20.なすがまま
解散後、夕食の片づけの途中に話しかけてきたのはネイだった。
「シャヒィンのことですわ。本当に、ずっと隠しているつもりはございませんでしたの」
「さっきもいいましたけど、まったく気にしていませんよ。それにシャヒィンの助けが無ければ、カーネルに勝てていなかったかもしれない」
「一応、話はある程度説明していたので。彼女としては、わたくしへの恩返しだったようです」
「通りですんなり協力してくれたわけだ」
「それに、バネッダさまから不可思議な石の力がする理由も知りたかったのでしょう」
不寝の番を担当するおれの準備を、ネイは手際よく手伝ってくれた。動物避けの縄や柵のチェック、そして篝火も一つひとつ確認していく。
つまり、この場にシャヒィンはいない。
「バネッダさまは、彼女の炎嫌いをどうお考えになられますの?」
ネイが問うてきた。
夕食の場で焚き火を囲わなかった理由が、そこにある。シャヒィンは炎を極度に嫌がっていた。ネイは旅のなかでそれを知って以降、夜のうちは彼女を水筒のなかに匿うようにしたのだという。彼女はいたって健康的な生活を送っていたからそれ自体は特に問題にはならなかったようだ。
もっとも夜には早々に水筒のなかで眠ってしまうためにおれを見る機会が随分とずれてしまったようだが。
「負傷や記憶喪失がすべてそこに起因しているとすると、正直にいってあまり良い想像はできません」
アッシュの反応はなかった。眠っているわけではない。ただシャヒィンの話を聞いて以降、なにかを考え込んでいるのか、まったくアクションを起こしてこないだけだ。
「シャヒィンの炎嫌いは、アッシュも心当たりがないそうです。先ほどのいい方だと、相当ひどいですよね?」
「ええ。初めは宿の暖炉の火だったのですが、他人がいる場だというのに急に大声を……話ができるまで回復してからはとても冷静で理知的だという印象を受けていたので、大層驚きましたわ」
準備が終わったおれは、ネイを連れて村長宅の地下へと足を踏み入れた。いつもの妄想を繰り広げようとしたネイも、いま地下室に誰がいるかを思い出して以降は冷静そのものになっていた。
彼女は地下室に降りた理由をおれに問おうとしたようだが、それよりも先に、そこの住人が口を開いた。
「今日の夕食はいつもより良かった。お前の快気祝いってわけだ」
暗がりのなかでカーネルが鼻を鳴らした。おれとは違って目は普通の人間だから、食事の際には小さなランプを一つ灯してやっている。
「しかし一般人がこんな地下室を作ったとはな。換気もばっちりだ。もう少し明るければもっといいんだが」
「おれもお前も、まだ一酸化炭素中毒で死にたくはないだろ」
「発電機でも持ってくれば良かったな。それで、わざわざ女を連れてここにはなにをしに?」
「この地図を見てくれ」
繋がれたカーネルの前に地図を展開し、おれとネイもそこに座り込んだ。地図上を大雑把に指でなぞりながら、カーネルに問うてみる。
「おれたち勇者御一行の進路はこうだったろ? カーネルたち支援組の進路を知りたい」
「俺たちの進路もそうは変わらない。ルート構築の関係で別の道を進む場合もあるが、詳しく知りたいか?」
「このあたりを通った部隊がいれば教えてほしいんだが」
「そこは……たぶん通っていない。海路は補給物資の運搬に使うから、確定はできないけどな」
「海路じゃなくて、島だ」
おれの言葉にカーネルが眉をひそめた。というのもおれが示す地図上の地点に島などは記されていないから当然である。最新の地図などはもちろん用意できないため、これはカーネルの知識や記憶に相当頼った質問だ。
「最新の測量か、この地域の地図がないとわからないな。それに、ここはどちらかといえば東の連中の担当区域だろ?」
「……いわれてみれば、たしかに。それじゃあ、もしなにかを知っているのなら東の御一行か」
「あ、あの、東とは?」
首を傾げるネイに、おれは地図のいくつかの地点を指した。おれたちがいまいる東の大陸や、南の群島である。
「ここ、つまりブルード大陸や、ネイがいたデリン群島は、おれたちじゃなくて東の勇者御一行が担当することになってるんです」
「そそ。俺たちは西の勇者御一行。西のアステラス共和国が主導で、連携は取ってるけど、東はまた別の管轄ってわけだ」
「知りませんでしたわ」
「まぁ東西どちらも勇者であることに代わりはないからな。別に敵対しているわけじゃないし、功を競ってるわけでもない。それで?」
カーネルが顔を上げておれたちを見た。
「結局なにが知りたいんだ?」
「おれと一緒に戦ったスライムがいたろ? なにかが島で起こったのかもしれないと思って訊いてみた」
「なにか、ねぇ。少なくとも俺が出てくるまで、データベースにスライムをもとにした異能はなかった。これでいいか?」
「さすがだな。ありがとう」
