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21.おれの役割は

 翌日。明け方から少し雨が降ったようだが、そこまで強くはなかったらしい。雲間に月夜、風は微弱。ランゾウが設置し、さらに補強までしてくれた天水桶を眺めていたおれは、それよりももっと気になっていた質問を飛ばすことにした。


「この畑は?」

「それはパラの成果ですわ」


 ネイがさらっといった。いまさら彼女が隣に控えていることをいちいち問い質すことよりも、彼女が特に喜ぶことも驚くこともなく答えてきたことについて掘り下げるほうが大事な気がする。


 なんせ村外れの教会横、雑草雑木の類に覆われた地が丁寧に開墾されているのだ。狭いものの土が綺麗に荒起しされ、畝のような部分も見える。昨夜の見回りの時点ではなかったから、ネイの言葉を信じるならば、パラはたった半日でこれを完成させたことになってしまう。


「ランダウルフはこういうの得意ですし?」


 しかもどうやら本当にパラ一人でやってしまったらしい。得意げなパラとは対照的に、ライアの表情には暗い影が降りてしまっていた。


「バネさぁん。どう思いますかぁ?」

「元気を出せ。ここにいたいからここにいるんだろうが」


 しかしよくもまぁ噛み合ったものだ。おれも本を片手にいよいよ自給自足の第一歩を踏み出そうとしていたところだからちょうど良かった。


 そう思ったのだが、夕食後に話を聞く限り、これについては偶然ではなかったらしい。


「実はライアさんに話を伺いましたの。なんでも、衣食住を揃えたいだとか。わたくし、ある程度でしたら裁縫の心得もございますので、これで衣食住の基礎が揃いましたわね」


 自分で話しておきながら沈むとは、なかなかに面白いやつだ。おれの背後でため息を吐くライアを、おれはひとまず放っておいた。







 避けて通っていたわけではない。カーネルを生かしたままここに繋ぐ以上、話し合わなければならない相手がいる。それはわかっている。


 ただ彼女が山から降りて来るタイミングがおれと合わなかっただけなのだ。アッシュとシャヒィンの話をした際にも、彼女は一人だけ席を外していた。


 もちろんそれは、家族の墓であり、仲間の居場所でもあるこの光の谷を好き勝手にされたメタルクローの少女、ガレのことである。


 彼女が帰ってきているという報告を受けて、おれは待ち合わせ場所に指定された教会へと足を踏み入れた。小さな造りとはいえ、光源がほとんどない内部で自由に動けるのは、五感に優れた彼女とおれの特権の一つだろう。


 聖壇の前で彼女と同じ長椅子に腰かけたおれは、彼女が口を開くまで待つことにした。結局おれはまだ、彼女自身の口から彼女自身の気持ちを聞いていない。


 その彼女が、少し動いた。


「バネさん」


 呟き、おれを抱き締めた彼女に、こちらの思考をはっきりいってしまえば当惑した。横から腕を回す彼女の細腕を、おれはじっと見つめていた。


「ぶじでよかった、です」

「カーネルが迷惑をかけた。おれのせいだ」


 自己嫌悪や自己否定からきた言葉ではない。カーネルは実際に研究調査の一環として山に住む魔物たちを採取(・・)していた。ガレたちメタルクローによって守られていた、戦争(いま)の時代に適さない魔物たちだ。


「わるいのは、カーネルだから」

「そのカーネルを、おれは匿ってる」

「はんせいしてる?」

「どうだろうな」


 濁してみせたが、反省などしているはずもない。カーネルはカーネルの役割を果たしただけだ。おれたちの目が光っている限り、また任務失敗という背景がある限り、たとえば拘束していなくともこのような真似は起こさないとは思うが、それは反省とは違う。


「なんか、悪いな」

「ううん。バネさんがカーネルをたたいてくれたから、このはなしはもうおわり。だよね?」


 おれから離れ、ガレが一人立ち上がった。


「ガレは……ガレは、バネさんやみんなが生きてるから、よかったっておもう」


 この子は――。


 そういい、おれに微笑んで教会を出ていったガレを見送ってから、おれは意味もなく天井を見上げた。


(もっと素直になればいいのに)

