思われます。本能に突き動かされていると言っても間違いではないと思います」
「そんな種族が存在しているとは・・・」
「過去の接触でわかった事は、連中は戦いにおいて恐怖を感じません。ひたすらに攻め寄せて来ます。拾った武器を使う程度の知能は持ち合わせて居ると思って下さい」
「それは厄介だな」
「ええ、恐怖を持たない種族というのは、手強いですな。ここはアド殿の提案通り急いでこの場から引き払うのがベストかと」
「うむ。そうと決まれば移動だ。まずは船から持てる限りの食料と武器を運び出すんだ。その後、移動を開始する。運び出した物は一旦ここに集めるぞ」
行動の方針が決まると、行動は素早かった。さすが訓練された兵士達だと感心してしまう。




