3.百年前の座標
タイムスケープ宇宙論
ワクワクしますね。
個人的に大注目です。
汎銀河系探査用自律航行船ラーグリフにとって、本来のフライトプランにおける出発地の座標を指すポイントαに、今現在は何があるのか。何が待つのか、或いは何もないのか。
「アリスも知らないんだろう?」
「確たる情報はありません。クレイオ博士の推理では、今後の人類域における覇権獲得を目指す勢力が情報の独り占めを狙ったのではないか、とのことでしたが」
「百年後に得られる情報を独占しようって事なら、それはもう個人の欲望ではないよな」
まあ、ランツフォート家なら百年後の子孫に有用な情報を残そうとは考えるかもしれないが、この件に関しては欺かれた側だ。
クレイオ博士は、その真摯な仕事ぶりのおかげで結果的にテロ行為を免れたが、惑星ノアに在った変異ウィルスへの感染による急速な体調悪化に倒れた。その際に自身を模した電脳をMAYAの一部として残したが、いまだ事案の真相を追いきれてはいない。
レオンを管理者としてからは実に様々な航路を巡り、多くの星系を訪れて情報を得たが、まだシナリオを組み上げるだけの材料は揃っていないのだそうな。だから、更なる情報を求めてMAYAはポイントαへ行くことを推奨すらしている。
「陰謀論を信じるなら、黒幕かその手下が待ち構えていてラーグリフを接収しようとするんだろうな」
何事もなく平穏無事が望みのレオンとしては、陰謀論として一笑に付したい。
「ですが、レオンが先んじて特権管理者に収まってしまいましたから、レオンの許可が必要ですよね」
「しまいました、だなんてまるで俺が横取りしたかのように言うな。俺は悪くないぞ、たぶん」
「黒幕とやらが、そう思ってくれると良いのですけれどね」
他人事のように言うが、ラーグリフが拿捕されるならば、アリスも一緒の運命だ。レオンとしても看過できるものではない。
そもそも、ラーグリフは期待されていた可住惑星候補の探査情報を持ち得ていない。黒幕(が存在すれば、だが)にとっては百年越しの空振りになるわけだが、そうとは知らない可能性が高い。
とすれば、ラーグリフとその情報を得るためには、レオンを邪魔だと思うだろう。
つまりレオンには狙われる理由が少なからずあるわけだが、そうだとしても、ラーグリフとの邂逅を無かったことにしたいとは思わない。それ以前とはがらりと違う数年間には危機的状況もあったし、きっとこれからも色々とあるだろうが、これまでの事は全て、これからの為に必要なのだ。
「ローレンス様からの依頼は調査・確認だからな。ヤバいときはすぐに逃げるぜ?」
「ええ、もちろんです」
MAYAは真相の究明とを天秤にかけて、レオンの存在の方が価値は大きいと認識してくれているだろう。きっと、高レベルフライト適性を高く評価してくれているのだ。体質に感謝。
ちなみにUN本部のある惑星デルフィへは、ここ惑星ノアから商用航路を利用して旅客船を乗り継ぐならば五十日くらい掛かる。しかしランツフォートの軍用ルート情報を得たラーグリフは、ことレオンのみが乗船する時なら、レベル6を適用してこれを僅か三日ほどで飛んでしまう想定だ。
この軍用ルートを最大限に使用した、外洋機動部隊戦力の展開能力と比較しても、圧倒的に速い。人類が銀河系内に数万光年に及ぶ領域を得た現状でさえ、これはまさに、ゲームチェンジャーと言っていい。
「ようし、さっさと行って、帰ってきて、ローレンス様に報告してしまおう」
「やっつけ感が否めませんね」
アリスが笑顔で言ってのける。揶揄されているような気もするが、だいたいその通りだから仕方ない。
§
ポイントαへのフライトプランにおけるiフライトレベルは6、最大倍率は三百万を超えている。星々の集まる銀河系内の時空間は平坦でなく、星系と星系とを繋ぐルートでは、ここら辺が上限と算定されている。
「いずれ銀河から離れる方向へ向けて、ラーグリフの能力上限までレートを上げてみたいものです。レオンがどこまで耐えられるのか、ぎりぎりのところを探ってみたいですよね」
「ですよね、とか言われても。俺は安全に天寿を全うしたいんだけどな」
そう言いながらも、レオンはアリスの提示したフライトプランを一瞥しただけで承認した。