「おれもそう思うよ」

(周りの目を気にして生きるようなタイプじゃないでしょ)

「それはガレに失礼だろ。だけど……」


 本当に、アッシュのいう通りだ。


 この山で、あの頭領に大事に育てられて、なぜ彼女はあんなに自らの考えを他人に見せず、達観しているのだろうか。


 ママ。ガレに一度だけそう呼ばれたことを、おれはふと思い出していた。







 猫が、おれの懐で一鳴きした。夜空の下、村長宅の玄関口。灯りもほとんどないのに新聞を開く姿を見て、不可思議に思っているのかもしれない。


 世界情勢は一つの転換点に差しかかっている気がする。ガイデルシュタインの死が世界中の知るところとなり、おそらくは東の勇者御一行が、熱風蛇と呼ばれる八傑との決戦準備に入ったという。


 平和になってくれれば、それが一番良いのだが。


 おれとアッシュがまた別々の存在に戻れる可能性があるとすれば、それは勇者関係の研究機関のなかだ。もしおれの価値(・・)が無意味なものになれば、つまりおれが狙われなくなれば、カナンたち勇者はおれのことも救ってくれるのかもしれない。


 それとも、また別の争いが始まるのだろうか。


 猫が、もう一鳴きする。


「悪いけど、キャットフードはもうないぞ」


 言葉を理解したのか、猫はどこかしらへと立ち去ってしまった。


「猫ですか」


 どこからともなく現れたライアが、そういって口端を曲げた。


「独り言かと思って少しびっくりしていました」

「猫がいないとしても、アッシュがいるだろ」

「そうですね」


 横にライアが座った。おれではなく、おれのなかのアッシュを見ているような瞳がこちらに向いている。


「シャヒィンと再会できて、嬉しそうでしたか?」

「ひとまずはな」

「記憶喪失……ぼくと同じですねって、お昼に話してました」

「ああ。でもシャヒィンの記憶喪失は部分的だからな」

「そうなんですよね。それに、アッシュもいますし」


 そこまで聞いてから、おれは彼女がいいたいことを察した。


「ライアを知っているやつに会いたいか?」

「それは……会いたいですよ。だってぼく、こうなる前の記憶がないんですから」


 ふむ。おれは新聞を放り、立ち上がって腕を組んだ。


「どうしたんです?」

「いや、ライアは長く生き過ぎだなと思って」

「怖いことをいわないでください」

「真面目な話だ。可能性は三つ」

「聞きましょう」

「一つはライアが実はファントムじゃない別のなにかだって説。けどファントム以外だと食事を摂らない理由立てが少し難しいな。二つはおれの力で生き延びている説。おれ自身やガレ、あとキャスパーを見てそう思った」


 あと一つはなんですかと問うてきたライアに、おれは真下を指さしてみせた。


「この土地自体になにか力がある説。個人的にはこれが一番怪しいと思ってる」

「前にもいっていたようないってなかったような……そういえば、ガイデルシュタインもここで傷を癒やしていたんですよね」

「ああ。おれに宿ったとカーネルがいっていた力が、この土地に由来する可能性もある。そうなるとライアを連れてアッシュたちの故郷を探すのは少し危険だな」

「でもここにくるまで、ぼくはいろいろな場所を旅してきたんですよ?」

「あくまでも推測だからな。けど、この光の谷を調査してみるのはいいかもしれない。ガレに許可をもらって、もうちょっと深く入ってみるか」

「まかせて」


 唐突なガレの声に、おれはビクリと体を震わせた。いつもこの時間には床に就いているはずなのに。しかし少しその声は遠く、ライアも聞こえていないようだった。







 おれは皆のすべてを把握しているわけではない。


 おれは日光の下で活動できない。無理が祟って、せっかくコツコツ伸ばしていた日中活動時間もまた一分程度が限界になってしまっていた。


 しかし肉体や精神はほとんどもとのままだ。だから必然的におれは夜に起きて、夜明けとともに眠りに落ちる。普段この村にいる皆がなにをしているのかを、おれは伝聞でしか知らない。


