18.隠しごと(バネッダの場合)
一瞬のうちに貫かれ、その場に崩れ落ちたカーネルに、おれは駆け足で近づいた。
変形を解き、球状になったシャヒィン――青かったアッシュとは対照的な赤いスライム――が、カーネルの肉体を確かめるおれへと声をかけた。
「人間の急所は外したつもりなんだけど……」
「記憶喪失なんだろ?」
「失くなってるのは一部だけよ。基本的なことは大丈夫」
「手刀サイズの刃物で胸を貫かれると人は死ぬんだぞ。ここに心臓があるんだ」
「ウソ、知らなかった」
「学べて良かったな。けれどこいつは違った」
オールバックにした髪と頭皮の間に挟まれた葉を抜きながらおれはいった。シャヒィンが解放してくれたガレとパラは、しかし自由とはほど遠い格好をしている。縄と布は切られているが、彼女たちの背側で腕を縛っている結束バンドがまだそのままになっているようだった。
「わたしの力じゃ無理だった。そのナイフでどうにかして」
「了解」
耐久性を上げ、防刃を謳ってはいても、完全に刃が通らないというわけではない。さらにおれが持っているナイフもまた、勇者御一行のために改良が加えられている。たった数秒ずつの動作で二人を無事に解放できたおれは、周囲を警戒するシャヒィンを軽く後ろから叩いた。
「終わったぞ。カーネルの姿が見えるか?」
「わからない。この人たちに訊いてみる?」
シャヒィンが示した先には、誘拐未遂犯たちがまとめて正座していた。偽物とはいえ目の前のカーネルが倒れたことで戦意を喪失し、シャヒィンによって負傷した者たちも含めておれの指示に従ってくれている。それもそのはずで、ガレたちの話ではずっと脅されるようなかたちで命令を聞いていたらしい。
「ガレ、パラ。カーネルの作戦かなにかを聞いていないか?」
無事を確認するついでに、まずおれは二人に尋ねてみたのだが。
「きいてないよ」
ガレの言葉に、おれは思わず口をつぐんだ。続いて答えようとしていたらしいパラと目が合う。あまりにもガレらしくない声音だったのだ。しかしそれを詳しく確認する時間はなかった。カーネルはもはや、逃げることも隠れることも止めたようだった。
背後から轟いた爆発音に、ここにいた皆が一斉に振り向いた。
下の森、ここへと登ってくるための獣道。この場にいる者たちのなかで、そこになにがいるかを知っているのはおれだけだった。
「誰のせいで、なんてことをいちいち考えていては精神が保たない。人間であろうが魔物であろうが、そこに健全な精神が介入しては正義の刃が鈍る」
なにかを肩に抱えてきたカーネルが、そのなにかを乱暴に投げた。ぐしゃりと地に捨てられたものが人間であることに気づいた周囲が凍りつき、息を呑んだ。
「キャスパー……」
「だがな、ベニー。こいつは確実にお前のミスだ。お前のワガママのせいで、ここでお前に関わった全員が死ぬことになった」
カーネルがそういいながら、宙へ鉄片を放った。皆を守るように薄く広く展開したおれの右腕が、続く鉄片の爆発を防いだ。
防いだはずだった。
突如として崩れた足元とそれに付随する衝撃に、おれの体が吹き飛んだ。
おれは一瞬にして理解した。正確には崩れたのではなく、爆発したのだ。
「ガレ! パラとこいつらを頼んだ!」
シャヒィンを縮めた腕で絡め取りながら一気に跳躍し、おれは弧を描きながらカーネルへと迫る。
カーネルの異能である機烙印は対象である金属に直接触れなければ発動せず、触れてから約数秒後に爆発する。
いまので確信した。その情報は虚偽のものだ。これまでの経験と知識で、この情報を正しく修正する。
カーネルが隠していた情報はなんだ。いまの爆発からして、一度触れさえすれば任意のタイミングで爆破できるのか。いや、それならばそもそもおれとは戦いにならないはずだ。好きなだけ爆発を自由に操ることができ、いちいち鉄片を投げる必要はないし、誰をも人質に取ることができるはずだ。
その答えは目の前にあった。カーネルが膝を立てて屈み込んでいる。
その両手が、地面に触れている。
「カーネル!」
「いい跳躍だ」
