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2-5 卵

「……滅茶苦茶気まずいんだが……」


思わず小声で独り言ちる。

周囲の視線が痛い。明らかに自分が異物だと分かる。

(シュウさん、早く帰ってこないかなぁ……)

カウンターの先頭で食堂の職員と話をしているシュウさんに目を遣る。

食事の入ったトレーはまだ持っていない。もう少しかかるかもしれない。


図書室から食堂に移動した俺を、シュウさんは入って一番奥のテーブルの真ん中に俺を座らせた。

食堂のカウンターに向かうシュウさんを見送りながらぐるりと周りを見渡す。


400席ほどだろうか。8人掛けのテーブルが横繋がりに何列にもなっておかれている。入口に第三食堂と書かれていたから牢獄の中に複数食堂はあるのだろう。

相変わらず壁に窓はなく、部屋全体が薄っすらと光を放っている。

まだ他の囚人の姿は見えない。


(魔法かぁ……)

何とも言えない気分になる。

魔法と言えば、前の世界ではファンタジーの王道的な存在だ。原理はさっぱりわからないが、この世界では科学はどの程度進歩しているのだろうか。

魔道具の話を聞いて、真っ先に思い浮かんだのは”魔道具士は大金持ちなんだろう”ということだ。

そもそも魔道具は人の手を介してしか作成できない上に、作成できる人間は血脈に縛られておりごく少数。

魔法が一度にどの程度の範囲と対象をとれるのかはわからないが、前の世界のような機械的な大量生産とはいかないだろう。

限られたこの世界の情報では不十分かもしれないが、医務室、図書室、そしてこの食堂にステンレスのような鋼材は見つけることができていない。

鉄格子や、食堂の鍋などは鉄製のようだが、多くは木材と石材を加工したものだ。プラスチック製品も見当たらない。


科学的な進化はそこまでしていないのかもしれない。

であれば、魔道具士は貴重な人材で、彼らの作る魔道具は恐らく高価だろう。

(ニーズは高く、参入は難しく、価格も高止まり、ほぼ独占状態か……いいねぇ)

勿論、基本的な代用品、この光る石で言えばランプになるだろうが、それは普通に市場に流通しているだろうから魔道具が日常生活に溢れているわけではあるまい。

だが、貴族制度のような階級制度が多く残るこの世界であれば、見栄や自己顕示欲を満たす物質は前世以上に需要がある事だろう。


(俺にも使えるってことらしいけど、試すのは10年後か……)

魔法を使える可能性こそシュウさんから情報としてもらったものの、足首についた魔法具のせいで試すことはかなわない。そもそもどうやって使うかも分からないし、本から知識を得たとしても、レジストされて試せない。

死んだかと思えば、死んでいない。

転生を果たしたものの、この身は自由ではなく罪人。

やり直しが果たせるかと思えば、果たせない。


成程、人生とは一筋縄ではいかないものだ。


せめてもの幸福は今の自分が21歳だということで、10年たっても転生前の自分の年齢には至らないという点だ。

全く意味合いは異なるかもしれないが、社会人になってどんどん嫌な人間になり、人を傷つけ、自分の保身の為に横暴であり続けた10年を、身に覚えこそないものの、罪の贖罪に費やし、その間にこの世界の知識を付けることに時間を割ける、というのは幸運といっても差し支えないだろう。

