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2-3 結婚詐欺師

エストリ大陸西部は長い目で見れば1000年以上小さな小競り合いが続く地域である。

エストリ大陸自体を大きな目で見れば中央に神峰エスタビリ山脈が大陸を縦断するような形で配置されていることで山脈より西、山脈より東で分断されている。


エスタビリ山脈は高度8000m級の山々で構成されており、交易の道もごく一部にしか通っていない。

足場は悪く、野生の大型魔獣が多数生息していることから、東部と西部を山脈を経由して移動することは現代においても”冒険”扱いとなっている。

ほぼすべての交易は海路を使ってのものとなることから、東部と西部で交易があるのは国土が海に面している国とその友好国同士というごく一部のものとなっている。


西部の地理を大まかに説明するのであれば、エスタビリ山脈から流れる、全て水源の異なる4本の大型河川の存在は欠かせない。

1000年を超える勢力のぶつかり合い、そして統合併合、各地での内戦を繰り返した結果、現在西部には6国が存在する。

その6国の首都全てが上記大型河川沿いに存在しているからである。


現在6国間で表立って武力衝突を伴う対立は存在していない。

勿論小競り合いのような外交問題は多々あれど、明確な戦争というような形はこの100年ほど起こっていない。


100年前に終戦した西部戦争は当時存在した11国の領土争いによるものであり、奴隷制度、他種族隷属、選民思想を是とした国家間同盟と、前述制度に反対する各国による戦争だった。

11国のなかで奴隷制度等を是とした国々7国と、それ以外の4国という陣営でスタートした戦争は国力の差が明確だったことで前者の圧倒的優勢と見られていた。

しかし、奴隷王と呼ばれた英雄の出現による奴隷の反乱や、貴族主義に反対する共和制国家樹立を目的としたクーデターの発生等により両陣営の戦力は安定せず決め手を欠いたことで戦争は長きにわたった。

発端になった武力衝突から数えると70年近くかかって現在の6か国間での平和条約が結ばれ、国交が回復した。


そんな6国のうちウェルンガル聖国は戦争で唯一元々の国土が戦地とならなかった国である。

大陸の西南端に位置しており、海に接する面はごく一部である。

エスタビリ山脈から流れるウェルン川が隣国との国境となっており、他国との陸続きの部分はほぼ皆無であり、ウェルン川の川幅が100m近く水量も多いこともあり、攻め入ることが非常に困難だったことが原因の一つといえる。

聖都ウェルンガルは国土の北方にあり、エスタビリ山脈を背後に円形の堀に囲まれた城下町である。

ウェルンガル、中央にある鉱山都市バリュー、南部の唯一の商業港エリスが国内の三大都市であり、盆地を利用した農作も盛んで比較的温暖な気候も味方して他国に比べればバランスの取れた国力を誇っている。


ウェルンガル聖国には国王制度が残ってはいるものの、右院左院という議員制度があり、議員は全領土を70に分けた地域ごとに2名づつが代表として選挙でえらばれる。

最終的な法案等の施行権こそ国王にあるものの、国王の強権を単独で振るうことのできない形式となっている。

前述の共和制への動きが各地で見受けられ、戦争が長期化したことによる国内情勢の悪化を懸念した前聖王が提案したこの制度は当初の20年ほどは混乱が見受けられたが、現在は民衆にも受け入れられ大きな政変も起こらずに機能している。



さて、そんな聖都ウェルンガルは非常に有名な大牢獄が存在する。

ウェルンガル牢獄と呼ばれる大牢獄であり、元は石炭資源の鉱山であった廃坑を、ウェルンガルが故郷の大魔道師が大規模魔法を使って整地し、9階層に至る牢獄とした。


牢獄には現在2000名近い囚人が収監されており、最大で4000名近い収監が可能との事である。

政治犯、凶悪犯といった重罪による長期服役を宣告されている囚人ほど最下層に収監され、各階層ごとに高度な封印魔法、空間魔法が施されており200年近い歴史の中で脱獄例は皆無となっている。



「なるほどねぇ」


俺、元35歳無職独身男性こと現服役囚ゲン・リュート21歳は本をとじ、紙に走らせたメモを見ながら独り言ちる。


「なぁ、ゲンよぉ、お前さんほんとに大丈夫かぁ?冗談はほどほどにしておいてくれよ」

俺の正面に腰かけた強面のスキンヘッドの男が頬杖を突きながら呆れたような声を上げる。

「いやぁ、シュウさん、付き合わなくていいのにすいませんね」


「かー!気持ちわりぃなぁ!!とっとと前みたいな感じに戻ってくれよ、やりにくくて仕方ねぇや!」


シュウさんは大袈裟に嫌そうな顔をして天を仰いだ。

「そうはいってもねぇ、本当に記憶にないんですよ、お恥ずかしい話ですがね」

俺は曖昧に笑いながら首をすくめる。

「ったく……おい、ゲン。俺はどうにもお前さんのその記憶がないっていうのを信じ切れてねぇ。俺は前のお前をよく知っているからな。お前さんが何を企んでいるかわからないが、いまのこの行動にも何か意味があるっていうなら早く教えてくれよ?」

