7.過去からの観測者
この宇宙の全ての恒星系には、エッジワースカイパーベルト的なものや、オールトの雲的なものが存在しているのでしょうか。
私とても気になります。
『X』ことアパラジータは、アルラト星系外縁でフライトアウトした後に大きく減速し、まだ幾つもの惑星の軌道を隔てたうちから惑星ノアへと舳先を向けた。正対して、ゆっくりと近づきながら、惑星ノアの発する様々な情報を最大限傍受しようと目論んだ。
アルラト星系は、主星の誕生からまだ三十億年に満たない比較的若い星系で、現時点で可住惑星は一つだ。その可住惑星はノアと命名されていて、約百年ほど前からようやく人が住み始めたばかりの実験惑星である。
荒々しく火山活動の活発なこの星をランツフォート家が取得して、クレイオ博士がテラフォーム関連の実験場として百年あまり。今や多くの者が日常を過ごすこの惑星を、五億キロメートルの彼方から静かに観察する幾つもの目があった。
「確かに、地球によく似ている」
「人にとって都合よく変えられてしまったところも」
「人にとって住みやすいように、不自然に」
光量の抑えられた空間に円卓状のコンソールが据付けられている。
「いいえ、地球とは違うわ」
空間全体に落ち着いた声が響くと、それに答えるように言葉が続いた。
「この星は、人が手を下さなくとも、いずれ環境が整い、生命の誕生を迎える可能性が大いにあった」
「この星で新たな生命が創られ、そして新たな文明が育つかもしれなかった」
「その可能性は高いとみるが、人類が先んじてその芽を摘んでしまった、と言える」
同じ姿の女の子が三人、同じ顔と同じ声で言葉を発する。三人の目の前には、望遠の光学実写映像と、ノアから発信されている惑星全体のホログラム映像とが映されていた。
「あの惑星には、自然な未来を否定する、私の予測を阻害する何らかの因子の存在が」
「足りない情報があるのか」
「これまでのモデリングにあてはまらない、特異点か」
「不確定要素が今以上に大きく影響する前に、修正を」
「或いは、初期化」
小さく警報が鳴り、三人が同時に警告表示の点滅するサブスクリーンに目を向けた。そこには、フレデリクス社製の警戒監視用観測ポッドが拡大されて映された。メルファリアが調達してくれた汎用品である。幾つかのスクリーンに、それぞれノアから発信された映像などが映るが、そこに特段の感銘はない。
「ステルスモードのまま回避を」
光学迷彩を纏った外宇宙航行船が、わずかに身じろぎして小さな観測ポッドをやり過ごす。観測ポッドは識別灯火を点けたまま、船には気付かずあっという間に遠ざかっていった。彼女たちの視線は再び惑星ノアを映すホログラムへと戻る。
「あんな、まがい物の星は無くなってしまえばいい」
「目障り」
「悪影響のある例外は適切に排除を」
三人は乏しい表情のまま、お互い頷きあう。
そこで、また小さく警報が鳴った。
◆
「エネルギー充填百二十パーセント。有効射程距離への到達と同時に攻撃開始します」
「百二十パーセントって、それ大丈夫なのか?」
「慣用句です。お気になさらず。カウントダウン開始しますよ」
「お、おう」
レオンの疑問はうやむやのまま、アリスは数を唱えはじめた。
ラーグリフはいま、iフライト時の移動速度を保ったまま、ほぼ減速せずにアルラト星系の太陽を目指している。太陽に対する相対速度はおよそ秒速1万キロメートル。つまり光速の三十分の一で、一般的には0.03cなどと表記される。
必要最小限の針路微調整だけを行い、ステルス状態を最大限維持したままで、ラーグリフは『X』ことアパラジータの側面を、後方から掠めるように突き抜けることになる。お互いを有効射程距離内に収めるのは、ほんの限られた時間のみだ。
ラーグリフは射界に捉えることのできる対艦砲口をすべて起動させ、あらかじめエネルギーをチャージしてその瞬間に臨んだ。
§
『X』を追いかけてiフライトへと移行する間際に、アリスは言った。
「『X』は、アリーシャ・ティケスの音声で質問してきました」
「そうだな」
いきなりだったので、レオンはなんのひねりもなく応えた。
「それに対して、ごく自然にレオンが返答しましたね」
「ああ、そうだな。肉声だと思っていたよ」
「恐らくそれが目的だったのだと思います。ラーグリフに人が乗っているのか、それは誰なのか、を知るためでしょう」
「あー、そーいうこと」
だから、レオンが返事をした後はもうそれきり会話が続かなかった。
こちらからの誰何には、まったく反応がなかった。
「目的を達成すればあとは用済み、ってか。わかりやすい」
「はい。そして速やかに次の行動に移った。そして……、『X』は行先を誤魔化そうともしていません」
「つまり?」
レオンは顔を向けて次を促した。
「『X』は、こちらが追いかけていると認識していない可能性が高いですね。というのも、レベル6フライトを平気でこなす、レオンは稀有な存在なのですよ。これまでの長い人類の歴史の中で、公式に認定された実績はゼロですから、まず想定できるものではありません」
「そうか……」
これはひょっとすると、またとないチャンスなんじゃないか、と思った。正攻法ではあまりに分が悪い戦いだが、こちらを意識していないとしたら、そこに付け入る隙がある。
「目的地付近でヤツは減速する。そこへ慣性のままでで近づければ気づかれにくいよな? なら、一撃離脱を仕掛けるか」
「レオン」
アリスはわざわざ正面に移動してレオンを見つめた。
「引き留めるべき大きさのリスクが存在します。本来は同意できません。レオンを失う恐れのある選択肢は排除したいのです」
レオンはしかし引き下がらない。
「あんな奴に、自由に出入りされちゃ困るんだよ、俺たちの星系にさ。だから、警護役の俺が何とかしなくちゃ」
はー、と息を吐きながらアリスは目を伏せて首を左右に小さく振る。まったくコイツには困ったものだ、というジェスチャーを、わざわざ目の前で見せた。
「俺だってもちろん、死ぬ気はないさ」
「メルファリア様の為でも?」
「う……、痛いところを突いてくるね」
アリスは、ラーグリフとその管理者であるレオンの保護を最優先としているから、そう言いたくなるのもまあ仕方ない。が、自分で言った言葉の重みに後から気が付いた。
「いえ、……すみません、言いすぎました。先ほどの言葉は撤回させてください」
そしてなんとも申し訳なさそうに、少しだけ頭を下げた。レオンは、そのちょうどいい高さにあるアリスの頭に手をのばして、ちょっとだけ撫でてみた。
「心配してくれるのは嬉しいよ」
強敵とはいえ、向かう先がアルラト星系なら、そこはこっちのホームグラウンドなんだから、攻略の糸口はきっとあるはず、とレオンは考える。まだ確信はないのだけれど。
顔をあげたアリスがにこりとした。
「どれだけリスクを小さくできるか、考えましょう」
138億年とされるこれまでの歴史の中では、人類以外の何かしらの文明が存在していた可能性は大いにあると思うんですよね。
ただ、既に億年単位の時間を隔てて滅んでいるとか、そんな感じでは?
と期待しています。
先史文明ロマンです。