普通はあの急速に体中から大切な何かが抜け落ちたあの晩が最後のはずだったのだ。

あの日の先が、これから続く贖罪の日々の先にあると考えれば、これ以上望むのは贅沢というものだ。



ぼんやりと感慨に耽りながらこれからどうしていくかを考えているうちに、徐々に食堂に囚人たちが入ってき始めた。

人の流れが切れることなく、徐々に席が埋まっていく。

しかし、中々自分の席の近くには人が寄ってこない。

最初こそ偶然なのかと思いもしたが、明らかに避けられていることは明白だった。

中には俺の顔を見て明らかに驚愕の表情を浮かべたり、露骨に顔を顰めたりする人間もいる。

露骨な視線を向けてくる人間こそいないものの、明らかにこちらの動作を窺っているのが分かる。背中を向けている囚人も明らかにこちらを気にしている様子だ。

おかしい、非常に居心地が悪い。差はあれど、ここにいる全員が囚人、つまりなんらかの罪を犯した人間の集まりだということもある。

自分は、いったいどんな囚人だったというのか。詐欺師に対する警戒のされ方とは到底思えない。


「おう、生きてたか」

一瞬シュウさんか、と顔を上げるとそこには見知らぬ瘦せぎすの男が立っていた。

190センチはあるだろう。彫りが深く、鼻が高い。黒髪で短髪。不健康そうなやせ方さえしていなければ、精悍ともとれる顔つきだ。

「えぇと……?」

「昨日あんだけ暴れてすぐ動けるってことは大した怪我じゃなかったのか。良かったじゃないか」

「あ、ありがとうございます。一晩医務室で眠ったら傷一つ残っていないので、ありがたい話です」

「そうかい、そいつぁ良かったなぁ」

男はニコリともしない。言葉には好意が含まれていないのは良くわかる。ただ、悪意も含まれていないようにも感じた。

「なんだぁ、お前、怪我と一緒に玉でも抜かれちまったのか!?」

男の後ろからもう一人、こちらは随分と背が低い小太りの男が顔を出す。

「た、玉ですか?」

「おい、あんまり品の無い話をするなベッジ。今から食事だぞ、万が一入ってたらどうすんだ」

瘦せぎすの男が口の端だけを少し吊り上げて笑う。ベッジと呼ばれた男は大袈裟に声を上げて笑った。

「兄貴、そいつぁいい。入ってたらこいつに食わせましょう。1つしか見つからなかったら明日もう一つ抜いて食わせりゃちったぁ骨のある男になりまさぁ」

「ハ、ハハハ」

(なんつー品の無い……)


「おいおい、悪いなぁカサンドラの兄さんにベッジ。ゲンのまだ本調子じゃなくてよぉ、そこらへんにしといてやってくれよ」

いつの間にか俺の席の前に座ったシュウさんが食事の乗った木製のプレートを俺の方に押しやる。

「おいおいおい?そいつぁ産まれついての詐欺師だぜ?あんまり肩もつもんじゃねぇぜ?」

「ベーッジ。お前は本当にうるさい糞デブ野郎だな。本当かどうかはゆっくり判断するさ、それより飯が冷めちまうからてめぇもとっとと取ってきな」

「お!おま……!デブ野郎だぁ!?」

「ベッジ、悪いが腹が減った。取ってきてくれ」

顔色を変えたベッジをカサンドラと呼ばれた男が感情の乗っていない声と、手で制する。

「……へ、へい。急いで持ってきますんで、お待ちください」

「頼んだぞ」

「大盛にしてもらえよー、燃費の悪い体してんだからよぉ」

「ちょっ、シュウさん!」

顔を真っ赤にしてベッジはシュウさんをにらみつけたが、シュウさんはベッジの方に見向きもせずに、もうスープに手を付け始めていた。

「シュウ、あまりうちの奴をいじめないでやってくれよ」

「悪いな、嘘がつけない体なんだ」

ヒラヒラと手を振るシュウさんをみてカサンドラはまた口の端を吊り上げる。

「そいつぁ良い凸凹コンビだな。なぁ、ゲン。ありがとなぁ、昨日は7人も仕上げてくれて助かったよ」

カサンドラは俺の方にふわりと手を置いた。

な、7人?仕上げた?

