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15.四日目の残滓

 カーネル・グランジェット。アステラス共和国内の秘密組織『影の団』の部隊長にして、勇者計画の後方支援を担当する男。


 勇者御一行には含まれていないにもかかわらず同じように異能を有している珍しい例であり、さらに彼は異能を二つ獲得している。習得異能数はその本人の資質によって決定され、異能の獲得に成功した実験体――いや、被験者を含めるともっとも多い例は一、次いで二だ。最多記録は七だがこれはきわめて例外に近く、全体の八割以上を一と二が占めている。獲得可能数は肉体・精神の両面から先天的に定められており、いまの技術ではその領域を拡大することはできない。


 異能はすべて公式に記録され、漏らさず仲間に共有される。知らない異能はなく、ゆえに勇者御一行は互いを理解し、助け合う。


 カーネルの異能ももちろん、同様に記録されている。


 一つ目は機烙印(ショック)。異能を発動した状態で触れた鉄を数秒後に爆発し、破壊する。爪ほどしかない少量の鉄でも威力のある爆発を起こすことができ、たとえば泥などで爆発対象を覆っても異能は解除されない。


 二つ目は嗅煙妖精(フェアリーフラッグ)。小さな光の破片をチャ空中散布することで、五感に働きかける。特に対魔物用に調整されていることもあって、人間や動物相手には比較的機能しない。


 以上、二つだ。


 二つのはずだった。







 何度もガレの名前を呼びながら、小雨のなかに倒れたガレのもとへとおれは駆けた。素早く抱き上げると、彼女は顔を歪めた。意識はある。患部を探して、おれは彼女の体をチェックした。爆風を爆片をまともに浴びているはずなのに、見た範囲での傷はきわめて少なかった。額が切れて流血しているのが一番派手な出血だ。


「その魔物、種族はなんなんだ?」


 カーネルの声が聞こえてくる。炸裂音による耳鳴りが収まりつつあり、声の方向を定めたおれは、思わずガレの隣に倒れていたカーネル(・・・・)を見た。


 村長邸の玄関前にあぐらをかいて座っていたカーネルが、キャットフードのパッケージを片手に笑みを浮かべた。


「これ、美味いな。動物に食わせるのはもったいないくらいだ」


 そこにいるのは間違いなくカーネルだった。おれはガレをゆっくりと地へ降ろし、ナイフを抜いてうつ伏せに倒れていた眼前のカーネルへと近づいた。その顔を見て、おれは息を呑む。


「人形……?」

「時間をかければ精密な()ができる。材質も大事でな。ここはどうにも土壌がいいらしい。ここまでのものはなかなか拝めないぞ?」


 崩れた顔の一部は泥のようだが、肌を見れば木目もあるし、着ていた服はカーネルのものとまったく変わらない。いや、そもそも呼吸をし、話し、口を開き、目を瞬かせ、そしてなによりおれと戦っていた。見間違えるはずがない。


「三つ目の異能……?」

「俺が未熟なせいで、同時に使えるのが二つまででな」

「記録になかったぞ!」


 おれの怒声に反応したかのようにガレが呻いた。おれはすぐに彼女のもとへと寄り、具合を確かめる。このまま放置しておけば、適切な治療が必要になってしまうかもしれない。


「企業秘密ってやつだからな」

「勇者間での情報はすべて公開制だ! 内部機密であっても……!」

「本当にすべての情報が公開されていると思っていたのか?」


 鋭く放たれたカーネルの言葉がおれを制した。


 静寂のなかで、カーネルのもとにスキンヘッドの男が駆け寄った。耳打ちに頷き、おれへと視線を戻してきた。


「逃さなかったのか?」


 カーネルのその言葉には少し説明を要する。まずカーネル自身が村長宅の玄関前に座っており、男たちは小屋の内部を見て回っていたようだ。その上でのこの発言。


「外は危険だろう?」

「ああ。実に正しい」


 おれの問いに、カーネルは間を置かずに答えた。


「外にも俺の目が光っているはずだ。だからここから策もなく逃がすよりは、籠城させるほうがまだ安全だろう。お前はそう考えた。違うか?」


 おれの答えなど求めていないように、カーネルはおれと目を合わせることなく立ち上がり、砂を両手で払った。


「ベニー、お前の予想は正しかった。もしここから彼女たちを逃していたとしたら、各個撃破(・・・・)しなければならなくなっていただろうさ」

「バネッダさま!」


 誘拐未遂犯たち五人が家のなかから現れた。声の主であるネイとテリアン、そしてパラが続けて姿を見せる。三人の両手首には原始的な縄が巻かれているが、原始的ゆえに自ら外すことは不可能だろう。ネイが叫んだからか、すぐに彼女たちの口は布で覆われてしまった。