硬化させた右膝での跳び蹴りを、カーネルがトンファーで防いだ。おれは肉体の表面を溶かして拡大させ、勢いのままにカーネルを面で押し倒そうと動いた。スライム状になったおれの肉体がカーネルの上半身を包み込み、作戦は成功したかのように思えたが、それを予見していたかのようにカーネルは体を器用に動かし、おれを剥がして横へと逃れた。
地面へと投げ出されたおれが受け身を取るなか、カーネルはふたたび同じ地面を手で触れる。おれはそうやって戦いながら、過去の記憶を呼び覚ます。泥に仕込む鉄片、武器として使用する木製のトンファー。
「金属じゃないな。無機物の爆発能力か」
「わかったところでどうにもならんだろう!」
直後に爆発で吹き飛んだおれに、カーネルが声を荒げた。いくつもの爆発によっておれを襲う衝撃と轟音とともに、周囲に砂埃が巻き上がった。
「少しそこに寝ていろ。お前のせいで、俺はほかの連中を始末しなければならなくなった」
耳鳴りの先で聞こえるカーネルの声。砕かれた足元の岩盤に半ば埋もれているおれは、しかしこれまでとはまったく違っていた。
衝撃を吸収してくれる肉体と、吸血鬼としての自然治癒力、そしてカーネルがいう呪いの残滓。自分が死なないとわかっていれば、激痛にも耐えられる。むしろ陽光が砂埃で隠れた分、楽になったとすら感じる。
そう。感じるだけだ。あくまで常に陽光は体を焼き、カーネルが起こした爆発の衝撃はおれに麻痺するほどの痛みをもたらしている。ならばなぜ、おれはこんなにも思考を止めずに冷静でいられるのか。
簡単には死なないという余裕。それよりも。
カーネルに勝つという、使命。
「カーネルってやつの偽物がいっぱい出てきたよ。みんなを囲んでる」
倒れ、砂埃のなかにいるおれの目となってくれているのは、おれが庇ったことで一足先に脱出していたシャヒィンだった。
「ガレ!」
おれは叫んだ。聞こえていると信じて、おれは伝える。
「おれを倒したカーネル以外は偽物だ!」
「伝えてどうする!」
カーネルが代わりに返事をしてくれたことで、おれの叫びがしっかりと声になっていることが確認できた。
伝えてどうする、か。これは推測に過ぎないのだが――。
ガレの咆哮が谷に轟く。彼女の小さな体からは想像もつかないほどのそれは、おれに頭領を思い出させた。
彼女は、いま相当に怒っている。
※
爆発に巻き込まれ、ガレの咆哮を聞いて、一分も経っていないはずだ。おれが体を起こせるようになる数秒前に砂埃が薄れ始め、シャヒィンが杖のように変形してくれたおかげで、それを支えに立ち上がることができた。
静寂が訪れた谷で、おれの前に立っているのはカーネルとガレだけだった。表情まで硬直させた誘拐未遂犯たちとパラがガレの背後に座り込んでいて、それ以外は皆、地面に伏してしまっていた。
「バカな」
カーネルがかすかに呟いた声が、風に乗っておれの耳へと届いた。
「人獣型の魔物でこれほど強い魔物が未確認のはずがない」
この本物のカーネル以外、つまり葉隠分兵は全部で八体製造されていたらしい。偽物とはいえカーネルとほぼ同一の戦闘能力を有しており、おそらく異能も同じように使えるはずなのに。
その八体全員が切り裂かれ、ガレの周囲に倒れていた。
「そろそろ終わりにしよう、カーネル」
おれの声に応じてガレの両腕が鉄の鈍い輝きを失い、カーネルが振り向いた。
「くだらねぇ」
吐き捨てるようにカーネルがいった。
「魔物如きに手を抜かれていたわけだ」
「お前を止めるためだ。ガレは……優しい魔物だから」
「そうか。だからお前もそれに甘えて贖罪を果たそうとしているってわけだ。そのランダウルフにはもう伝えたのか?」
カーネルがいわんとしていることはわかる。しかしそれをここで力ずくで止める行為は、間違いなくガレやパラとの関係にしこりを残す。気づいた時点で伝えなかったおれのミスだ。素直に受け入れる覚悟はできている。
「なんの話ですし……?」
立ち上がったパラから、おれは目を逸らした。どう説明するべきなのだろうか。下手にぼかすよりは、はっきりといったほうがいいのか。
