21.預言と現実
人類の生成する情報が劣化しない形で記録されるようになってどんどん蓄積して、そしていつか、データマイナーという職業(?)が自然発生すると思うんです。
増えすぎる一方の情報のどこに価値が埋没しているか、掘るのも大変です。
ローレンスの副官、ケイトリン・ロイド少尉は秘書官であると同時に護衛官でもある。ランツフォート宇宙軍の総司令官たるローレンス・ジェラルド・ランツフォートの護衛として訓練を受けており、体術もさることながら、火器などの扱いにも精通しており、射撃の技量も優れている。
メルファリアの護衛としてリサと組むなら、これはうまい組み合わせだ。レオンも射撃の腕前は悪くないが、いざ敵対者に向けて躊躇わずにトリガーを引けるかというと、少々怪しい。護衛官ならば迷わず撃たなくてはいけない筈ではあるが。
メルファリアの前では口にしないが、リサは常々レオンには覚悟を持ってほしいと思っている。今はもう、姫様に近づくなとは言えそうにないからだ。まるで小姑のようなことを考えて、そんな自分にふと気付いたリサは、メルファリアとロイド少尉を交互に見比べた。
心の声が漏れていないかと心配したが、それはどうやら思い過ごしのようだった。
「どうかしましたか、リサ?」
「い、いえ、なんでもありません」
データマイナー”スピンクス”からは随時、追跡データが更新されて来ており、目星をつけたサンプルパーソンはいま、オリンピアに滞在中であることが確定的になった。メルファリアたち三人は一般人を装い、惑星デルフィの中心都市オリンピアの官公庁街でノーマ・フオンと思しき人物を待ち伏せた。そして、それが彼女本人であることを確認し、頻繁に立ち寄るカフェに現れたところに近づいた。
彼女は四人掛けにしては小さな丸テーブルに一人、いちばん壁に近い席に座ってスレート端末をのぞき込んでいた。
「相席よろしいですか?」
とメルファリアが声を掛けて、返事など待たずに正面の席に自ら座った。そして他の二人が無言のまま左右の席に座って、形式的に会釈をした。
「他にも空いていますのに……」
端末の表示を消して顔をあげ、ノーマ・フオンはあきれ顔で首を傾げた。そして、まっすぐ射貫くように見つめるメルファリアの視線に気が付いた。右隣の小柄な女子にも見覚えがある。左隣の女子は敢えて目を合わせてこない、隙の無さが見て取れた。
言葉を発するのは正面に座ったお嬢様のみ。
「貴女に、お話があります」
「まあ、メルファリア様。偶然……ではありませんね」
自分を探して、わざわざ足を運んで来たに違いない。彼女の奥底に抱くかすかな想いに、今まさに柔らかな光が一筋差したような、そんな気がした。もしかしたら、この方こそ、特異点なのかもしれない。
「早速で申し訳ありませんが、少々、お時間を頂けませんか?」
丁寧な言葉づかいに、えもいわれぬ重さを感じる。そして、ノーマ・フオンはその重さに抗おうと思わない。
「わかりました、場所を変えましょうか」
「店の奥に個室を用意しています。どうぞそちらへ」
ノーマ・フオンは数舜目を閉じて、小さくため息をついた後に、おとなしくメルファリアに従った。
§
レオンはアリスと共にローレンスに呼び出され、極めて確度の高い情報としてその連絡を聞いた。
「セレーネの行先と狙いが分かった。……やはり、惑星ノアだ」
嬉しくはないが、予想通りではある。
ここポイントαから惑星ノアへ向かうには、かなり最適化された航路が存在している。セレーネが凶行に及ぶ前に追いつける可能性は高い。或いは先回りできるかもしれない。ポイントαに留まっていたのはその為で、喜ばしくもないが、これも狙い通りだ。
ランツフォート軍も総力を挙げてセレーネの行方を追ってはいたが、これまでのところ目立った情報は得られていなかった。そこへ、メルファリアの尽力によってノーマ・フオンからもたらされた情報は、衝撃的ですらあった。
彼女が情報の提供に協力的であるという事だけでも驚きだが、そこから得られた情報の多さ、そして最も驚かされたのは、もたらされた情報がことごとくMAYAの保持する機密情報と整合することだった。
疑う理由を見出せない状況から、レオンはラーグリフで先行しセレーネを牽制する役目を任された。より正確には、任される前に自ら願い出た。レオンにしか出来ない事だと思ったからだ。
惑星ノアが狙われていると分かった以上、ことは一刻を争う。メルファリアに一言挨拶をしてから行きたかったが、その為に時間をかけるのは許されないと思えた。