「しかしいくらか疑問は残る」


 彼らに頷いたあと、カーネルが顎に手をあて、眉をひそめた。


「お前が考える勝利条件についてはなんとなくわかった。先ほどの背後からの奇襲、はっきりいえばベニーらしくなかった。その魔物の暴走にも見えなかった。そう考えれば可能性は絞られてくる。つまりお前は俺を戦闘不能にさえできればいいと考えていた。狙っていたのは……これか」


 懐から取り出された二つの小さな結束バンドを、おれは黙って見つめていた。黒色の結束バンドには、異能の一切を無効化するという力がある。


「まぁそれはいい。問題はもう一つ。重要なのはこっちだ」


 見せびらかすような仕草のあと、結束バンドは丁寧にまた懐へとしまわれた。カーネルは、今度はまっすぐにバネッダを見すえた。


「なぜお前だけ逃げなかった」


 たとえるならば、教師が生徒を叱るような口調。カーネルのこういう感情の込め方は珍しい気がする。おれはカーネルの問いに、なぜかそう考えていた。


「簡単な話だ。太陽の下で動けるならば自分一人で逃げればいい。俺の最優先はお前だ。人質を取ってもお前にそれを伝える手段はないし、脅しの方法もない。そもそもそんな悠長なことはできないだろう。ならば彼女たちの身の安全を考えても、お前は逃げるべきだった。違うか?」

「違う」

「なに?」


 すぐに否定したことがそんなにも意外だったのだろうか。カーネルの表情が一瞬にして険しいものになった。


「おれも疑問に思っていたことがあった。さっきの話である程度は解決したがな」


 おれはふたたび、ゆっくりとナイフを引き抜いた。勇者御一行から去るときにラスタ・バルデッド――御一行(パーティ)をまとめる優秀で有能な、おれの憧れの人物だ――から受け取った、世界で四本しかまだ作られていない特注品。


「なぜカーネル・グランジェットがおれがいるここまでたどり着けたのか、だ」

「なんだ、そんなことか?」


 カーネルの口元が緩んだ。


「お前の行方を訊いたらすぐに答えてくれた人間がいたんだよ。えっと、名前は……」

「キャスパー・バディゴウ」


 おれが出した名前は、どうやら正しかったらしい。それもそうだ。本人から聞いたのだから。


 ガレを地面へゆっくりと寝かせ、おれはガレが潜んでいた木の陰へと歩き出した。潜んでいた、というより単に木の裏に隠れていただけなのだが、単純に数十メートルの距離だ。すっぽりと木に体を隠して動かなければ普通に見つかることはないだろう。


「裏切ったのか、あの男」


 カーネルの声にはまったく抑揚がなかった。おれはそこで初めて笑みを浮かべることができた。痛みのなかでも、劣勢のなかでも、初めてカーネルを出し抜いたのだ。


「山の上に簡易的な肥溜めを作って、そこにキャスパーを仕込んだな(・・・・・)。その上から嗅煙妖精(フェアリーフラッグ)を使い、文字通り臭いものに蓋をしたってわけだ。ガレみたいな五感に優れた魔物がいても、山にいる人間の気配は感知できない。そうして山の上からおれたちを毎日監視させたってわけだ」


 おれはナイフを持った腕で鼻を抑えながら、木の裏に隠れていたもう一人の人間を表へと引っ張った。全身を糞尿と泥にまみれさせた男が一歩二歩日向へと進んで、息も絶え絶えにそこにへたり込んだ。


「一応こいつの名誉のためにいっておくと、名前以外はいってないぞ。昨日の夜のことだ。ガレがランゾウの話をもとに見つけてきてくれて、あとは状況からおれが判断した」


 カーネルは昨夜、村からは動かなかった。手下たちへの指示のためか、それともおれたちを油断させるためか。


 蝿が飛び回るなかからおれは一つ、キャスパーが持っていた道具を拾い上げた。勇者御一行に支給されている、最新鋭の双眼鏡だ。


「必要な措置だった。なんでもそいつの話じゃ、鼻の効く少女がお前の仲間にいるという。だから単純なカモフラージュじゃ見つかってしまうと思ったんだ」

「そうしておれの居場所を知り、偶然同じ場所を目指していたテリアンとともにここを訪れた?」

「そうだ。なにか不満か?」


 おれは双眼鏡を放り投げた。弧を描いて地面に落ちたそれは、傷はつけども壊れはしない。さまざまな使用条件を想定して開発されているのだ。これほどで壊れてもらっては困る。


「支給された物品について、おれは最新の注意を払った。道中に必要だった金もなるべく足がつかないようにしたし、ここまでの道程には航路もあった。服も旅のうちに変えたよ。しかし、一つだけ。一つだけずっと持っていたものがある」


