2.約束の地
宇宙時代には、西暦に代わる暦が使われるのでしょうけど、
わりと地球は西暦のままだったりするかもしれませんね。
ヤシマの暦はどうなっているのか、夢想しだすといつのまにか眠ってしまいますが。
惑星ノアにおけるヤシマとの共同開発については、場所を決め、第一段階の開発規模が決まると、程なく両陣営からの関係者を招聘して起工式典が催された。ランツフォートからは次期当主とされるメルファリアの長兄グラハム・マークス・ランツフォートが、そしてヤシマからはフジタニ外務大臣が惑星ノアに足を運んだ。
当然のように、リサは歓待のアドバイザーを仰せつかって大忙しとなった。メルファリアは、グラハムと共に主役の一人であるから、こちらもまた大忙しである。
平和な式典なのでレオンは安穏としていられるかと思いきや、グラハムと共に来訪した次兄ローレンスに呼び出された。ローレンスが惑星ノアを訪れるにあたっては特段なにも聞かされていなかったが、やはり何かしら理由があるのだろう。
御屋敷内にあってローレンスからの呼び出しであれば、アリスは付き従わずレオンのみが向かうことになる。アリスがつまらなそうに、レオンにそのことを伝えた。
「ご指名ですよ、レオン」
レオンは、また「最近どうだ?」などと聞かれたらどう答えようかと思案しながらローレンスの待つ部屋に近づいたが、ノックより先に大きなドアは副官の手によって静かに開けられた。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
レオンよりも小柄な美少年兵は、名をケイトリン・ロイドという。
実は美少年ではないし、今日はなんと小さなピアスが両耳に、そして唇にはリップグロスが輝いている。つい、ちらりと目をやると至近距離で一瞬だけ目が合ったが、相変わらず強い意志を感じる瞳だった。
きびきびと、彼女はレオンと入れ替わるようにドアの外へと退く。向き直ったレオンがローレンスを探すと、彼は奥の大きな執務机からソファへと動くところだった。
「どうした? もう美”少年”には見えんか?」
「勘弁してください。もう間違えたりはしませんから」
はじめて見たときは本当に、見目麗しい少年兵と思ったものだ。
「ケイトもな、誤認させたいわけではない、とは言っていた」
「……ケイト?」
「あー、いや、ロイド少尉、な」
少し、間が空いた。
「……ふーん」
「ロイド少尉、だぞ」
「わかりました」
ローレンスの用向きとは、端的に言ってしまえば、ある宙域の調査依頼だった。
ただし、ラーグリフで、という条件つきだ。わざわざローレンスが惑星ノアに赴いたのは、やはり、妹に会いたいが為というだけではなかった。
レオンが偶然にも接触したことで、ラーグリフがランツフォート家のもとへと収まり、クレイオ博士の遺志と共に幾つかの興味深い情報がもたらされていた。そのうちの一つに、いつのまにか変更されていたラーグリフの帰還座標がある。
百年余りも前に、当時のクレイオ・ランツフォート博士がラーグリフの所在を隠匿する発端となったのは、探査船ラーグリフが銀河を巡って帰還する、そのフライトプランの最後の、ほんのわずかな変更だった。
クレイオ博士が気付いたのは、ラーグリフが帰還する際に指定された座標だが、これは、出発地である惑星デルフィ近傍宙域に帰ってくるというものだった。元々そういう設定でクレイオ博士も了解している事であり、それ自体に何ら不審な点はない。
ただし、帰還時点の時間設定が、出発時と同じ日時に変えられていたのである。
一瞥しただけでは見逃してしまいそうな、気にも留まらぬ設定値の変更であった。そもそもミスの可能性を考慮する設定値でもなく、最終確認の対象ですらなかったものを、当時ラーグリフに居残り作業をしていたクレイオ博士が見つけた。
最初は単純な、ただし深刻なケアレスミスかと思われたが、それはシステムの監査証跡までも巧妙に偽装した、意図的な変更であった。
そして、それはいったい何を意味するのか。