荷物をまとめて立ち上がり、また上へ戻ろうとしたおれに、背後から声がかかった。
「なぁ、ここ、暇なんだよ。地図くらいは置いていってくれ」
カーネルの言葉に、おれとネイは顔を見合わせた。
※
どうやらおれを捜していたらしいランゾウとキャスパーが、家から出たおれたちを呼び止めてきた。挨拶もそこそこに理由を問うと、二人の用はどうやら同じらしかった。
「実は、神さま。今日のうちにここを発とうと思っているんです」
ネイがその言葉に驚く様子がないため、たぶんおれが眠っている間にそういう話をしていたのだろう。ランゾウも、キャスパーの言葉に頷いた。
「ウィランドの街にラブロスやケイジたちを待たせていて、本当はもっと早く帰る予定にござった。しかし眠っているバネッダ殿と話さずに消えるのも不義理と思い、今日まで待っていた次第」
「パラに黙っていなくなろうとした件から成長したらしい」
「そこを突かれると弱ってしまうでござるよ」
苦笑するランゾウに、おれは改めて礼を述べた。
「ランゾウがいなかったら、おれは負けてた」
「うむ。どうも気になったもので、帰ってきて正解でござった。これもなにかの縁というわけでござろう」
「縁だとか運命だとか、ここにきてそういうのばかりだが……」
おれもランゾウに続けて笑う。
「まぁ、それを信じるのも悪くない気がしてきたよ。それで、キャスパーもついていくのか?」
「街までは少し遠いですし、独りで街に戻るよりも一緒のほうが安全かと思いまして。ここに残って神さまの手伝いをするって選択肢もあったんですが、どうもその……」
「テリアンの目が怖い?」
キャスパーが弱気の表情で頷いた。カーネルという直近の脅威を優先していたが、おれが眠っている三日間、キャスパーとテリアンの間にむしろなにも起こっていないことが驚きである。
「ラブロスの件で特に問い詰められないのが逆に不気味で」
「金庫を置いていったからだろ? 馬車はどうしたんだ?」
「売って逃走資金にしました。謝罪はしたんですが、山の上に滞在するための物資資金に消されちまいまして、補填もできない有り様なんです」
「責めてもなにも出ないのなら、テリアンはしつこくはしないだろうな。ありがたく逃げておけ」
「はい、本気で怒らせないうちに、さっさと逃げることにします」
「それが懸命ね」
背後からのテリアンの声にキャスパーが間抜けな悲鳴を上げた。予め気づいていた上に特にやましいこともないおれとカーネルとは違うのだ。キャスパーは尻もちをつき、なぜか命乞いまで始めてしまった。
「カーネルに相当可愛がられていたみたいだし、いまさら責めてもなにも変わらないわ。それより、用があったのはあなたのほうよ、ランゾウ」
「おっと」
こちらもなぜか笑顔を張りつけて立ち去ろうとしているが、ランゾウに関しては妙な既視感がある。テリアンの背に隠れているパラの姿を見たおれは、呆れて大きくため息を吐いた。
「ランゾウ、お前……」
「いやその、これからしっかりとパラ殿に挨拶をしようと思っていたところでござるよ?」
「本当に?」
「本当でござるとも!」
パラの問いに何度も強く頷いたランゾウの姿ははっきりいってしまえば滑稽だったが、まぁ一度はしっかりと別れた仲だ。問題はないだろう。
そう楽観的に考えたおれが間違いだった。結局ランゾウが口を開くまで何十秒かかったことか。しかもきっかけはテリアンの助け舟だった。
「あのときはすぐに戻ってくるつもりで別れたんですね?」
「ははは」
「ははは、じゃないわよ」
「パラさん、大丈夫ですし。あの、ランゾウ?」
笑みを浮かべて謝るランゾウに、パラが声をかけた。
「ボクのことを助けにきてくれて、ありがとう」
「……うむ。親友の危機を救うのは当然のことでござる。パラ殿、仕事が一段落した暁には、拙者、絶対にまた、会いにくる所存」
「うん、絶対に。さらば」
「さらば……!」
パラが差し出した手を、ランゾウが強く握りしめた。
※
ランゾウは結局その後、カーネルには面会しなかった。仲良くしていた二人が顔を合わせないのは意外だったが、おれのお見舞いついでに何度か話自体はしていたようだし、それについてはいいだろう。
それについてはいいのだが。
ランゾウとキャスパーとの別れは、劇的なものではなかった。こういう生き方をしていれば、出会いや別れなど無数にある。彼らとは二度と会わないかもしれないし、またすぐに出会うかもしれない。大事なのは、彼らと同じ時間をどう過ごしたかだと、おれは思う。
(語るねぇ)
「考えはまとまったか?」
皆が寝静まった深夜。丸太を枕に夜空を眺めているなか、ようやく話しかけてきたアッシュに、おれはひとまず安堵した。
「アッシュたちの故郷、探しにいくか?」
(ううん、いまはいいや。もしシャヒィンの記憶喪失が意味のあるものだとしたら、それを無理やり思い出させるのは、ちょっと酷じゃない?)
