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9.星の海の青


おととい来やがれ、って言い方はわりと宇宙物理学的な感じがして好きです。


アリスは塩を撒いたうえにニンニクをぶら下げたかもしれません。


 想定外の事態に遭遇しながらもほぼ予定通りにノアへと帰還したレオンは、ラーグリフの損害も含めてローレンスへと報告することになった。『X』に関しては思うように情報を集めることが出来なかったことと、ラーグリフの修理を依頼せねばならず、凹んだレオンにローレンスはただ当座の休息を指示した。


「ご苦労。まあ休め。今後の事については、休暇後にまた話をしよう」

「ラーグリフのこと、宜しくお願いします」


『X』への対処はひとまずローレンス預かりとなり、ラーグリフは修理のための段取りを整えることとなった。とはいえラーグリフは存在からして特秘事項扱いのため、めったなところへドック入りするわけにもいかず、アルラト星系内において専用のメンテナンス設備を確保することにした。


 それでも、軌道ステーション内に新たに立ち入り禁止区域を増やすことはせず、活用されたのは別の巨大な遊休設備。現在の軌道ステーションがひと通り稼働したことによりその役目を終えた、旧ステーションがそのまま利用される。


「立入禁止」「使用不可」などと至る所に表示されたまま、このメガストラクチャーはいま、惑星ノアより外側の軌道を公転している。


 かれこれ百年以上も増設と補修を繰り返しながら使われてきたが、主動力源のバニシングリアクタに封入された反物質もまだ残存量があり、新たな役目を与えられてラーグリフを受け入れた。


 それにつれて、識別のために新たな名前を付与することになり、一任されたレオンがふとアリスに振ると、では、と一呼吸だけおいて「ガラノス」と提示した。

「いいんじゃない、それで」


 その由来を聞くまでもなく、短めの名前をなんとなく気に入ったレオンは即決し、これ以降、旧軌道ステーション改めガラノスは、ラーグリフのメンテナンス設備として機能していくことになる。


 公式なステータスは解体途中の廃棄ステーションのまま、その位置は公にされることもない。従って、これを「ガラノス」と呼ぶのも関係者だけで、新たな銘板も作られないし、それらしくリペイントされることもないのだった。


 §


 ラーグリフがドック入りすることとなり、休暇を得たレオンはしかし、アリスを連れてプロミオンを駆り出した。休日をどうするかは自由だが、レオンも思うところがあって、またすぐに宇宙へ出た。

 そしてその行先は。


「あった。見つけたぜ」

「見つけましたね!」


 ゆっくりと、ブーメランのように回転しながら漂うのは、千切れてしまったラーグリフの翼端部。回転しながら漂っていたことが幸いしたか、特定の部分が過剰に熱せられることもなく、ざっと見たところでは破断部以外に余計な損傷はなさそうだ。


 希少な品という訳ではないが、センサー類の集まる大きな部品だし、当然ながら量産品や既製品ではない。回収、修理して再利用できれば、ラーグリフの入渠期間はそれだけ短縮できるだろう。


「左翼と右翼のセンサーが同一でなくなると様々な条件下での微調整が必要ですから、取り戻せて良かったです」

「ああ。動きを止めて回収するのに、ローダーで出るぜ」


 プロミオンには、相変わらずフレデリクス社製のハイエンド機種AX9000型アームローダーが載る。元々は、メルファリアの長兄グラハムの乗船であるスレイプニール号からレオンが持ち出したものだが、幾度も行動を共にして今はもう、レオンの乗機としてプロミオンにある。


 作業用人型重機アームローダーとしては大型の部類で、母船から離れてある程度の活動が行えるよう、様々なオプションが用意されているのが特徴だ。

「空間機動用バックパックと、テザーガンを持って行くから、よろしく」

「はい。デッキにレオンが到着するまでには準備しておきます」


 無重力の宇宙空間で、自分より大きく、また重い物を取り扱うのには、それなりの技量がいる。レオンは不定期郵便船の勤務時代から、事あるごとに船外活動に従事してきたこともあり、本職の重機乗りにも劣らない程度にうまく動かせた。


 セーフティーテザーなしで格納庫を出たレオンの重機が、ゆっくりと翼端部に近づく。

「あーやっぱり、プロミオンには入りきらないな」


 接近したアームローダーの複合センサーが測定した対象物の大きさは、プロミオンの船倉の内寸を超えている。千切れた部分以外はほとんど原形をとどめていて、そのこと自体は喜ばしいので、これ以上傷を付けることは控えたい。

「ラーグリフを遣しましょうか」

「ラーグリフはもう点検に入ってもらってるからサ、中断はさせずにそのまま続けてもらおう」


 レオンはアームローダーを操って翼端部に取り付くと、その推進力を利用して回転を止め、緩衝材を挟んでプロミオンの船体下部にくくり付けた。

「見た目はイマイチだけど、まあ許してくれ」

「回収に動いてくれて、感謝していますよ」


 MAYAが感謝していたのかと聞くと、アリスは私も感謝しています、と言った。ドック入りしているとはいえ、同じ星系内ならMAYAには繋がる。タイムラグは挟むけど。レオンは部品を新造するより早く直るかと思ったのがそもそもだが、案外MAYAも人間くさい。


 そして、AIとはいえ、感謝されるとやっぱり嬉しい。

「じゃ、さっさと戻ろうか」

「はい」


 アルラト星系内へと観測機器をバラまいて構築した索敵網が、今回はラーグリフの千切れ飛んでしまった翼端部品を捜索するのにも役に立った。今後は、ラーグリフの不在時にもある程度機能するよう検討したいところだ。


 舳先をめぐらせて、大きな荷物を抱えたプロミオンは旧ステーション改めガラノスへと向かったのだった。



宇宙船のメンテナンスはほぼ無人で行われます。

弱重力のまま、空気も満たさないままのほうが様々な作業に都合がよいです。

けれどドックには入れておかないと、いつ何が飛んでくるかわかりません。


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