惑星デルフィも、その属する星系も、我らが銀河の中ではその中心たるAスターの周りを公転している。それはもう猛烈な速度で移動しているわけで、百年後に、同じ場所には留まっていない。
ほんの少し設定を弄っただけで、ラーグリフは百年前に惑星デルフィが存在していた宙域に帰ってきて、そこで次の指示を待つことになるわけだ。そうすると、航路でもなければ目印も特にない、およそ何者にも感知されない宙域にラーグリフは漂うことになる。
何故そのような座標にあえて変更されたのかとなれば、まず考えられるのは、ラーグリフが取得してくるであろう貴重な情報を、何者かが横取りしようと考えた可能性だ。
銀河探査船ラーグリフは、天の川銀河のハビタブルゾーンに沿ってぐるりと調査を実施し、およそ数百から千個程度の可住惑星候補を確認出来ると見積もられていた。その成果はUNの内部情報として蓄積される予定だったが、これが多くの関係者と共に闇に葬られかけた。
何者かだけが、ラーグリフが「とある」宙域に帰還することを知っているのではないか。
その「とある」宙域は、現時点の惑星デルフィからは、いまや七百天文単位、およそ一兆キロメートルほども離れている。
当然、iフライト可能な外洋航行船なら苦もなく到達できる距離であり、実際のところローレンスの指示にて当該宙域の調査は既に行われたが、何もめぼしいものは見つからなかった。
だが、そこへラーグリフが到達したならばどうか?
ラーグリフは、指定の宙域で課せられたミッションを完了すると共に、次の指示を待つ待機状態になるはずだった。ならば、次の指令を下そうとする者が何かしらの行動を起こす可能性があるのではないか。
と、機密に属することをローレンスはレオンに語って聞かせた。
「予想通りなら、何者かがその場でラーグリフに危害を加えるとは思えんが、リスクがないわけではない」
「何者であるか、或いは何事もないのか、を確認したいところですよね」
そこでレオンへの依頼、となるわけだ。
ラーグリフが当該宙域に赴くことで、何かしら次なる動きが惹起されるのか。
「黒幕か、それに繋がる手掛かりが得られるかもしれませんね」
「何もないかもしれんが……、頼めるか? であればメルファリアにも話を通そう」
今、惑星ノアにはランツフォート家のVIP三兄妹が揃っていて、警護に係わる陣容はいつになく厚い。その間にレオンに動いてもらおうというわけで、メルファリアは快くでもないが許諾してくれて、レオンは単独でデルフィ近傍宙域へと向かうことになった。アリスと共に。
「地上での式典に付き合わされるよりは、俺は船の上がいいね」
豪華な晩餐会はちょっと惜しいが、堅苦しいのはいまだに慣れないし、実は慣れたいとも思っていない。レオンは、ラーグリフとプロミオンの補給に関する状況をアリスに確認してみた。
「私を選んでくれたという事ですよね。嬉しいです」
「いや別にそういう訳じゃないから」
レオンが呼び出されたときとは打って変わって、アリスはずいぶん機嫌が良い。
「腕によりをかけて、晩餐にも負けないディナーを提供しますよ」
「あー、……うん、そこは期待してる」
アリスは探査船ラーグリフと管理者レオンとの橋渡しをするマンマシンインターフェース、というのがそもそもの立ち位置だ。地上勤務ばかりではまさに宝の持ち腐れで、その能力を発揮できずに脾肉が肥えるのを嘆く事になりかねないのだろうか。
アリスは肥えないけどね。
ラーグリフに関する謎に迫ることにもなり、それを望むMAYAの意向はアリスにも反映されているのだろう。レオンとしても、もやもやしたままよりは良いので、まさに渡りに船なわけだ。
「ガ―っと行って、ちゃちゃっと済ませて、さっさと帰って来ようぜ」
「そうですね、これはもうフライトレベルをガ―っと上げていきましょう」
今現在唯一の人体サンプルであるレオンは、こうしてまた高レベルフライト実験に供される事となるのであった。
約束の地、とはいえ地面ではないです。
いずれ人類が外宇宙へ広がるような未来には、コトバにも変化が訪れるのでしょうね。
異世界ではなくて遠い未来へ転生してみたいです。