「あいつらは独房にご案内しておいたから当分出てこない。腐った空気が少しは綺麗になったってもんだ。お礼を言いに来たのさ」

理解が追い付かない俺の間抜け面を、面白いものを見たと言わんばかりに笑みを浮かべながらカサンドラは続ける。

「まぁ、なんかあったら言ってこいよ。少しは助けてやるからよ」

そういって、ポンポンと肩を2回叩いてカサンドラは1つ離れた一番奥の机に向かっていった。


「ほら、ゲン。飯が冷めちまうぞ。早く食え」

「シュ、シュウさん?あの方は?」

「あいつはカサンドラ。連れてたデブはベッジ。ウェルンガルの西方のでかいマフィアのお偉方さ。若手の1番槍だったらしいが、密輸と脅迫、殺人未遂で豚箱行きって訳さ。随分話題になった奴だな」

ズズズッ、とスープをすするシュウさん。

マフィアのお偉方……?

「あぁ、ベッジは違うぜ?あれはただのチンピラさ。同じマフィアだが下っ端だな。罪状も知らねぇや、ガハハ」

カウンター脇のベッジがこちらを睨んでいる気がする。気のせいかもしれないが、目を遣れない。

「まぁ、あれだな、ゲン。ここは牢獄だからあまり他人の昔を探るのは野暮ってなもんだ、あんまり口に出さねぇほうがいい。ほれ、とっとと食いな」

そこまで聞いてない、喋ったのはあんただ、とは言えず、シュウさんに促されるままに、スープに手を付けた。

味は全くしない。

味付けの問題じゃないことは良くわかる。


「えぇと、シュウさん?」

「なんでぇ、まだ何かあんのか?飯は黙って食えって母ちゃんに教わらなかったのか?」

「いえ、最後に一つだけでいいんですが……私、昨日何を?さっき7人仕上げたって言ってたんですが?」


おずおずと小声で切り出す俺の顔をシュウさんは見て、一瞬止まった後にゲラゲラと笑い出した。


「あぁ、昨日か?ガハハハ!あれは良い見世物だったな、お前に絡んできた馬鹿どもをお前が7人ぶちのめしたんだよ。ちょうどこの場所だぜ?口ばっかり達者な糞ガキどもをバッタバッタとなぎ倒していく姿はそりゃぁもう、気持ちのいいもんだったぜ!ママの所に帰んな!ってなぁ!!」


ゾワリ。

嫌な空気を感じてふと視線を上げると、シュウさんの後ろの机に座っている目つきの悪い男たちがこちらを物凄い形相で睨みつけていた。

「いやー、傑作だったぜ!やっぱ雑魚は雑魚なんだよなぁ、力の差も分からねぇで簡単に喧嘩売っちまうからあぁなるわけよ。いい勉強になったんじゃねぇの?」

ゲラゲラと大声で笑うシュウさん。

もういい、やめてくれ、勘弁してくれ。

「でもなぁ、こいつはそうでもねぇのかなぁ?なぁ?おい?」

グリン、とシュウさんは不意に振り返る。男たちの殺意に近い何かが掻き消える。

一瞬シュウさんの体が妙に大きく見えるような感覚があった。

「分かりゃ、いいのよ」

余りの事に思考が追い付かないが、改めてとんでもないところに来てしまった事は間違いない。

転生させてくれたことに感謝していたことを今すぐ訂正したい。

この人も”ヤバい”人だ。さっき軽口を叩いたことが悔やまれる。

というか、この場には”ヤバい”人しかいない。

俺は本当にこの環境で10年暮さなといけないのだろうか。


環境は人を変える。10年後の俺は一体どうなってしまうのだろうか。


一拍おいて、シュウさんはこちらに向き直るとまたスープに手を付け始め、お!と声を上げた。


「おい、ゲン!こいつは当たりだ!卵が入ってるぜ!!やるよ、ほら!」

ニコニコとシュウさんは俺のスープに卵をスプーンで移した。


右隣の少し離れた席から、誰かがクスリと笑ったような気がして俺は天を仰いだ。

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