8.ヒットエンドラン
エネルギー充填120%のリチウムイオン電池はちょっと遠慮したいです。
はどうエネルギーは大丈夫なんでしょうね、きっと。日本製だから?
「3、2、1、……」
ゼロ、とアリスは口に出さなかった。
代わりに、膨大なエネルギーを凝縮した光の矢が一斉に放たれて、闇ばかりだった時空を照らして飛んだ。ステルスモード時のラーグリフのRCSは、自身の搭載艇であり船体規模の圧倒的に小さいプロミオンよりも、更に小さい。慣性のまま飛ぶディープステルスモードなら、ラーグリフ自身の探知能力でも見つけることは困難だろう。
加えて、このアルラト星系であれば、常在ノイズ、背景放射、質量分布や時空密度などの情報が揃うため、より此のフィールドに溶け込むことができる。そうしてラーグリフは用意したエネルギーのありったけを撃ち出し、と同時に逆方向へ最大加速した。
そして更には、『X』からの観測を妨げるように、眩しくギラつく恒星へと向かう針路をとった。ラーグリフの攻撃は『X』の視認を困難にするほどに苛烈だが、それもほんの数刻で過ぎ去る。レオンは光芒にかき消されたその姿を眺めて、打撃を与えたことを確信した。
「よしっ!」
ビームの拡散による煌めきが命中または至近弾であることを示したが、直後にレオンは大きな横揺れに襲われた。
「やったか……、うわっ!」
アリスが覆いかぶさるようにキャプテンシートごと抱きついて、レオンの身体が放り出されることを防いだ。そのまま、耳元で囁くように報告する。
「反撃を受けました。損害を確認中です」
事後報告になってしまったわけだが、これは仕方ない。
「痛み分け、か? あの一瞬で反応してくるとは、やっぱり手ごわいな」
「人間による判断と反応ではありませんね。今はもう距離が離れましたので、更なる攻撃の恐れはありません」
と囁きながら、アリスはそのままだった。
「アリス、ありがと。も、もういいよ」
「もういいのですか、そうですか」
ラーグリフは反転回頭してメインのベクターコイルを最大稼働させ、アフターバーナーまで展開してようやく停止したが、その過大なGによって自らの破損個所に余計な歪みを発生させてしまった。
「奴はどうしてる?」
「『X』は……、第5惑星公転軌道のやや内側で停止。やはり損害の確認をしているのではないでしょうか」
「どれくらいのダメージを与えたか分かるか?」
「いま観測機を集めていますが、まだしばらくは掛かりそうです」
それはそうと、ラーグリフは右翼部に砲撃を受け損傷したまま反転して急制動を行ったことで、センサーの集中している翼端部に過大な荷重が加わり、千切れ飛んでしまった。速やかに『X』に正対し、戦術的位置を調整する必要があった。口惜しいが、仕方あるまい。
ほかにも、船体各所のセンサーユニットが幾つも破損して探査能力の低下を招いているが、こちらはさしあたり大きな問題はない。ラーグリフが外観に係わるほどの目立った被害を被ったのは、これが初めてだ。
「防御力、航行能力への影響はほとんどありませんが、遠距離での砲撃精度が若干低下します」
「直接見えるところまで近づこう。それから、アーク・ネビュラスへ連絡を」
残念ながら、一対一ではやはり心許ないと判断したレオンは、惑星ノアに近づけないよう牽制しながら、援軍を頼むことにする。幸いにして、今はまだこの星系にローレンス総司令の直衛艦隊が存在している。アーク・ネビュラスほか計四隻は臨戦体制へ移行可能なはずだ。
今はこれを頼りにさせて貰おう。
◆
人が活動するため温度、湿度、気圧や重力などの環境が整えられた薄暗い空間に、簡素な貫頭衣を身に着けた少女が三人。大小幾つものスクリーンが空間内に浮かんで随時表示を切り替え、場所を移動して消えてはまた浮かぶ。惑星ノアに対する穏やかでない方針を確認し合った彼女達は、円卓コンソールから離れてそれぞれ別な方向へと歩き出す。
小さな警告音。
そしてすぐに断続的な揺れが彼女たちを襲い、三人はそれぞれに膝をついた。
「これは……ラーグリフなのか?」
「通り過ぎた」
「損害は?」
彼女たちを襲った揺れはすぐに収まったが、アパラジータのダメージコントロールは忙しく働き始めたところだ。速やかに状況確認が進められ、アパラジータにおいては主に表面装備への広範な損害が明らかになった。