 ライアがカーネルを時折見張りに降りてきてくれていることなど知らなかった。ランゾウやキャスパーが村の整備を進めてくれたことにもあとで気がついた。テリアンがガレとともに街から荷物を運んでくれていることは先ほど知った。眠れないほどに心を痛めていたパラをガレがずっと慰めていたことは、シャヒィンが教えてくれた。


 仲間が帰ってくるという一縷の望みが消え、良き友人だったランゾウと別れ――考えてみれば、それが当たり前ではないか。ガレはその痛みをわかっているから、パラを励ませた。


 そんな当たり前のことにおれは気づかなかった、ということだ。


 ともに暮らしてくれる仲間の涙に、苦労に気づかず、おれはただ生きている。


「もうすっかり夜ですし、そろそろガレたちも帰ってくると思いますわ」


 夕食のスープを火にかけて、ネイが微笑んだ。


「それにしても探検とは不思議ですわね。ガレはここの出身なんでしょう?」

「たぶん、おれがここを調査するって話をしたからでしょう」


 特に違和感を覚える言葉ではなかったはずだ。抑揚も通常通り。しかしネイはそれをしっかりと見抜いてきた。


「バネッダさま、なにかお悩みのようでしたら、わたくしが力になりますわ」

「いえ。ただ、おれにできることを考えていただけです」

「なるほど。バネッダさまにできることは……」


 期待して先に続く言葉を待ったおれが持たされたのは、テリアンが街から少しずつ持ち込み始めた食器類だった。


「夕食の準備を手伝うこと。違いまして?」

「いや、たぶん違わない」


 もともと村にあった食器類、つまり木をくり抜いた簡素なものではなく、もちろん硬くなったパンでもない。白い磁器の皿やカップは、使用後に砂や水で丁寧に汚れを落とす必要があるためにあまり使う意味を見出せなかったが。


「たしかに、キャンプやサバイバルじゃないからな。こういうのも大事かもしれない」


 アッシュが初めて見るという磁器の白皿について、おれが製造法や歴史を簡単に説明するなか、背後でネイがいった。


「悩むことなどございません。バネッダさまには、バネッダさまの役割がある。そしてそれは、見事に果たされていますわ」

「役割って?」

「それは、言葉にしてしまうと陳腐だと思うので……」

「浮かばなかっただけだろ。おい、そっぽを向くな。無視するな」

「ただいま。あら、その食器使うの? ちゃんと洗った?」

「今日もいい汗をかきましたし! あ、この白いのはお皿ですか? それともチャクラム?」


 人が増えてにわかに騒がしくなった場からおれが逃げ出したのは、決してネイを手伝うのが億劫になったからではない。しかしそれはそれとして助手は必要だろうと、とりあえずおれは近くにいたシャヒィンを呼び、ネイを手伝うように指示した。何度でもいうが、決して手伝いを避けたわけではないのだ。


「バネさん、こんなところでなにを?」


 いつの間にか村外れまで歩いていたおれを、ライアが呼び止めてくれた。


「逃げていたわけじゃないが?」

「ぼくはなにもいってません」


 しかしこうなると、ここまでの散歩も、まったく意味のないものではなかったらしい。


「ガレ、かえりました!」


 そういい、勢いよく駆け寄ってきたガレを誰よりも早く出迎えるのが、とりあえずはいまのおれの役割ということにしておこう。






【第二章 了】

作者です。ここまで読んでくださってありがとうございます。

大変申し訳ありませんが、この作品はここで一度未完の打ち切りとさせていただきます。

物語自体は途中であるため、完結設定はいたしません。いわゆる事実上の『エタった』作品としてお捉えください。

この反省を活かし、より面白くわかりやすい作品、文章を書けるように精進いたします。

また別の作品でお会いできた際はよろしくお願いします。

改めて、読んでくださったすべての方々への感謝の言葉をもって、〆の言葉と代えさせていただきます。本当にありがとうございました。

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