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24.眠りの森の某


iフライトレベル4の物体を側面から観測すると万倍に希釈されて霞んでしまうが、真後ろから観測すればそれはごく普通に映るのです。

自分もレベル4で動けば。


 iフライトは時空間における自己の存在が指数関数的に希薄化するが、それでも存在している以上はゼロにならない。時空跳躍とは違い、必ずその時空間内に希薄ながらも存在はしているので、捕捉することは可能だ。


 そんな朧な存在をラーグリフは捉えてセレーネの後を追ってきたわけだが、その航跡データはランツフォート軍と共有されていて、ローレンスの知るところでもあった。


「俺も出来るだけ早く向かう、などと言ってしまったが、ウーガダールを以てあたることに躊躇いがないと言えば嘘になるな」

「あのような兵器が相手ともなれば、リスクの大きさは測りにくいですね……」


 なぜローレンスが今更躊躇うのかと言えば、それは隣にメルファリアが居て、おとなしく後方で待っていてくれそうには無いからだ。


「メルファリア。やはり一緒に行こうとするのか?」

「そのような、当たり前のことを今さら聞くのですか? 大丈夫です。いざという時の為に、ガラノスにわたくしのパーソナルデータのコピーを残してきましたから」

「ぜんっぜん大丈夫じゃないだろうが!」


 かなり久しぶりに、ローレンスはメルファリアに対して怒ってみせた。


 メルファリアがアリスから聞くところでは、レオンはパーソナルデータから、かなり完成度の高いシミュレータを構築済とのこと。システムはアリスと同じということなら、そのシミュレータが儀体を動かせば本物のレオンとも区別がつかないだろう。


 レオンは無関心らしいが、そのパーソナルデータのストックにメルファリアも加えるよう、アリスにお願いしていたのだ。データの取得提供は少々面倒だったが、メルファリアはこれによって、正体不明の安心感を得たものだ。



 ところで、世の中には、承認欲求を満たす究極の一例として公開生体データベースという物がある。それを望む人が、遺伝子を含む様々な個人情報や生体組織までを有償或いは無償で公開するシステムで、人により様々なレベルでの使用許諾を設定している。


 中には完全に自由な使用を許諾している人もいるとかいないとか。


 そのほとんどは故人で、未来永劫自身の存在や価値を認めてもらいたい欲望に、既に三億人以上が登録している。おのずと数は限られるが、精子や卵子も提供可能なリストに載せている人物だっている。つまり本人の許諾があれば、相当年数を経た後でも人工授精により子孫を生すことだって可能なわけだ。


 UN基本法規でクローンの生成は禁止されているが、それでも斯様に濃密な個人情報の用途は幅広い。


 とはいえメルファリアにそこまでの承認欲求はなく、むしろ自分に何かがあった際に周囲への影響を小さくするための、より精密な影武者としての用途を考えた。だから公開生体データベースではなくて、アリスを通じでMAYAにお願いしたのだ。アリスと同じように振る舞えれば、当面の間は自分の身代わりになるのではないか、と。


 メルファリアのこの企みは、レオンには内緒である。なんとなく、反対されるんじゃないかと思ったから。そして今、ラリー兄様にも良い顔はされなかった。データの提供の際には、リサにはフライト適性を調べるための身体検査だと、事実の半分だけを言ったのだ。


 だから、リサもメルファリアのパーソナルデータのコピーが、存在していることを知らない。


 それらも含めたMAYAのバックアップがガラノスに保管されてアルラト星系内宇宙に漂うが、惑星ノアから主星を挟んでちょうど反対側にあるのは秘匿されていて、フェイザーの凶行から逃れられる可能性は高い。


 メルファリアに万一のことがなければそのヒトシミュレータは日の目を見ないだろうが、自分を模したシミュレータとはどんな具合なのか、メルファリアにも幾らか興味があるが、怖くもある。

「この目で確かめてみたいけれど、ドッペルゲンガーに会うようで勇気が要りますね」


 レオンも同じようなことを言っていた、などと慰めともつかないことをアリスから伝えられたりもした。アリスによれば、データが充分に揃っているので、レオンのソレと同じように儀体の完成度にはかなり期待できるとか。


 メルファリアは、レオンなら儀体とわたくし本人との見分けがつくだろうか、なんて事をちょっとだけ考えてみた。



 ちなみに元婚約者であるマイケル・リーは承認欲求の塊のような人物であったが、生体データベースへの登録はしていない。おのれの理想とする外見を得らえるよう改変したDNA情報を登録しようとして、断られたのだそうだ。

 さもありなん。


 マイケルは、全身に及んだ火傷の再生治療によって生来の姿を回復したが、それはセレーネで施療したものだという。これまたノーマ・フオンからの情報なわけだが、その彼女はいまランツフォートの保護観察下にあり、害意のないことを示すために自ら進んで眠りについている。