おれの逡巡の様子を見て、カーネルは鼻を鳴らした。
「まぁ、酷な話だ。俺からいってやろうじゃないか。おい、ランダウルフ」
カーネルに呼びかけられて、パラがおれを見る。
「俺やベニーがどういう仕事をしていたかって話は知ってるよな? 各地の魔物と戦いながら、そのなかでも魔王軍八傑と称される中核の連中を討伐して回っている。で、少し前の話だが……」
「カーネル、おれがいう」
おれの制止に、カーネルは肩をすくめて見せた。
「じゃあどうぞ」
「ありがとう。パラ、改めて聞いてくれ」
一つ間を置く。陽光から身を守っていたフードを取り、痛みが増すなかでまっすぐにパラを見すえた。
「おれたちはかつて、ランダウルフの群れと戦った。戦って、全滅させた」
※
凶暴化したランダウルフの群れと初めに接敵したのは、カーネルら後方支援隊だった。本来は好戦的ではない魔物や戦闘を得意としない魔物であることが資料によって明らかとなったが、文字通りに牙をむく彼らは決して油断できる存在ではなかった。
彼らとの意思疎通は不可能であり、情報的な価値も見出されなかった。二種類のランダウルフ――別に暮らしていた同種族が合流していたことがのちに明らかになっている――は勇者御一行を阻む存在として徹底的に殲滅された。すでに異能のために同種が研究機関に捕獲されており、これ以上生かす必要性がないと判断されたのだ。
「ベニーにとってこれが名誉か不名誉かは知らんがな、ランダウルフとの戦闘におけるベニーの戦果は、俺の記憶が正しければゼロだ」
「それでもおれの仲間がランダウルフを倒してしまった事実に変わりはない」
目を見開き、呆然と立ち尽くすパラの姿に、おれは顔を歪めた。
カーネルの狙いはわかっている。おれとパラ、あるいはガレの仲違いだ。おれとガレやパラ、つまり人間と魔物の間には深い溝があることを再確認させたかったのだ。だからこそここでカーネルはこの話を持ち上げた。そしてここでこの話が提示された以上、おれは逃げることはできなかった。
しかし同時におれはもう一つ、カーネルの目論見に気づいてしまった。それを悟られないように、おれはあえて目の前の話を掘り下げることにした。あえてとはいってももちろん、気持ち自体に嘘や誤魔化しはない。
「黙っていて悪かった」
「ううん」
首を振って、パラが笑った。どこかで見た笑みだった。
すぐに思い出す。ガレもかつて、こういう表情をしたことがある。
「ちゃんと話してくれて、ありがとうございました」
「ありがとうございました、か。どうやらベニーはよっぽど好かれているらしい」
カーネルが皮肉を吐いた。しかし彼がいう通り、礼の言葉と、頭を下げるパラの姿が、ともに皮肉を含んだものだとしても、おれは受け入れなければならない。
「実はバネさん、今朝話してくれてましたし?」
「なに?」
カーネルが眉をひそめた。
「全部話したわけじゃない」
「ボクの仲間が……もしかしたら一緒に暮らしてた仲間が、もう全滅しているかもっていう話を」
「ああ。おれたちがって話は、そのときできなかった。勇気が出なかった」
「でも、なんとなくは察してましたし。バネさん、とてもいい辛そうにしていました」
「……そうだったのか」
「なるほど。それじゃあ、俺がここまで大切にしていた切り札はまったくの不発だったってわけだ。つまらねぇな。ここで同士討ちでも始めてくれればまだ目が合ったってのに」
「カーネル」
わざとらしく残念そうに振る舞うカーネルに、おれは静かに呼びかけた。
「なんだ? 心の重荷が降りて一安心ってか?」
「いいや、まだ降りちゃいない」
そういうや否や走り出したおれは、ナイフを抜いて一気にカーネルへと接近した。
「悪いが心中する気はこれっぽっちもないからな」
「わかってるんなら話が早い」
手をかざしたカーネルとおれの直線上に鉄片が舞った。腕を構え、視力を爆発によって奪われないように動く。腕の肉や骨が吹き飛んだかのような激痛が走ったが、おれは構わずに前進する。
