2-4 魔法具
「魔法……ですか?」
「あぁ、そうだな、そんな驚くようなもんでもないぜ?」
シュウさんは机に脚を乗せ、座っている椅子の前足を浮かせユラユラと体を前後に揺らしている。
俺は読み終えた本を重ね、両腕を頭の後ろで組んでいるシュウさんに聞き返す。
ここはウェルンガル牢獄4階層にある図書室である。
医務室からしばらく歩いた先に入口があり、シュウさんの開けた扉を抜けた俺は思わず息をのんだ。
そこに広がっていたのは広大な空間。
左右200m位の幅に図書棚が均等な間隔で置かれている。奥行きも100mはあるだろう。
入り口脇に司書が座るであろう机が置いてあり、そこから本棚までの間に8つの丸机が置かれている。本を読むスペースなのだろうが、十分な広さだ。
とても牢獄とは思えない。本をゆっくりと読むには快適な空間だろう。
記憶喪失(厳密には保持しているのだが)をカミングアウトした俺は、煙草にむせ返りながら目じりに涙を浮かべているシュウさんに情報収集がしたいと申し出た。
しばらく沈黙した彼はブツブツと何かをつぶやいた後に、俺にちょっと待っているように伝えると、牢屋の扉を開いて出ていった。
(いやいやいや!!)
俺の驚きようが伝わるだろうか。
ここは難攻不落、脱獄者ゼロと言われる鉄壁の牢獄ウェルンガル牢獄である。
にも関わらず、同室の男はちょっとコンビニに行ってくるわ、とばかりにひょい、と鉄格子の扉を開けて表に出ていった。
一瞬呆然とし、思わず彼の開いた鉄格子の扉に触れに行く。
ピクリとも動かない。溶接でもしてあるかのように鉄格子は全く動かない。
力が足りない、とかそういう問題ではなく、そもそも開かない仕組みであるかのような感覚。
試しに脚をかけ、体重を思い切りかけて手前に引くが、これでも全く気配がない。
(どういう事なんだ……?)
首を傾げる俺は、女医の漏らした言葉を思い出していた。
”同部屋のあの人には色々と話しておくと良いわ。記憶の混濁が本当なら、驚くかもしれないけどそのショックで治るかもしれないわよ?”
彼女はニヤッ、と笑っていた。
随分と人を食ったような笑みだったが、悔しいかな、愕然とするような驚きは確かに目の前にあった。
「おぅ、待たせたな……?ん?どうした?」
首をひねりながら牢屋の中をグルグルと歩き回る俺を尻目に、シュウさんは光る輪っかのようなものをもって戻ってきた。
色々と質問したいことを投げかけようとする俺を笑いながら躱し、彼に連れられて俺はこの図書館にやってきた。
「魔法、なんて言われてはいるがな。実際身の回りにあるものはほとんど魔道具ばかりだ」
「魔道具ですか?魔法を蓄えた物質みたいな感じですか?」
「小難しいことは分からんがね、まぁそんなもんだ。ここの光源も、この中の光は全部魔道具さね。石に”光る”という特性を付与されているわけだ。ここのは特注だから、当面切れることはないだろうが、付与される力の強さ次第で効果の長さが変動するようになってる」
欠伸を噛み殺しながら、懐から煙草を取り出す。
「今じゃあ結構な人数が魔法を使えるがね、大抵は役に立たないレベルだ。こんな感じでな」
シュウさんは煙草をくわえると、左の人差し指を一本立てた。
一瞬彼の人差し指の先の空気が揺れたかと思うと、ごくごく小さな赤い火が点いた。
それを咥えた煙草に近づけ、大きく息を吸う。
煙草の先に火が点きジリジリと音を立てる。もう人差し指の先から火は消えている。
右手の親指と人差し指で煙草をつまみ、彼は紫煙を大きく吐き出した。
「それも魔法ですか!へぇ、そいつは便利だなぁ」
「精々こんなもん、ってことさ。どうも血筋ってのが大切らしくてな。有名な魔法使い、魔法具士の手にかかるとレベルが違う。化け物ってやつだ。お前さんの左足についている輪っかもそういう類の奴らが作ったもんさ」
左足に填められた鏡面加工された鉄の輪っかを流し見る。
「直接聞いたことはないが、お前さんも魔法が人並みに使える人種のはずだ。そんな人間の魔法を封印する拘束具がそれだからな。この机も、壁も全部化け物たちお手製の代物でね。魔法の効能の上書きもできないようにできていやがる。こんな感じでな」
シュウさんは煙草を机に押しあてる。煙草の火は消え、彼は灰の落ちた机を掌で払う。
そこには焦げ一つついていない机があった。
「防火仕様、ってことだ。まったく、面白くもねぇ」
彼は煙草を咥えなおすと、再び左手の人差し指から小さな火を出して煙草に火を点けなおした。
「俺は大した力もないし、この牢獄に対して干渉ができないからな。お前さんみたいな拘束具はいらないわけだ。せいぜい吸いたいときに煙草が吸えるくらいのもんだ」
忌々しそうに再び紫煙を吐き出す。
「では、牢屋の鍵をあっさり開けていたのは魔法の力ではないということですか?」
「いーや。あれも魔道具だ。俺の力じゃない。こいつのな」
シュウさんは着ているツナギを指さす。
「俺のツナギには最低限のセキュリティーに対しての呪文がかけられてる。まぁ……あれだ。俺は小動物みたいに大人しいからなぁ、これくらいは怖くもねぇってことなんだろうなぁ」
ニヤッと笑って彼は机から脚を下した。
「随分と獰猛そうな小動物もいたもんですねぇ、この世界は本じゃ読み取れないくらい過酷そうです」
「お!ちょっと調子戻ってきたじゃねぇか!小芝居ならとっととやめてくれよ!俺たちに隠し事は無しだ!!ここは退屈で死にそうだしなぁ」
彼は懐から光る輪っかのような、楕円形の金属を取り出すと指先に引っ掛けてクルクルと回した。
「さ、飯でも食いに行こうぜ!もう昼近いだろう。とっとと片付けな!すっかり腹が減っちまった!!」
ちょっとした軽口が嬉しかったのか、ニヤニヤしながら俺の右肩を手の平でポンと叩き、立ち上がる。
「……ッ!はい、分かりました、ちょっと待ってくださいよ!私、扉開けられないんですからね!」
中々思い衝撃が右肩を走る。とんだ馬鹿力だ。
(なぁにが、小動物だよ)
生態系があるならピラミッドの頂点付近に存在するような肉食獣、と言われたほうがよっぽど納得できる。隠し方が下手すぎるだろう。
(恐らく、さっきの会話でもまだ何か隠しているんだろうな……少しづつ聞き出さないとなぁ)
ため息をつき、俺はシュウさんの後を追うのだった。