 彼女は、生殺与奪の全てを委ねた上で、ノルンを救って欲しいと懇願したのだ。

「ノルンは変わってしまいました。……いえ、もしかしたら私が変わってしまったのかもしれないけど。とにかく、私とノルンは同一ではないのです。ノルンは、惑星ノアの美しさに嫉妬してしまったのかも知れません」


 彼女の身体は羊水に似た液体の中に漂い、眠ったまま問われたことに素直に応え続けた。同じように眠るグエン・ドン・ズアン提督からの言葉と、矛盾を生じるものはなかった。

「惑星ノアが不自然だなんて思わないわ。逆に私は、地球と同様にノアの美しさに惹かれた。もう、どうしようもなく、魅了されてしまったの」


 ノルンと敵対したいわけではないし、ただ意見が違うというだけで滅しようなどとは思わない。なんとかノルンを説得できないものか、とノーマ・フオンはかなり難しいことを打診してきたのだ。彼女がそうだったように、自身の五感で感じることで惑星ノアに魅せられることもあるかと考えたが、ただ「観察」を行ったノルンには、また違った思いが生じたのかもしれない。


 ノルンがオリジナルとはいえ、外見に幾らか手を加えて生み出されたノーマ・フオンは、これまで地球以外にもたくさんの星を巡り、見て聞いて、そして感じてきた。惑星ノアとて地球と同様に美しく、そして同じようにかけがえのない星だ。

「だから私は、惑星ノアを壊したくない。壊されたくないの」


 その言葉は本心からのものだろう、とメルファリアは信じている。

 そして、ノルンを説得することもきっと不可能ではない、と希望を持っていた。


 §


 一方、惑星ノアを狙うセレーネは一時的にせよ停止して、ラーグリフとのやり取りを続けている。時間稼ぎが目的のレオンは、せっせと意地悪な質問を作っては送り付けていた。

「いったい、いつまでこの会話を続ければいいと思う?」

「いつまで続ければ良いかは不明ですが、このまま引き留めておけば、惑星ノアはずっと安全ですね」

アリスがトンチのように答えたが、レオンにはいまいち伝わらなかった。

「それは無理」


 これまでのMAYAの分析に、新たに得られた情報を加えて整理してみると、クレイオ博士の推察は大枠で外れていない。ノルンは、電脳として少なくとも二千年以上は存在して、人類に対し隠然たる影響を及ぼしてきた。アリーシャ・ティケスがノルンを造ったのではなくて、ノルンが自身のクローンとしてアリーシャ・ティケスを生み出したのだ。


 そんな存在だからこそ、ラーグリフが帰ってくるまでの時間を待っていられた。多数の人の集団が世代を超えて戦略を継承してきたのではなくて、単一の意思が連綿と存続していたわけだ。


 そしてどうやら、ノルンはラーグリフの持ち帰るべき可住惑星候補の情報を、心理歴史学的に利用して人類の未来予測に役立てようとしている。その動機が、人類の穏やかで健やかな発展のため、という所がまたややこしい。


 人類の穏やかな発展を願うのは、ランツフォート家も同じだからだ。恐らくはG7の過半は同じ方向性なんじゃないだろうか。ただし、ノルンは大多数の利益の為に少数の不利益が生じることを厭わない。

「不利益が生じる側にしてみれば、そりゃーね」

「その抵抗に予想外に手を焼いて、思考に微妙な歪みが生じているのかもしれません」


 近年とくに惑星ノアの関与する予測の精度が、目立って低下していることを大変憂えていたのだという。なんとか補正をと試みたことがいずれも芳しくない。そこでノルンは、そもそも惑星ノアの「不自然な」環境整備を、リセットしようと目論んだ。


 §


 ノーマ・フオンの言質を得て、アリーシャ・ティケスがクローンであったことを知っているが、レオンは敢えて確認のための質問を送ってみた。生前のノルンとどこまで似ているのか、など感情を揺さぶりそうな質問も伝えてみた。


 会話とはいっても、ノルンからは時折新たな要求が送られてくるだけで、こちらの質問に対する明確な回答などはない。目的は時間稼ぎだから別に構わないが、こちらがどこまで知っているのか、を探ろうとしているとは感じる。


 情報を少しづつ小出しにして、ノルンの関心をここに留めておくことが肝心だろう。


 そして、その取り組みはようやく報われようとしていた。



そろそろ誰か、公開生体データベース始めませんかね。

某世界一の大富豪とか、某世界一の超大国の王様とかが顧客になりそうなんですけど。

未来永劫残すために、未来永劫サービス料金をふんだくれると思うんですよね。


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