「いや~、本当に何も企んでいないんですがねぇ」

ずぃっと身を乗り出し、周りに聞こえないような小声で話しかけてくるシュウさんに笑いかける。



昨日、自分が詐欺罪で投獄されている囚人だという衝撃の事実を知らされた後、一晩を医務室で過ごした後に俺は自分の収監される牢屋に移送された。

医務室は第4層にあり、俺の牢屋は7層だった。

牢獄の壁、床は全て石でできており窓は一つもない。

看守に手錠をかけられ、手錠に着けられた紐のようなものを引っ張られるような形で医務室から牢屋まで移動した俺にとって、その空間は非常に不思議なものであった。


まず、暗くない。


牢獄のイメージといえば、薄暗くじめじめとしたもので、ところどころに蝋燭のようなものが立てられていて、至る所にクモの巣が張られ、ネズミが走り回っている、といったイメージを勝手に持っていたのだが、魔法の力なのだろう。

天井は光を放っており、前世のコンビニとまではいかないものの、本を読んだりするには十分な光量を放っている。


(本当に異世界なんだなぁ)


などと小学生にも漏らせるような感想を持ちながら自分の牢屋にたどり着いた私を待っていたのはスキンヘッドで筋骨隆々の40男。シュウさんだった。


牢屋は鉄格子囲まれていて、入って左端に木製のベットが2つ。部屋の右奥に簡易トイレが置かれている。

その牢屋の中心に木製のテーブルと椅子が2つおいてあり、シュウさんはそこに座って煙草を吸っていた。


「ほら、入れ。すぐに手を出して」

牢屋に私を入れた看守は牢屋の鍵を閉めた後に、私の手を鉄格子越しに出させると手錠を触った。

手錠は音もなく外れ、看守はそれを回収し何も言わずに去っていく。


んー、思った以上にファンタジーだ。


「よぉ、ゲン!ゆっくり寝れたか?一晩あったんだ、あのお嬢ちゃんも毒牙にかけちまったんじゃねぇだろうなぁ?中々別嬪さんだったもんなぁ!?具合はどうだったんだ?え?」


ガハハ、とシュウさんはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら豪快に笑う。

俺は思わず顔をしかめた。


詐欺の常習犯。

10年の刑期。


女医さんから更に詳しく聞いた話では、俺は非常に悪質な詐欺師だったらしい。

法律ギリギリの詐欺行為を繰り返し、旧貴族や商人から金を多く奪ったにも関わらず、法律の穴をかいくぐるような手口だったことで立件できずに逮捕されずに逃げ続けた稀代の詐欺師。

しかし、某貴族令嬢への結婚詐欺未遂で立件され、ついに逮捕。

余りに黒いうわさが多かったこともあり、結婚詐欺自体は未遂だったにも拘らず異例の10年の実刑判決。


女癖が悪く、常に自分に貢ぐ女性をキープし、いわゆるヒモのような生活を送っていたらしい。

また、金遣いも荒かったらしく、既に一般男性が生涯で稼ぐ賃金以上の金額を詐欺行為で手に入れていたにも関わらず、預金もほぼゼロだったらしい。


(真反対すぎるだろ)


俺は女遊びが出来るほど器用な性格ではない。

前世では、勿論付き合ったことこそあるものの、その人数はごく僅かだし、正直な話を言えばどこか女性から避けていた。

母親という強烈な女を間近で見ていたせい、というのは無責任すぎるかもしれないが、無関係とも言い切れない。

どんなに親密な関係になっても妙に警戒してしまうタイプだった。


シュウさんは、そんな俺の、というか、ゲン・リュートの過去を知って冗談交じりに話を振ってきているのだ。

誤解を解こうにも、こちらではそれが真実というのが頭が痛い。

つまり今の俺は、女性経験もさほど多くないというのに”稀代の女たらし””結婚詐欺師”というわけである。


業が深すぎる。どんな前世を送ったらこうなってしまうのか。


「シュウさん、ちょっと真面目な話があるんですがよろしいですか?」

「おいおい、なんだそりゃ、お前さんらしくもない。そんな喋り方だったっけか?」

「えぇ、まぁ、ちょっと真面目な話なんですよ。びっくりしないで真面目に聞いてもらえますか?あなたが頼りな部分が大きいんですよ」


俺はシュウさんの正面の椅子に腰かけ、背筋を伸ばした。シュウさんは露骨に顔を顰めている。

「あぁん?まぁ、いいけどよ?気持ち悪ぃなぁ。ほら、煙草やるかぃ?」

「あぁ、いえ、それはまた今度で結構です。あのですねぇ……」

ジッ、とシュウさんの右目を見つめる。

前世の癖だ。商談中に見つめるときは相手の右目を見つめる。

額だと目線がぶれる。両眼を見ると焦点が定まっている気がしないのだ。

シュウさんはそんな俺の眼を見て心底気持ち悪そうな顔をして、煙草を大きく吸い込んだ。


「記憶喪失になったようです」

「ッゴホッ、ゴホッ……」


シュウさんは顔を真っ赤にして咳と共に煙草を吐き出すのだった。

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