「ローレンス様、メルファさんによろしくお伝えください」
「ああ。そちらも宜しく頼んだぞ、俺もできるだけ早く向かう」
ローレンスから手を差し出されて、レオンは躊躇わずに応じて固く握手をした。あまりに固い握手で手がしびれたが、以前ほどに力負けする様ではなかった。
握手のあと、レオンはアリスを呼び出して、そのままプロミオンの待つドックへと向かった。ウーガダール内にあてがわれた自室の片付けもせずに出航を急ぐのは、必ず帰ってくるつもりでいるからでもある。
「さあ、急ぎましょう。フライトプランはもう出来ていますよ」
「ちょっと嬉しそうなんじゃないか? レベル7まで上げるつもりか?」
フライトプランの中身を確認してないが、当たらずとも遠からずだろうとレオンが勘ぐると、アリスが一瞬、言葉を詰まらせた。
「ま、まあ、その、徐々に上げていけたらいいですね!」
「任せる」
ラーグリフはウーガダール内で補給を受け、プロミオンと共に清掃と表面艤装のメンテナンスを受けた。これから向かうのは、絶望的な戦いではない。しっかり準備を整えて、目的を達成するためにレオンは行く。
資源運搬タンカーも入る巨大なドックで、接舷バースから離れてラーグリフはゆっくりと前進する。まずはアルラト星系へと向かい、それからセレーネの到達予測地点へと近づく。
セレーネのフライトレベルは最大レベル4までであることが分かっている。これもノーマ・フオンからの情報だが、フェイザーは、ほぼ当初の計画通りに建造されているということになる。
ならばラーグリフは今からでも先回りができる。搭乗員がレオンならば、という条件付きで。先回りをして、アリスを含むラーグリフの最新のバックアップをガラノスに置く。これは最悪の事態に備えた保険だ。そうしてから、セレーネが向かったとされる宙域へとアプローチする。
行先は、アルラト星系の現在位置ではなく、人知れず狙うための射撃位置だ。そこは、惑星ノアからは1パーセクの距離。もちろんそれは、「3.26年後の惑星ノア」からの距離となる。そして惑星ノア以外には極力影響を及ぼさない位置取りであり、なおかつ公転軌道面と一致させて実効性を上げている。
秘かに実行されたならば、およそ何者にも察知されることなく、観測されたときには惑星ノアが消えてしまう。巧妙に計算されたその座標は、むしろノルンの確固たる意志を感じさせ、レオンだけでなくローレンスをも戦慄させた。
凡そ三年後に、惑星ノアに避け得ない破滅をもたらす凶行だが、そうとわかれば住民の避難を計画的に行う余地もある。望んだ以上の詳しい情報だが、それをもたらした自称預言者は、なにも神託を授かったわけでなく、その情報の出どころに直接関与していたのだ。
彼女は、自身の身柄をメルファリアに託した。諦念して、というよりも自ら進んで個人情報もろとも処遇の全てを委ねた。それによって判明したことだが、預言者ノーマ・フオンは、そのDNAが早逝の科学者アリーシャ・ティケスとほぼ一致していた。
つまり、情報の確度を上げて行動に移すことが出来たのは、クレイオ博士が残したデータがあればこそなのだ。そして、そのDNAの出どころはアリーシャ・ティケスではない。それこそが、ノーマ・フオンが使徒として仕えた、自らを「ノルン」と称する電脳である。
アリーシャ・ティケスという個体は、そのノルンの生前のDNAから生成された完全なるクローンだという。その存在が百年前にクレイオ博士と共にMAYAを作り、なおかつ今のアリスの構成の過半を成している。
だから、アリーシャ・ティケスがラーグリフの完成を見届ける前に亡くなったのは事実である。
ではノーマ・フオンという個体は?
彼女は、アリーシャ・ティケスと同じDNAから、早逝となり得る因子を取り除いた調整体であり、その区別の為に敢えて肌の色など外見に関わる因子にも手が加えられたものだ。いわゆる普通の人としての寿命、つまりは活動期間のこと、を求めたのは、他者との関係性に係る場合に、相当期間にわたり同一の人物である連続性を必要としたからだ。
そうして、ノルンからの指示を外部の協力者たちに伝達する、という役目をこれまで担ってきた。
モラルに反する行いも含めて洗いざらい、知りうる全てを吐き出した後に、ノーマ・フオンは自分の身の安全ではなく、ノルンの保護を願い出た。
彼女の凶行を止めてほしい、彼女はあくまで人類に貢献することを望んでいる、と。
セレーネの行方とみせて、預言者の正体に迫る回でした。
特異なのは、メルファリアの引きの強さでしょうかね。