 歩きながら、おれはナイフをカーネルに向けた。


「ナイフだ。このナイフだけ、おれはずっと持ってる」

「それがどうした?」

「『本当にすべての情報が公開されていると思っているのか』だったか?」


 そこまでいって、おれはため息を吐いた。わかっていても、自分からいうにはどうにも気が重い。それに、これはある種自分自身の否定でもある。


 しかし、わかってしまった以上は答えを聞かなければならない。


「発信器だろ?」


 そのひとことだけで、カーネルには伝わったらしかった。周囲の人間、誘拐未遂犯たちやネイたちがおれたちの話を困惑気味に眺めているなかで、カーネルだけが、口端を曲げた。


「正解だ。褒美ついでに教えてやったほうがいいだろうな」


 カーネルがポケットから取り出したのは、手のひらに収まるほどの大きさしかない長方形の黒い物体。厚さは五ミリ程度で、知らない者が見ても用途は決して理解できないだろうが、おれにはわかる。特に秘匿されているわけでもない、勇者御一行で常用されている受信機だ。


「生体反応モノもあと二つ仕込んでいたんだがな、その信号は消え失せた。だから俺が回収するものはてっきり死体だと思っていたんだが……」

「なるほどな。ようやく合点がいったよ」


 おれは頷いた。自嘲の表情は、カーネルにはどう映っているのだろうか。


「ラスタさんとカーネルが共謀していた。なら自ずと真実も見えてくるな。つまりヒルザンでおれが推薦されたところから計画のうちだったってわけだ」


 古代未来都市ヒルザン。かつて栄えた廃墟で発見された古の力。強力な呪いを有する匣を開けたおれに降りかかったのは、三日の不死性とそのあとに待つ絶対的な死、そして災厄の拡散。


「最初から、というわけじゃない。匣を開けることを選択したのはベニー、お前自身だろ? しかし匣のなかに眠る呪いには、少しばかり続きがあってな」

「続き?」

「呪いを宿した肉体が爆ぜたその後の……四日目の話だ。かつては生きていた(・・・・・)災厄をおびき寄せるための餌として匣の底に封じられた、希望の力。その力は四日目に、その死体のもとに現れることになっていた」


 カーネルはそこで言葉を切り、おれを指さした。


「世界を救うための力だ。災厄を乗り越えた先にあるその力をラスタは、勇者は必要としている。はっきりいおうか。お前じゃないんだよ、ベニー。その肉体に宿った残滓を回収するために、俺は極秘裏にここまできた」

「そんな!」


 響いた声に、おれとカーネルが空を見上げた。


 ライアが、唇を噛み締めておれたちを見下ろしていた。


「じゃあバネさんは、ただあなたたちに利用されただけじゃないですか!」

「よう、無能のファントム。視えない人間から脅される気持ちはどうだった?」


 現況と、カーネルの言葉と、ライアの表情。把握するには充分だった。


 そうだ。ライアは縛れないし、そもそも誘拐未遂犯たちは存在すら視認していない。しかしカーネルの助言があれば、ライアは動けないのだ。彼女は物理的にネイたちが縛られるのを助けられない。おれのもとへと飛ぼうにも、宙にひとこと脅しの文言を放られるだけで身動きは取れなくなってしまう。


「さぁ、話をそろそろまとめようか」


 カーネルが視線をおれへと戻していった。


「呪いの残滓は海に散ったガイデルシュタインとバネッダ・ハウクのどちらに残っているのか。散ったとなると厄介だ。かたちが消え失せたとあっては俺の手には負えないからな。しかし俺は……お前を信じることにした」

「おれにそのわけのわからない力が宿ってるって?」

「そうだ。そしてここから一人で逃げなかったのは、単に発信器に気づいていたからじゃない。そうだろう? 気づいていたならナイフを捨てればいいだけだ。つまりここに残るべき理由があった」


 カーネルはこの場にいる者たちに順に目を向けていった。ガレ、ライア、テリアン、ネイ、そしてパラ。


「このなかの誰かがお前の秘密を握っている。違うか?」


 慎重に慎重を重ねて、まるで神託を伝えるように彼の口から出た言葉。もしかしたら、カーネルはいたって真面目だったのかもしれない。いや、本当に真面目なのだ。真面目に考えた結果の言葉なのだ。


 だからこそ、おれは笑いを堪えられなかった。声を上げて笑うおれの様子を見ていた彼の顔から表情が失せたところで、おれは深く息を吐き、それから改めて口を開いた。


「不正解だ。でも褒美ついでに教えてやるよ」


 ナイフを構えたおれにとっさに反応したからか、それとも負傷し倒れていた者への注意を怠っていたからか。


 反応が遅れたカーネルが慌てて体を逸らした。紙一重で避けたのは、先ほどまで動けなかったはずのガレの鉄爪だった。


「単純にお前を赦せねぇからだよ!」

「よくもやまのともだちをっ!」

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