第15話 死体をはさんで
目の前には、血だまりの中に倒れた死体。
その向こうには、元は赤毛だったであろう白髪の老婆だ。
杖を掲げ、緑の瞳が炯々《けいけい》と光っている。
黒いフード付きマントを着て、マントに返り血を浴びている。
「お祖母ちゃん!」
ヤトスが老婆に駆け寄った。
二人の足元には、死体がある。
……まあ。
良かったんだよな?
ヤトスは無事だったし、祖母と再会できたし。
それで、えーと、何を話せば良いんだ?
「あの、、、我々は、冒険者組合から委任を受けています。
司法取引の用意があります」
俺は言った。
「役人の犬ってヤツか。
今は誰にも何にも、仕えたい気分じゃないんだよ。
いちいち恩を着せてくるのも、気にくわない」
老婆の返答だ。
老婆は杖を構えたままだ。
「死霊街はデリーメの市有地だよ。
好きにうろつかせるわけにはいかないんだよ!」
ジルが言う。
「生意気なお嬢さんだ。
どっちが上手か分かってないようだね。
さて、事件の目撃者をどうしようかねぇ」
老婆は低い声で、ヒヒヒと笑ってみせた。
もしかして、俺とジルvs老婆とヤトスで2対2になってる?
ぅーぉー。
目の前に転がっている『あの男』の死体からだ。
何かの気配が立ち昇ってきた。
死霊街で死んだせいで、幽霊になろうとしてるとか!?
「聖なる炎!」
老婆が杖を振ると、死体が炎に包まれた。
聖属性の炎だ。
『あの男』の霊は、一瞬で燃え尽きた。
かなり荒っぽいが、これも正式な弔いである。
確かに魔術師として老婆は、一枚上手だ。
「さーて、どうしようかねぇ。
殺すと、追手が来そうだね。
精神操作魔術でちょっとだけ、意識と記憶をいじらせてもらおうかね。
死霊街で起きたことの一部を忘れるだけだよ。
なーに、こちらの術を受け入れれば、すぐ終わる」
このバーサン、ひどくないか?
俺は、あんたの孫の代わりに人質になろうとしたんだよ!
「来たよ」
ジルがポツリと言った。
「こっちが近いですよォ!」
「そこは行き止まりだって言ってるでしょ。
こっちだってば!」
ヴィオラとアイラの声が聞こえる。
チョークの線か、ジルの聖属性魔術のせいか、ともかく探しに来てくれた。
「人数が多少増えるらしいが、ここは死霊街で死霊術師のホームだよ。
あたしゃ、もう飼われるのはごめんだね」
「見つけたわ! エドモンとジル」
アイラが角を曲がり、走ってきた。
「見つけましたよォ、エド様〜、そして虚弱体質のジル〜!」
ヴィオラの声も聞こえる。
老婆は杖を掲げている。
「アイラ、ヴィオラ、来るな。
この老婆は危険だ!」
アイラとヴィオラは足をとめた。
そして。
老婆の魔術は発動しない。
俺は振り返る。
老婆は二人の方を、いや、《《ヴィオラを》》見ている。
老婆の緑の目が開かれる。
そこには、驚愕と恐怖?があった。
何が見えてるんだ?
このバーサン。
「私は冒険者組合から依頼を受けた者よ。
投降しなさい」
アイラは、証書を取り出した。
冒険者組合の印章がドンと押されている。
ヴィオラは、アイラの半歩前でメイスを構えた。
老婆とヤトスは、完全に固まっている。
「もう一度言うわ。投降しなさい」
ヴィオラは……、メイスを振りながら踊りだした。
軽々と振り回されているヴィオラのメイスが、超重量なことを俺は知っている。
吸血鬼の怪力を活かす武器なのだ。
それにしても、何故踊る、ヴィオラ。
老婆はぐるりと首を回し、俺の方を見た。
なんだよ!
「姫君には、私の力は通用しない。
司法取引をお願いしたい。
あと、この殺人が正当防衛だったと証言してほしい。
よろしくお頼み申します」
老婆はそう言うと、俺に丁寧に頭を下げた。
随分と調子が良いな、婆さん。
まあ、証言するけどサ。
ヤトスがかわいそうだし。
「分かりましたよ」
俺は言った。
婆さんのためじゃないぞ、ヤトスのためだ。
「正当防衛の他に、ボク達への脅迫も証言するからね!」
ジルが言った。
うん、まあね。そうだよね。
「みんなー、聖属性でびっくりさせちゃってごめんねー。
もう大丈夫だからー」
ヴィオラが幽霊たちに呼びかけている。
周囲の空気は、だんだん落ち着いてきた。
アイラは老婆から同意の誓約書を取った。
ヤトスのお祖母ちゃんの名前はヨンナ。
サインをさせ、血判もつかせた。
オマケ程度だが、一応の拘束力はある。
老婆ことヨンナ婆さんは、もう俺達とコトを構える気はないのだろう。
サインする間も、血判を押す間も、ヨンナ婆さんはヴィオラが近づくと固まった。
ヨンナ婆さんにとって、吸血鬼ヴィオラは恐ろしい存在らしい。
ニブチンの俺にはイマイチ分からないけど。
「死霊街にはいつからいたの?」
アイラが質問する。
「一昨日の晩に来ました。
孫のヤトスを探そうとしたら、あなた達が来ましたんでね。
見つかりたくなかったので、一旦は隠れました。
ただ、聖属性の気配を感じたので出てきたんですよ。
どこの馬鹿か知りませんが、大騒ぎになると思ったので」
ヨンナ婆さんは答えた。
「皆さん、ここで立ち話もなんです。
セバスチャンの家に行って、休みましょう。
踊りに行くのも遊びに行くのもも、日が暮れた後にしましょう。
ここは、死霊街ですから!」
ヴィオラが言う。
そうだな。
腹も減ったし。
疲れたし。
セバスチャンの屋敷で休ませてもらおう。