少女たちは無言のまま、それぞれ状況表示に目を走らせて小さく頷くことしきり。ラーグリフと思しき艦影は短時間のうちに通り過ぎ、今はちょうど恒星に重なる位置にあって視認が困難だ。
「何故ここに現れた」
「想定外ね」
「惑星ノアでは、やはり思わぬことが起こる」
アパラジータは即座に反撃し、ラーグリフと確認した敵艦に命中弾を与えたはずだが、どれ程の損害を与えることが出来たのかは、星系主星の輝きに紛れて確認できていない。
「現時点でラーグリフを撃破してしまうのは避けたい」
「保持する情報を得ることが出来ればよいが」
「まだ失われてはいない。いずれ機会はあるだろう」
油断ならない相手であるとは認識したが、翻ってアパラジータ側の損害はおおむね軽微だ。攻撃が集中した箇所がないため、こちらの戦闘能力の低下度合いは許容範囲内にとどまる。ただし、船体表層に配置されるセンサーが幾つも破損し、索敵と観測に係る能力には有意な減損を認めた。
「これ以上惑星ノアの観測を続けるには、見合わぬリスクの増大がある」
「ラーグリフの不在を利用する目論見であったが」
「時間の経過と共に敵対戦力の集結も予想されよう」
アルラト星系に、ランツフォートがどれほどの戦力を駐留させているのか、現時点ではまだ得られている情報は少ない。星系到着後に、妨害を受けるまでの時間は想定よりも随分早く、観測はまだ不十分と言わざるを得ない。
「自ら見聞きすることで得られるものもある、とノーマ・フオンは言うが」
「この道のりを来ただけの価値は見出せないか?」
「これまでに得た情報の裏付けは、ある程度進めることができた」
空間に浮かぶ幾つかのスクリーンに、それぞれノアから発信された映像等が映るが、それらを眺めても、彼女らに特段の驚きや感動などはない。
「アルラト星系の防衛監視体制については、新たな知見があった」
「それに、惑星ノアの特異性は、再確認できたと言えよう」
少女たちはお互いを見て、一様に小さく頷くと惑星ノアのホログラムを消した。
「フライト準備を」
彼女たちは改めて、円卓から離れそれぞれの方向へと歩き出す。
アパラジータはゆっくりと舳先を巡らせて、やがて恒星を背にして加速を始めた。
◆
「『X』が動きました。こちらから離れ外宇宙方向へ、遠ざかろうとしています」
「太陽を背にしたまま、追いかけられるか?」
「右翼部への構造的ダメージを考慮すると、これ以上の加速は容認しにくいのですが……」
ラーグリフの右翼翼端部は、減速と回頭のためのGに耐え切れず千切れてしまった。戦闘行動が継続しているなら別だろうが、これ以上傷口を広げることは出来れば控えたいところだ。
「許容できる加速度は任せる。見届けられるところまで追跡して、情報の収集に努めよう」
にらみ合いは続かず、まだ相当な距離を隔てているうちに『X』は反転して動き出した。敵地での不利を認めての事かもしれないが、先の戦闘でどれ程のダメージを与えたのかは確認したい。
「船体の損傷は、こちらよりも小さいのでしょうね。動きに有意な変化はみられません」
「こっちの攻撃は当たらなかったのか?」
アリスを責めるわけじゃない。けど、ラーグリフが対艦戦闘において劣勢を強いられる局面など、今まではなかった。
「いいえ、確かに当てています。ですが、効果はいまひとつ、という事でしょう」
こちらは加速を抑えなきゃならないのに、『X』が健在では、痛み分けと言うのも苦しい。この状況下で一対一の戦闘に突入しては、更に分が悪くなるのは目に見えている。
「立ち去ってくれるなら、今回はおとなしく見送るのが良いのかもな」
「今日はこれくらいにしといてやるぜ、ってことですね」
「ま、そーゆーこと」
内心はそんなに穏やかではないのだけど、レオンは出来るだけ涼しい顔を作った。
「おととい来やがれ」
「塩撒いておきましょうか」
アリスのせっかくの申し出にレオンは応えず、小さくなりつつある『X』の粗い映像を見続けた。
『X』からの反撃に対して、レオンは瞬時に有効な指示を出すことはできなかった。それどころか、反撃されたことをリアルタイムで認識することも出来なかった。レオンが指揮を執る限り、『X』を相手に勝利を得るのは難しいのではないか。或いは、どうやったら『X』を無力化できるのか。
答えは、簡単に見つかりそうにはない。
RCSとは、レーダー反射断面積のことです。
この時代に同じ言葉かどうかわかりませんが、21世紀の言葉に意訳してる、ということで。