おれの攻撃を避け、その場で回転しながら後退したカーネルを合図としたかのように、ガレによって倒されていた葉隠分兵の残骸が一斉に爆発した。
「ガレ!」
「どうせ死んじゃいないだろう。だが邪魔させるつもりはないからな」
一瞬ガレたちの側へと気を取られたおれに、カーネルのトンファーが唸った。肘打ちの要領でトンファーが左肩を打ち、悶絶するような痛みが走った。
おれはナイフを乱暴に振り回し、カーネルを一瞬退かせた。ちらりとガレたちの様子を見る。ガレやパラ、そして誘拐未遂犯たちがその場で等しく衝撃を受けていたようだが、皆負傷こそしているものの無事なようだ。
「ただおれとパラの間に疑心の種を蒔くだけにしては親切すぎた。それにおれを長時間太陽の下に晒すことも良しとはしていないはずだ。だからおれは考えた。なぜ回復の猶予まで与えたおれの前で長々と話し始めたのかを」
「ほう?」
「おれとおれの異能をもし連れて帰れないとすれば、任務は失敗に終わる。失敗というだけならいいが……たとえば、だ。たとえばカーネルやラスタ以外にもおれの異能を欲しがる連中がいるとするなら。もしその場合、カーネルはどうするべきであると指示を受けたのか」
「まぁ、そういうことだ。捕獲が無理ならば、潔く退くしかあるまい。しかしお前の存在が余所にバレるのは困る」
「そして同時に任務失敗の事実をいち早くラスタに伝える必要がある。ナイフの話のときにいってたよな? 生体反応式の発信器、だったか?」
体勢を立て直し、カーネルが首を鳴らす。おれもナイフを構え直し、改めて口を開いた。
「その発信器、ただカーネルの無事を確認するためだけのものじゃないな? お前が裏切ったり任務を失敗したりしても追えるように、つまり監視の意味合いもある。違うか?」
「知るか。それはラスタ本人に聞け。俺はお前の異能を入手するという任務に従うだけだ。それができなければ消滅させるし、消滅ができなければこの任務を知る俺ごとこの世から消し去ってやる」
「そこまでラスタに殉じる人間じゃないだろ。追われ続ける恐怖や、その後に身に降りかかる処置を恐れているだけだ」
「なんとでもいえ。それとも俺のために捕まってくれるのか?」
「断る」
おれが振ったナイフを、カーネルは避けられず、トンファーで受けるしかなかった。そもそもおれとカーネルには距離があり、ナイフの間合いではなかったからだ。おれはスライム化した左腕の質量分を右腕に回し、不意の一撃を放った。
それだけではない。おれの右腕の先に絡みついていたシャヒィンが肥大化し、カーネルの両脚を固定するように巻きついたのだ。
おれは伸ばした右腕に意識を集中させる。両足をスライム化させ、カーネルを支えに、おれは一気に自身の肉体を変形させ、飛ぶように迫った。
「てめぇ、そんなことまでできるのかよ!」
そう怒鳴り、シャヒィンを払おうと抵抗するカーネルに接近することに成功したおれは、人間のかたちに戻り、構えるカーネルの両手首を上から取った。
「クソッ、俺ごと爆発してやる!」
「人間そのものは爆発できない。そうだろ?」
「俺が持ってるトンファーを忘れるなよ!」
そういい、カーネルは痛みを覚悟したように食いしばったが、両手のトンファーにはなにも変化が訪れなかった。
「どういうことだって顔してるな」
見えるように、おれは握っていた両手首から手を離した。
カーネルの両手にブレスレットのようにはまる、黒い結束バンド。ただのアクセサリーのようにしか見えないそれは、しかし対象に巻かれた状態でパチリと締めて固定された瞬間、違う意味を持つ。
「お前のつながりを絶ってやる」
カーネルの上半身にスライム体として覆い被さった際に懐から拝借した、異能封じの結束バンド。それは彼に完全な敗北を悟らせるには充分すぎるものだった。
それはそれとして、だ。
「ガレに鉄爪で殴られるよりはマシだろ。歯、もう一回食いしばれよ!」
シャヒィンが拘束を解く。全力で振りかぶった右の殴打がカーネルの頬を吹き飛ばし、顔を歪め、体を捻じ曲げ、彼を鈍く重く吹き飛ばした。