ネイとも少し話したことだ。シャヒィンの失われた記憶が、彼女の精神を守るための自然な作用だとしたら、この記憶喪失は彼女の自発的な解決を待つべきなのかもしれないという話。
「でも知りたいだろ?」
(それはもちろん知りたいけど、なんせ場所さえわからないわけで)
「まさかスライムの文化に地図がないとはな」
(そりゃ、普通は外の世界になんて出ないんだし、島のなかなら頭のなかに地図は入ってるしね)
「シャヒィンが……もしシャヒィンが故郷に帰りたいっていい出したら?」
(そのときは、連れていってくれるの?)
「もちろん。そうだろ、ライア?」
おれの頭上、いつもよりも少し高い位置にずっと浮かんでいながら、一切話しかけてこなかった彼女――ライアは、そう呼びかけてみてもそっぽを向いたままだった。
「アッシュの故郷、ライアも行きたいだろ?」
「え、行くんですか?」
そう口に出してから、ライアはハッとした表情で口をつぐんだ。
「え、えっと……」
「なにをふてくされてるんだ?」
「そういうのじゃないです」
おれは体を起こし、枕にしていた丸太に腰かけた。隣に座るようライアに催促してみると、意外と素直に彼女はそれに従ってくれた。
「ぼく、どうしてここにいるんでしょう?」
「はぁ?」
(突然なにをいいだすかと思えば)
「真剣な話です。ぼく、実体がないから、ガレやパラが危機でもなにもできませんでした。こっそり動こうと思っても、視える人には視えてしまって」
「戦いで役に立つかが存在意義の指標になるのか? そいつはずいぶんと偏った考えだ」
「でも、ネイさんとシャヒィンは立派に戦ってました。テリアンもキャスパーさんももちろんです。けれどぼくは、なにもしてない」
淡々とライアが述べる言葉に、おれは思わず苦笑した。ライアやアッシュが不審に思うのは当然だ。一応の釈明は入れておかなければならないだろう。
「いやなに、ライアはおれに似ているなって思っただけだ」
「バネさんに?」
「おれもそうだったからな。勇者御一行のなかにはいても、おれは取り立てて優秀な力を持っていたわけじゃない。けどおれが悩んでいたのは、おれが生きていたのが戦場だったからだ」
「でも今回はここが戦場でした。ガイデルシュタインのときだって、結局なにが起きたのか、ぼくがなにをできたのかはわかりませんでした」
「だから、おれと一緒に戦いのないスローライフを目指す。そうだろ?」
おれが懐から出した本を見て、幸いにも彼女は笑ってくれた。『最新農業事始~サルでもわかる自給自足入門~』のタイトルが刻まれた本を捲りながら、おれはまた口を開いた。
「どうしてここにいるか。ここにいたいからといったらそれまでだが、だからといって理由を探すのは難しい。おれには農作はわからない。衣食住の住は前からあったもので、衣食は金とガレに頼りっぱなしだ。おれはなんの役にも立ってない」
(わたしだって、バネさんのなかにいるだけのただの優秀な話し相手でしかないしね)
「ライアのいい分を参考にすれば、だけどな。でも実際、それは正しい考えの一つだと思う。だからせめて、おれもガレの助けになるようなことをしていきたいと考えてる」
「ぼくにもなにか、皆の役に立つようなことができますか?」
「どう思う? ライアはどうしてここにいる?」
「ぼくは……」
間を置いて、彼女はまっすぐにおれを見ていった。
「ぼくは、ここにいたいからここにいます」
「おれのありがたい話、聞いてたか?」
なにもかもが台無しすぎて思わず笑ってしまったが、アッシュもライアも同じように笑っているからこれで良いのだろう。たぶん。