デルフィも近くなったものだ、なんて思えるのはレオンだけ。複数のバニシングリアクタとインフレートインヴァイターを協調制御してフライトレートを大幅に引き上げる技術は、高度で精密な複数機器の現物合わせが必要なことに加えて、その高倍率フライトに適応できる人間が見当たらず、現時点での一般化は困難だ。
ラーグリフは銀河系の広域探査のため桁外れのリソースを投入して建造され、基本的にAIが運用する前提で進宙したのであって、こんな船は人類域広しといえども他には見当たらない。
これまで同様、レオンはプロミオンの中にあって身構えるでもなく、カプセルベッドの冬眠状態で過ごすでもなく、旅客船で運ばれるときと同じように過ごして、或いはアリスの料理に舌鼓を打って、悠々と三日間を過ごした。航程の途中のどこかでは確かにフライトレベル6に達していたはずだが、今や気にかけることもない。
そして、レオンの体調に何ら変化は現れない。
「そろそろ目的地か?」
レオンはギャレーで一人分の珈琲を淹れてマグカップを手に持ち、ブリッジへと通路を歩きながら大きな声でアリスに尋ねた。
「はい。ほぼ予定通りですので、射出する観測機の準備を始めますね」
ラーグリフに対して、ポイントαでどんなリアクションがあるのかないのか予想もつかないが、とりあえず手持ちの観測機を飛ばして宙域そのものを広く観察することにしている。
「問題は、いつまで観測を続けるか、だよな」
レオンはさっさと帰りたい。
いまや座りなれたキャプテンシートに腰を落として、肘掛けの外側のミニテーブルにマグカップを置く。
「良い香りですね」
珈琲を飲むことのないアリスも、その芳香は好ましいものと思っている。
それはヒトシミュレータであるアリスの、シミュレートされた感性がもたらすものだ。
「ああ。これが落ち着くんだよね」
少しだけ、自分も褒められたような気になりながら、レオンは珈琲を一口含んだ。
「では、落ち着いたところで聞いてください。前方やや左、十一時の方向約十万キロに、不明船を確認しました」
「ぶっ」
レオンは危うく珈琲を噴き出しそうになったが、なんとかこらえて一拍おいてから飲み込んだ。
「こんなところに、不明船? 近いな、ってか近づかないと見つけられなかったって事か」
「現時点で確認できるのは一隻だけ、トランスポンダは発信していません。光学観測とノイズパターンを解析中です」
レオンは補正された望遠映像に目を細めた。じわりじわりと輪郭が明らかになっていく。
一緒に前を向いていたアリスが、ゆっくりとキャプテンシートのレオンを見た。
「いつぞや、惑星ノアの近傍で取り逃がした強力な艦船がありましたよね? 恐らく、アレです。最大減速します」
「ぶーーーーーっ!」
レオンは今度こそ口に含んだ珈琲を噴き出した。
「やっ、汚な……、失礼しました。便宜上、以後は不明艦を『X』と呼称します」
慌てて口元を拭い、レオンはマグカップをサイドテーブルに置いた。
「あ、あれって、ラーグリフに似ていて強武装の、プロミオンを壊してくれちゃったヤツ?」
「そうです、それです。以後『X』と呼称してください」
積極的に関与したい相手ではないが、先方もこちらを捕捉しているだろう。
それに、この場に現れて、さすがに無関係という事もあるまい。
「やばいじゃん。ここはもしかするとヤツのテリトリーなんじゃないのか? 誰だ何にも無いって言ったのは」
「落ち着いてください。何もないとまでは言ってませんよ誰も。それから、ヤツじゃなくて『X』と呼称してください」
惑星ノアが大出力電磁波兵器『ザッパー』で狙われたとき、その稼働を止めることはできたが『X』には逃げられてしまった。そして、物証として確保すべきだった『ザッパー』を破壊されて、更にはプロミオンにまで大きな傷を付けられた。
用心するべき「敵」だ。
「対艦戦闘準備。最大射程距離よりも手前で、ヤツに合わせて停止。前面にシールド展開」
「ラーグリフはまもなく停止、シールドも展開済みです。それから、ヤツじゃなくて……、もういいです」
百年とは?
一年ってのは、実のところ可住惑星ごとに違います。
地球は相変わらずだし、UN主星デルフィの一年も地球とは違います。
だからこの時代の人は、自分専用の暦があります。24時間×365で加齢します。




